報告
学術院院長室の中、レオンハルトは瞳を閉じて応接用のソファに腰かけている。
心の中の荒ぶりを抑え込んでいるのだろう。
時折、深呼吸とも取れるため息をついて、部屋の主が現れるのを待っている。
部屋の奥の間の扉が開き、学院長ディアナ・カーライルが姿を見せた。
「そのままで結構。」
立ち上がって挨拶をしようとするレオンハルトを制し、ディアナは短く言った。
彼女は音もなくソファの前まで向かい、そのまま腰掛ける。
「この後、リーマン君もやってくるはずだと聞きました。」
「その予定です。」
「では、その前にカウフマン君について話を片付けましょう。
よろしいか?」
「構いません。」
ディアナの口から教授の名が出た瞬間、空気が一気に張り詰めた。
レオンハルトの顔には冷徹ともいえる表情が浮かび、ディアナはまるで白塗りの仮面をかぶったかのような、そんな面持ちになる。
わずかな間をおいて、ディアナが口を開いた。
「カウフマン君は本当に死んだとお考えか?」
「五分、ですね。」
「なぜ?」
「あの日、教授は『自分は死ぬ』と明言しました。
その後ろに安全圏があると確信した上で発した言葉です。
をれをドブに捨てる真似をするほど、あの男は無能じゃない。」
二人とも表情を変えることなく、言葉を重ねていく。
「しかし、死亡は確認されているが、それは?」
「焼け跡から見つかった黒焦げの死体が証拠とされています。
だが、自分が知る限りでも、教授と背格好の似た使用人は邸宅に三、四人はいましたからね。
影武者はいくらでも立てられる。」
「では、貴方が見た、人形に撃ち貫かれた死体は?」
レオンハルトは、うつむいて瞳を閉じる。
「そこが気になるんです。
あの撃ち貫かれた死体は、間違いなく教授だった。
そして、それは完全に絶命していた。
教授が何をもって計画の成功としていたのか、それが不明瞭なんです。」
「成程……。
では今後の方針として、カウフマン君の生存は視野に入れておくべきですね。」
「そうするべきかと。」
やり取りが一段落したところで、部屋の扉にノック音が三回響いた。
重い扉を開き、入ってきたのはエレナ・リーマンだ。
「遅くなりました。」
エレナは、いくつかのレポートを携えてソファの横にやってきた。
レオンは、そんな彼女に場所を開けるように、奥へ移動して座席を譲る。
「では、始めましょう。
まずはフォーゲル君。あらましを。」
「承知しました。」
ディアナの仕切りを受けて、レオンハルトはエレナの用意した資料を即座に確認し、自分の言わんとすることを組み立てていく。
手始めに提示するべき書類を選択し、レオンハルトは言った。
「大変危惧するべき状況です。
少なくとも、件の『閣下』からの援助をもって、教授は最低三箇所の遺跡を発掘していたと考えられるのです。
しかもそれら全ては、第一級レベルでの危険な遺跡だと推測できます。」
「フォーゲル先生の言葉を補足するならば、その発掘の工程は、かなり進行していると見受けられます。
可能ならば即時接収し、封印作業に取り掛かるべき案件です。」
レオンハルトの静かだが迫力のある声と、エレナの静かで冷たい響きを持つ声。
声の響きこそ対照的だが、目の輝きの中にあるものは同じに見える。
正義感……いや、使命感だろう。
教授の遺した負の遺産を清算するべく行動しようという意思。
それが輝きとなって、瞳に宿っている。
「言わんとすることは解りました。
ではこの件、如何に処するべきか?」
言葉短かに問いかけるディアナに、レオンハルトは冷静に答えた。
「封印するべきです。」
間髪入れず、エレナが言葉を繋げる。
「私もフォーゲル先生と同意見です。
先にも申しましたように、即時接収、封印するべきです。」
「成程。」
二人の意見を受け、ディアナはゆっくりと目を閉じた。
しばしの間、沈黙が辺りを包む。
ややあって、ディアナは緩やかに瞳を開き、二人に告げた。
「では、貴方たち二人に大公として要請します。
遺跡を即時接収し、予備調査を行うこと。
よろしいか?」