贖い
メッセンジャーボーイがレオンハルト邸から駆け出していく。
その様子を見送ったレオンハルトとミナトは、書斎へと入っていった。
「では……もう少し情報をまとめて、学術院に行く。
夕食……いや、夜食の用意はお願いできるか?」
「もちろん大丈夫だけど……遅くなりそう?」
「少しばかりはな。
だが、深夜とまではいかないはずだ。」
情報端末に目をやりながらレオンハルトは答えた。
ミナトはティーセットを片付けながら、ポツリとつぶやいた。
「なんだか、空回りしちゃったかな……。」
「そうでもない。」
ミナトのつぶやきに答えるかのようにレオンハルトが口を開いた。
「君が来てくれたことで、少なからず生活の変化が出てきそうだ。
それに今君にどこかへ行かれてしまうと、今後の世話の手配がままならない。」
「今後の世話?」
不思議そうに尋ねるミナト。
レオンハルトはそんな彼女に微笑みかけながら言った。
「軍に入るなら、自分にも伝手がある。
そこから話を通せば、少しは有利に入隊できると思うんだがね。」
一瞬、ミナトはきょとんとした顔を見せたが、すぐに不安そうな顔を見せて、おずおずと切り出した。
「でも……本当にいいの?」
「無論それ以外の道を望むなら、それなりの手筈を取る。
ただ、今までの君の経歴を考えればこれが一番妥当だと考えたのだが、どうだろうか?」
真面目な顔を見せて、レオンハルトが尋ねる。
その言葉を聞いたミナトは心底嬉しそうな満面の笑顔を見せて、レオンハルトに答えた。
「ありがとう! そうしてもらえるとすごく嬉しい!
軍に入るのが一番間違いなさそうだ、って考えてたからコネがあれば助かるよ。
でも……でも、本当にいいの? なんだかこっちはもらってばっかりで、お返しできてないよ……?」
先の笑顔から一転、俯き加減で哀しげにレオンハルトを上目で見るミナト。
レオンハルトはそんな彼女に、真面目な顔のまま答えた。
「俺としては、君から全てを奪ってしまった事への贖罪の意味がある。
たとえ事実がああだったとしても、俺の中では、まだ話は済んではいないんだ。
だから、気の済むまでやらせてもらいたい。」
レオンハルトは机に拳をついて頭を下げた。
それを見たミナトは慌てて声を上げる。
「待って! 待ってよ!!
そんな風に謝っちゃやだよ。
あと、あたしにできることって言ったら……その……夜のお相手することぐらいかな……。
なんちゃって……。」
「冗談でもそういうことは言うな。」
軽い気持ちで行っただろうミナトの一言を、強い語調で窘めるレオンハルト。
真剣な眼差しは、照れ隠しや恥ずかしさを誤魔化すようなものではない、強い意思を込めて、ミナトに向けられている。
「君の好意は嬉しく思っている。労働力の提供も大変助かる。
だが、軽々に自分を切り売りするような真似はやめるんだ。いいな?」
「う……ん。」
静かではあるが、その奥にある迫力に気圧されたミナト。
そんな彼女の様子を見て、ある程度納得したように思えたのだろう。
レオンハルトは小さくため息をつくと、語調を戻してミナトに謝罪した。
「すまない。こういった件には、少し神経質になりやすくてな。
自分はできるだけ、人と深く繋がらないように気を付けている。
だから、そう言ったことは困るのさ。」
苦笑いを浮かべるレオンハルトに、ミナトは泣きそうな顔で訴えかける。
「それって……哀しいよ?
人って繋がっていくものなんだよ?
あたしとあなただって、こうやって知り合って繋がって……。
ヒュウガも、エレナさんも、他にもいっぱいいるんでしょ?
そんな言い方哀しすぎるよ!」
「それでも、さ。
それでも俺はできるだけ一人で生きていく。
そうしなければならないんだ。」
レオンハルトは椅子に腰かけ、静かに目を閉じて言う。
それはまるで、自分に言い聞かせているような、そんな雰囲気があった。