ミランダ婆さん
「でも、まいったなぁ……。」
レオンハルトの自宅、その客間のやや上質なベッドの中でミナトは独り言ちた。
「あんなダメ出し受けるなんて予想外だよ……。」
ミナトは決闘の後、そのままの足でレオンハルトの家に向かった。
家に着いた頃には、飯炊きのミランダ婆さんが、既に朝食を準備しようとやってきていたところだった。
レオンハルトはミランダ婆さんに丁寧に説明してくれた。
今後の身の振り方が整うまでの間ではあるが、彼女を家に置きたいと。
ミランダ婆さんはミナトの風貌と大斧を見てもなお、それについて何も語ることなく、やる事の引継ぎを快く了承してくれた。
井戸と洗い場、掃除用品と汚れやすい場所などを教わっていく。
だが、問題は食事の事について触れた時だった。
「ミナト、あの子の食事は適当でいいよ。」
「え? 適当……ですか?」
ミランダ婆さんは寂しそうに、そうミナトに告げた。
「あの子はね、二年前に何かあって、舌がおかしくなってるのさ。
何を食べても味がよくわからないって言ってねぇ……。
だから、それなりに食べられるものを出してやってくれりゃ、それでいい。」
「そんな……。
でも……でも、それなら、なおのことちゃんとした食事を出してあげるべきなんじゃないんですか?
適当でいい、なんてかわいそうですよ!」
「あたしもね、初めはそう思ったよ。
ただねぇ……その食事をしている様を見て余計にかわいそうになったのさ。
何の表情もなく、料理をただ口に運んでいるだけなんだよ?
下手にあれこれ凝った料理を出したとしても、あの子はなんにも感動しない。
お礼を言おうにも何がどうよかったか、それすら言葉にできない。
そういうことを期待するのは、あまりに酷ってもんだ。
料理自慢ならなおのことそういう『見返り』を求めちまう。
残酷だよ、それは。」
哀しそうに目を逸らすミナトに、ミランダ婆さんはさらに言った。
「あの子を見てるとね、神様なんていないんだって思うのさ。
母一人子一人の家に生まれて、母親は若くして逝っちまった。
勉強に勉強を重ねて、ようやく一人前になったらひどい事故に巻き込まれた。
学術師なんて偉い職についても、かけがえのない友達は失った。
さらに今度は何かあって身体をぶっ壊してる。
もし神様なんていたら、ここまで一人に意地悪するわけないさね……。」
ミナトは言葉が出なかった。
十年前のことだけじゃなく。レオンハルトは常に苦しんでいる。
ミランダ婆さんの言う通りだ。神様なんていたら、ここまで酷い仕打ちをたった一人に押し付けるはずはない……。
ミナトは料理が得意だ。かつての傭兵隊でも、夕食を作れば鍋が空っぽになるまで皆が食べてくれた。
レパートリーも豊富だし、お菓子だって作れる。
せめてレオンハルトの口だけでも幸せにできるなら、と意気込んでいたところへの手ひどい一撃。
厨房で調味料などの場所を一通り教えると、ミランダ婆さんは、野菜と肉をよく煮込んだシチューを作った。
ミナトも味見させてもらったが、匂いも味も悪くない。だが、何か哀しい雰囲気のするものに感じられた。
「いいかい、ミナト。」
シチューの味に沈み込んでいる彼女へ、ミランダ婆さんは言った。
「あの子を見捨てないでおくれよ?
せめてね、縁を繋いだ人間に裏切られるような目にだけは合ってもらいたくはないんだよ。
どうしてもね、それだけはお願いしたいのさ。」
「わかってる。もうあの人は十分すぎるぐらい苦しんだ。せめてここからは色々と取り戻してかなきゃ。
あたしはその手伝いをするよ。そのためにここに来たんだ。」
シチューの味を振り払うかのように、ミナトは力強く言う。
ミランダ婆さんは、その言葉を聞くと満足そうに頷き、レオンハルト宅を後にしていった。