接収
「予備調査……ですか?」
エレナが驚いた顔でボソリとつぶやく。
「待ってください!
予備調査など不要だ!
即時封印が必要だと、我々は申し上げたはず!」
レオンハルトが、噛み付かんばかりの勢いでディアナに食ってかかる。
そんなレオンハルトの気勢を受け流し、ディアナは言葉を続けた。
「封印作業が必要なのは理解しています。
それがどれだけ危険な代物かは、貴方たちの様子を見ればよく解る話です。
しかし、だからこそ予備調査が必要なのです。」
「それはなぜ!?」
レオンハルトの強い声音にたじろぐことなくディアナは続ける。
「危険な遺跡であれば、その力は隣国マウルに対しても大きな脅威になります。
国内の話もまた同様。我々皇帝派が遺跡を我が物にできれば、反皇帝派に対する脅威を得ることができるのです。
反皇帝派……明言すれば三公爵から力を奪うと同時に、その力を我々の陣営のものとすること。それが私の望むところです。」
再びディアナは瞳を閉じた。
だが、その内から溢れる威圧感は並々ならぬものがある。
大公の立場に就いて二十年以上。その立ち居振る舞いの全てに、権力者の風格が染みついているのだろう。
「陛下は、それを?」
レオンハルトは苦々しい雰囲気を持つ声でディアナに尋ねる。
「いいえ。これは私の独断です。
今回の件、今のところは私の手の内で留めています。
しかし、陛下は薄々感づいていることでしょう。
『影の兵士隊』がカウフマン君を狙っていたのは、私も耳にしています。」
ディアナは一旦言葉を区切り、二人の目を見て、再び口を開いた。
「知っての通り、陛下は反遺跡主義ともいえる考えを持っています。
遺跡より発掘された兵器を利用するのは、倫理に反するというものです。
故に十年前の事故については、学術院自体が大きく非難された現実があります。
ひいては陛下自身が音頭を取り、遺跡工学に関する制度、制限などを次々に策定し、学部を雁字搦めに縛り付けました。」
「そして今でも、それは生き残っています。
我々遺跡工学者は自由な研究が許されない……。」
レオンハルトが悔しそうにつぶやく。
そんな彼の言葉を聞き、ディアナが静かに言葉を発した。
「貴方たち遺跡工学部への風当たりが強いのは承知しているつもりです。
どうも一部では不穏な動きも出ているとも、言われておりますね。」
ディアナの言葉を聞いたエレナは、困惑した顔を見せて彼女に問い質した。
「それを理解されているのなら、下手な調査は鬱屈を抱える者たちが暴発することになりかねないのもお解りでしょう?
ツェッペンドルンのような事故を故意に起こしてのテロリズム……。
最悪の場合、見つかった遺物の兵器の矛先を帝都に向けて、帝国に対する叛意を謳い上げるかもしれません。
本当によろしいのですか?」
エレナの言葉を聞いたディアナは、彼女へ顔を向けはっきりした口調で答える。
「その点の手綱はリーマン君、フォーゲル君、貴方たち二人に任せます。
逆にこの件を上手く捌き切れば、今までの汚名を雪ぐ機会にもなるでしょう。」
ディアナはそれだけ言うと、いったん口を閉じた。
その後、居住まいを正したレオンハルトとエレナをまっすぐに見据えて、改めて静かだが、強い口調で語り始める。
「この十年で状況はかなり変わっています。
間者の話では、マウルも遺跡の発掘に注力しているとのこと。
あの場を焼き払った熱線砲の威力を見たマウルが、遺物の兵器の有用性に気付いたともいえます。
それに対抗できるのは、やはり発掘される遺物のみとなるでしょう。
そのための予備調査です。
続く本隊の調査を助けるものと考えていただきたい。」
再び沈黙……。
数分も経っただろう。不意にレオンハルトがすっくと立ち上がった。
「承知しました。」
「レオン!?」
レオンハルトから意外な承諾の言葉が発せられ、エレナは驚きの声を上げる。
立ち上がろうとするエレナを制しつつ、レオンハルトは言葉を続けた。
「予備調査は実行します。ただし、その後、一旦封印は施します。
そうでなければ、再び別の陣営がその遺跡を何とかしようとするのは明白だ。」
レオンハルトは挑むような視線をディアナに向ける。
対するディアナも、真っ向からその視線を受け止め、目を逸らすことなくレオンハルトに言った。
「それでよろしい。貴方の思うままにやりなさい。
では、予備調査の報告はいつ頃提出可能か?」
その二人に割って入るように、おずおずとエレナが口を挟んだ。
「遺跡と遺跡の間には相当の距離があります。
最低でも三か月はかかるかと……。」
「結構。」
エレナの答えを聞き、ディアナは短く返答した。
そのままソファから立ち上がると。再びレオンハルトを真っ向から見据え、口を開く。
「半年です。半年以内に全て片を付けてもらいます。
いかなる理由があってもこれ以上は待てません。
無論、若干の遅れは認めますが、月単位での遅れまでは認める訳にはいきません。
よろしいか?」
「承知しました。
半年で片を付けます。」
こう答えるレオンハルトの視線の奥には、怒りの色も見え隠れしている。
研究に課せられる枷、理不尽な要求……これらに対する怒りが、彼の内では常に渦巻いているのかもしれない。
レオンハルトは瞳を閉じてその怒りを鎮めると、部屋の出口へと向かう。
そんな彼を追うようにエレナも続いた。
そのまま背を向けて部屋を出るレオンハルトを見て、エレナは慌てて学院長へと深く一礼する。
そんな二人の様子をディアナはにこりともせず、ただソファに座って見つめていた。
『回路』を手の内で転がしながら……。