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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第八章-出立
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信頼

「ありがとう、少し落ち着いた。」


 帰宅したレオンハルトを待っていたのは、良い香りの温かいシチューだった。


 様々なスパイスを煎り、香ばしさを加えたやや強い辛みのあるシチュー。

 得意料理なのだと、ミナトはレオンハルトに胸を張った。


 レオンハルトの味覚は舌によるものが異常となっており、甘味や苦味、酸味、旨味などが感じられない。だが、口内を刺激する感覚はそのまま『生きて』いるため、辛味や炭酸の刺激などは感じ取ることができる。


 そして嗅覚もまた正常であるため、今回のスパイシーシチューは、レオンハルトにわずかではあったが温かい夕餉を思い出させてくれたものだったようだ。


「なにか辛そうな顔してる……。

 愚痴ぐらいなら聞いてあげられるよ?」


 心底心配そうな顔を見せ、ミナトはレオンハルトの顔を覗き込んだ。


 香りの強いシェリー酒を選び、レオンハルトは少しずつ飲んでいたが、彼女の視線に気づいて、ゆっくりと口を開いた。


「困ったことになった。」


「困ったこと?」


「ああ。」


 レオンハルトはもう一つグラスを用意し、シェリー酒を注ぐ。

 そのまま、その新しいグラスをミナトに差し出した。


 ミナトは小さく感謝の言葉を告げるとグラスに口をつける。


「先ほど、君の将来のために軍への伝手を用意すると言ったが、状況が大きく変わってしまった。

 俺は今週中に遺跡の発掘に向かう必要がある。向こう数ヶ月は帰ってくることはできないだろう。

 だから君への助力は、今しばらくお預けになってしまう形だ。

 あれだけ大きく見得を切ったにも関わらずこんな結果になってしまい、本当に申し訳なく思う。」


 テーブルにグラスを置き、瞳を伏せるレオンハルト。

 その様子を見たミナトは、少し困った表情を見せ、レオンハルトに尋ねた。


「ねえ。レオンの伝手って、どんなものを考えていたの?」


「君の戦歴は相当のものだ。

 そのまま新兵として採用されるより、一流の軍人を後見人として持った上で、士官学校へ入学した方が良いと考えた。

 幸い、自分も過去の経験から近衛兵の少佐と少なからず面識がある。

 その人に任せようと手配を考えていたんだが……。」


「士官学校か……そうなるともう一年待たなきゃダメだなぁ……。」


「もう一年?」


「うん。今あたし十七だから。

 確か士官学校って、満十八歳以上が入学の最低条件でしょう?」


「そうだったか……少々不勉強だったな……。」


 困った顔をして頭を掻くレオンハルトの様子を見、ミナトは微笑む。


「大丈夫だよ。あたしは逃げたりしないから。」


「だが、だからと言って、君をここに置く訳にはいかん。

 主のいない家に言わば『よそ者』が住み着いたと言われてしまえば、何かと不便なのは間違いない。」


 瞳を伏せて答えるレオンハルトと視線を上に向けて考えるミナト。


 何か閃いたのか、ミナトは笑顔でレオンハルトに尋ねた。


「ねえ、遺跡の発掘って護衛いるんじゃない?」


「ついてくるつもりか?」


 呆れ顔でレオンハルトがつぶやく。

 それを待っていたかのように、ミナトがさらに畳み込んできた。


「手伝いたいんだ。

 発掘隊の護衛はしたことないけど、隊商(キャラバン)なら経験あるよ?

 どうかな? ダメ?」


 上目遣いにレオンハルトの顔を覗き込むミナト。

 レオンハルトは頭の中の考えを口に出して整理した。


「今回は俺とエレナの二人、これにコムを加えての一行にするつもりだ。

 護衛はいなくてもなんとかなる。」


「そんなぁ……。」


 レオンハルトの言葉を聞き、ミナトは心底残念そうにうつむいて肩を落とす。

 そんな様子のミナトに対し、レオンハルトは言葉を続けた。


「しかし……だ。

 今回は色々と荒事が起こるのは間違いない。

 正直なところ、護衛ではなく戦闘要員が必要になるだろう。

 君の技術と経験は本物だ。

 手伝ってもらえるならば、是非頼みたい。」


「ホント!? いいの!?」


 レオンハルトに顔がぶつかるかの勢いで、ミナトは食卓から身を乗り出す。

 その勢いに少々面食らった様子のレオンハルトだったが、彼女の肩を押し戻しつつ、さらに言葉を続けた。


「今回の発掘現場は、別の人間……件の教授と言えば解るか?」


「うん……。」


「その教授の発掘していた遺跡だ。ほぼ間違いなく警護の人間がいる。

 三公爵の私兵である可能性は九割九分だろう。

 戦意を失わせてだとか、気を失わせてなどの甘い考えで何とかなるとは思えん。

 その辺はどうだ?」


「要は、人を斬れるかってことでしょ?

 正当な理由と状況が許すなら躊躇はしないよ。

 そりゃまあ、できればそんなことしたくないけどね……。」


 レオンハルトはその答えに満足したような笑顔を見せ、テーブルから立った。

 そして、少し哀しげに目を逸らしているミナトの肩をそっと手を置く。


「最後の一言……それを忘れなければ、それでいい。」


 その優しい声音を聞いて、ミナトはレオンハルトを見上げる。

 そんな視線を無視して厨房を出ようとしたレオンハルトは、その場で振り向いて、ミナトに言った。


「まずは俺が交渉を行う。

 それがまとまり、平和的に遺跡が譲渡されれば問題ない。

 だが、そうでなかった場合は間違いなく荒事だ。

 その時は気を引き締めてもらいたい。」


「うん。」


 短い答えを発するミナト。

 だが、その目の輝きは真剣そのものだ。


(これなら信用できるな……。)


 レオンハルトは、瞳を閉じ、優しい微笑みを漏らして厨房から出て行った。


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