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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第六章-決闘
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決着

 クラスの丘。


 帝都リヒテンベルグの中心地から、歩いて二時間ほどの距離にある丘。


 午前四時半、ミナトは既にそこにいた。


 大斧を素振りし、ウォーミングアップを行なっている。

 仮想敵は無論レオンハルトだろう。


 だが、素振りを一旦やめてインターバルを取るごとに、何か考えるような表情を見せている。


 不意にミナトが気配を感じた。


 丘の頂に向かう道の一つ、そこに『照明』の魔法が見え隠れしている。


 ややあって、その灯りの主が現れた。

 レオンハルト・フォーゲルだ。


「早かったな。」


 ミナトが静かに、だがはっきりとした声で言う。


「そちらこそ随分早いようだが?」


「待ちきれなかったのさ。」


 レオンハルトの冷静な言葉に、不敵に笑いながらミナトが答える。


「そうか……。」


 レオンハルトは静かに目を閉じ、少しの間の後、口を開いた。


「賭けをしよう。」


「賭け?」


「そうだ。」


 そう言うと、レオンハルトは黒いネクタイを、制服のポケットから取り出した。


「今からこれで目隠しをして君と戦おう。

 使う魔法も一種類に限定する。

 多分これぐらいのハンデがなければ互角とはいかんだろうからな。」


「なっ……!?」


 ミナトの顔に怒りの色が走った。


「あたしをバカにしているのか!?

 いくら貴様が達人だったとしても、そんなメチャクチャなハンデをつけられて黙っていられるか!」


「そう思うなら、実際にやってみるといい。

 君は俺を殺す最大のチャンスを得ているんだぞ?」


「それは……。」


 言い淀むミナトをしり目に、レオンハルトはネクタイで目隠しをする。


「あと、この制服では解りづらかろう。」


 そう言うと、レオンハルトは黒の制服を脱ぎ捨て、白いブラウス姿になった。

 月明かりがシャツの白を青白く染める。


「では、魔法を使う。

『強力』の魔法……制限時間は約十分だ。

 その間に決着をつけなければ、俺の負けになる。」


「何をもって決着とするんだ?」


 蒼い輝きをもった『魔導球(サーキットスフィア)』が展開された。

 収斂されていくのをミナトが見ている中、レオンハルトが答えた。


「そうだな、君が勝ちを確定させた、もしくは俺を殺せたら、君の勝ちだ。

 逆に、君の心が折れたなら、俺の勝ちでどうだ?」


「わかった。その勝負受ける。

 でも、そのこっちをバカにしたハンデは高くつくからね!!」


 やや落ち着いた様子でミナトはレオンハルトに叫んだ。

 それを受けたレオンハルトは満足げに頷いた。


「よし。最後に賭けるものだが……。

 負けた者は勝った者の言うことを聞く。それでどうだ?」


「それでいい。

 いつから始める?」


「君が準備できたらでいい。

 こちらはいつでも構わん。」


「じゃあ、遠慮なく……。」


 大きく一歩飛び退き、間合いを測るミナト。


 一呼吸整えると、一気に鋭い横薙ぎで胴を狙う。


 だが、レオンハルトは、その横薙ぎに合わせて垂直に飛び、斧の刃を蹴り飛ばして大きく宙に舞った。


「な……っ!?」


 驚くミナトの頭上を越え、その背後へと軽やかに着地するレオンハルト。

 見えないはずの目が、再びミナトの方へと向けられる。


「この……っ!!」


 スパイクによる突きから、袈裟懸け、横薙ぎ、唐竹割りと、ミナトは次々に一撃を繰り出すが、その全てはまるで見えているかのごとく華麗に躱されていく。


 再びスパイクによる突き。その瞬間、レオンハルトは大きく身体を右に捩り、懐まで踏み込んできた。


「しまっ……!!」


 一撃を覚悟するミナト。


 だが、レオンハルトは何もせず、再び大きく間合いを取り直す。

 呆気に取られているミナトに、レオンハルトは問いかけた。


「まだ、やる気はあるようだな?」


「あ……当たり前だっ!!」


 そう言うや、ミナトは斧の『回路(サーキット)』を起動させ、『神速』を発現した。


(これで動きは捕らえられない!)


 ミナトはそう確信すると、改めて袈裟斬りの一撃を振り下ろした。


 しかし、見えないほどの高速の一撃も、レオンハルトは寸前で見事な見切りを見せ、最小限の動きで躱す。


「な、なんで!?」


「どうした、手が止まっているが?」


(こいつ……ここまでの怪物だったなんて……。)


 ミナトは空恐ろしくなってきた。


 ヒュウガの言っていた『殺せるもんなら殺してみろ』の言葉の意味がようやく解った気がした。


 確かにこれは殺せない……少なくとも、あたしの腕では絶対に無理だ。


「う……うわああああっ!!」


 魔法による速度強化を利用し、右に左に大斧を振り回す。

 その攻撃すら、全ては当たるどころか、かすりもしない。


 瞬間、レオンハルトの身体が大きく崩れた。

 立木の根に足を取られたのだ。


「くっ!?」


 背中から倒れこむレオンハルト。


(今だ!!)


 ミナトは勝利を確信し、最速のタイミングで大上段に大斧を振りかざす。

 そして一気に振り下ろした。


 だがその刃は、レオンハルトの身体を真っ二つにするには至らず、その直前で止まっている。


 両手による白刃取り。レオンハルトは『強力』の魔法をもって自らの身を守ったのだ。


「しっ!」


 レオンハルトは小さく息を吐くように気合を込め、斧を右へと捩る。

 その力の流れに逆らえず、ミナトも大きく左へと倒れこんだ。


 呆然としたまま、白んだ空を見上げるミナト。


 レオンハルトは目隠しを取って、ミナトを見下ろし、こう言った。


「まだ、やるかい?」


 微笑みながらそう言ったレオンハルトの顔が、ミナトの中で失われていた記憶と鮮やかに合致した。


 涙を零して笑顔を見せる、琥珀色の瞳を持つ少年。


 自分の命を救ってくれた、大切な思い出の人……。


「あ……ああ……!」


「どうした?」


「あ……あたし……やっぱりやっちゃいけないことしてた!!

 こんなこと……こんなことしちゃいけなかったんだ!!」


 片腕で目を隠し、泣きじゃくるミナト。


 レオンハルトは怪訝そうな顔を見せながらも、ミナトの様子を見守る。


「あたしはあなたに命を救ってもらった!

 命の恩人をなんで仇だなんて思ってたんだろう!!

 こんなの一番やっちゃいけないことなのに!!」


 自分の心の内をひとしきり吐き出し、すすり泣くミナト。


 そんな彼女にレオンハルトは優しく声をかけた。


「思い出したのか?」


 ミナトは無言で首を縦に振る。


 レオンハルトは満足げに微笑み、ミナトに語りかける。


「それなら十分だ。

 君は生きている。これからはその命を有意義に使ってくれ。

 俺の望みはそれだけだ。」


 それだけ言うと、レオンハルトは脱ぎ捨ててあった制服を拾い上げ、そのまま羽織って丘を降りようとした。


「待って!」


 ミナトが大声をあげてレオンハルトを引き留める。


 大急ぎで立ち上がり、慌てて彼の傍へと駆け寄るミナト。


「待って、お願いがある!」


 羽織った制服の袖を掴んで、ミナトはレオンハルトを振り向かせた。


「どうした?」


「あたし……あたし、あなたの世話をするから!」


 真剣な表情でミナトは言う。

 その言葉にレオンハルトは呆気に取られた表情を見せた。


「え……あぁ……いや、間に合ってるんだがな、そう言うのは。」


「でも、これぐらいしか詫びを入れる方法が思いつかないんだ。

 さっきあなた言ってたじゃない。命を有意義に使え、って。」


「いや……それは……。」


「せめて、本当の意味で命を使うべきものが見つかるまででもいいんだ。

 あなたのそばにいさせて欲しい。

 なんでもするよ。料理に掃除、洗濯に裁縫。こう見えてもなんだってできるんだからね。」


 一気にまくしたて、笑顔を見せるミナト。


 その笑顔の温かさを見て、戸惑っていたレオンハルトの顔もわずかにほころぶ。


「解った。そういうことなら一時的に雇うことにする。

 ただし、住み込みでやってもらう分、給料は安いぞ。

 傭兵時代と同じだけもらえるとは思わないで欲しい。」


「問題ないよ。今までの分はちゃんと取っておいてあるから。」


 笑顔を崩さず、ミナトは喜んで答える。


 レオンハルトがふと東の空を見ると陽がちょうど昇ろうとしていたところだった。

 つられてミナトも満足そうに朝日を見る。


 だが丘の奥の茂みでは、何者かがそっとほくそえんでいたことに、二人は気付いていなかった。


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