紅茶
コムが滑るように廊下を進む。
書斎の前まで進むと、目をチカリチカリと光らせた。
目の前の扉にノック音が三回響き、ゆっくりと自動で開く。
部屋の中にはレオンハルトが情報端末を前に、一人考え事をしていた。
「ひどいじゃないですか!
人に起こさせといてさっさと出ていくなんて!」
「ん? ああ。」
コムの抗議にレオンハルトは気のない返事をする。
「それにあの人、なんなんです!?
今までレオン様を殺そうとしてきた人ですよ!?
なんで連れてきたんですか!?」
「安心しろ、もう彼女にその気はない。
それに彼女の将来まで考えた上で、責任を取らねばならん。」
コムの目から一瞬光が消え、再び明るい緑に点灯した。
「それ、結婚するってことですか!?」
「なぜそうなる?」
「いや、その言い回しだと、そうとしか聞こえませんよ。」
レオンハルトは大きなため息をつくと、コムに向かって諭すように言った。
「俺は彼女の命を救った。だが、その彼女にはもう身寄りがない。あの事故によって奪われてしまったのだからな。
たとえ俺にあの事故の責任はないということになっても、関係していたことに変わりはないんだ。
だから、俺も彼女と共に将来のことを考えて、俺なりの責任を取る。
そうでもしなければ、彼女の父親に顔向けできんだろう?」
「はあ、なるほど……まあ、真面目に考えてるならいいです。
ただ、さすがに言い方は考えた方がいいですよ?
本気で勘違いする人が出ますから。」
「ま、気を付けておこう。」
レオンハルトはそう言うと、再び端末に目を向ける。
「何を見てるんです?」
コムが興味深そうに尋ねてきた。
それを聞いたレオンハルトは真剣な声で答える。
「教授の邸宅から持ち出した情報用『回路』だ。
どうやら三公爵は新たに駆動可能な熱線砲を発掘させようとしていたらしい。
教授はいくつかの候補となる遺跡を見つけていたが、その発掘作業に人員と時間が必要だったようだな。
そうして考えれば、あの会話の内容も納得できる。」
レオンハルトはコムの撮った映像を思い出し、目の前の情報と合致させる。
そこにノックの音が響いた。
続いて扉が開き、ミナトがひょっこりと顔を出す。
「あのさ、レオンハルト……。
お茶淹れようと思うんだけど……これって大丈夫?」
おずおずと聞いてきたミナトに向けて、レオンハルトは微笑んで答えた。
「頂こう。ただ、お茶菓子は勘弁してくれ。」
「え……?」
「お茶菓子を出されても、なんだか砂を噛んでる気分になってくるんだ。
それでは作ってくれた人間に、あまりにも失礼だと思うのでね。
だから、お茶だけでいい。」
「うん……。」
哀しそうにミナトは扉を閉めようとする。
そんな彼女にレオンハルトはもう一言付け加えた。
「美味しく淹れてくれ。香りの方は大丈夫だ。」
それを聞いたミナトは驚いて、作業をするレオンハルトの顔を見つめた。
「どうした?」
レオンハルトがミナトの顔を不思議そうに見つめる。
その視線に気づいたミナトは、満面の笑みを浮かべて答えた。
「まかせてよ! 最高のお茶淹れるから、待ってて!」