修羅
割れた窓から再び外へ出たヒュウガとミナトは、戦いを続けるクリストフたちと合流した。
「状況は?」
クリストフへと短く問うヒュウガ。
「五分……ですかね?
隊長は?」
「コッチは失敗だ……。
予想外のヤバいヤツが出た。」
クリストフは明るく答えたが、ヒュウガの声は重く沈んでいる。
「ヤバいヤツ……?」
クリストフがそう言った瞬間、一筋の光が遥か屋敷の中から輝いた。
光線はクリストフの右肩に当たり、鋼鉄の肩当てを射抜く。
「ぐっ!?」
小さく呻いてうずくまるクリストフ。
「大丈夫か!?」
ミナトがクリストフに駆け寄る。
「み、右肩をやられました……。
一体何が?」
「恐らく……遺跡の人形だ。」
「遺跡の!?」
ヒュウガの一言に、驚愕するクリストフ。
屋敷の方からは何筋もの光線が光り、瞬いている。
気が付けば、屋敷の方々から火の手が上がり始めていた。
「いかん!!」
その状況を見たヒュウガが、大急ぎで屋敷へと駆け出した。
「ヒュウガ、どうすんのさ!?」
「このまま、あの外道を逃がすワケにはいかん!!」
そう叫ぶと、ヒュウガは弾丸のような速度で一気に戦場を駆け抜ける。
それを見たミナトもまた、警備兵を斬り倒しながら屋敷へと向かった。
屋敷からは、執事や使用人などが大慌てで逃げ出している。
だが、それを追うように人形が現れ、無差別に人を殺していくのが見えた。
「コイツら……!!」
怒りを露わにしたヒュウガが渾身の右ストレートを四角いボディに叩きこむ。
しかし、人形のボディは傷がつくどころかへこみすらしない。
「どいてっ!」
ヒュウガの後ろから軽く跳び上がり、全身の体重をかけて大斧を振るうミナト。
刃が割れたのではないかとというほどの衝撃はあったものの、ボディにはやはり傷一つついていない。
カシャリ、カシャリと一歩ずつ近づいてくる人形。そこに強烈な破裂音と共に、蒼白い雷光が叩きつけられた。
「無事か、二人とも!?」
レオンハルトが駆け寄って尋ねる。
「そっちはどうだ!?」
答えるヒュウガの声は荒々しい。教授の動向が気にかかるのだろう。
それに対し、冷静にレオンハルトは口を開いた。
「教授は死んだ。」
「なんだと!?」
「この人形の攻撃に巻き込まれてな。
こいつらは全く制御されていない。
ただ目の前にいる人間を殺すための殺戮機械だ。」
レオンハルトが言葉を漏らしているところに、ミナトの目が見開かれた。
「後ろ!」
気づいた時には、もう光線が輝いていた。
だが、何かのフィールドが瞬き、その光線を防ぐ。
「危ないところでした。」
少年の声が響き、何もなかったはずの虚空からスッ……と、コムが姿を現す。
「なに……これ?」
きょとんとするミナトをよそに、レオンハルトは険しい声をコムに向けた。
「コム、なぜここに!?」
「シュヴァルベさんから連絡を受けたんです。
少々、状況が危険かもしれないって。」
「シュヴァルベが、だと?
まあ、いい。好都合だ……。」
レオンハルトは一瞬戸惑った顔を見せたが、すぐに視線を人形に戻すと、コムに向けて叫んだ。
「コム! 解除しろ!!」
「対象は十一。仕方ありません、許可します。
ただし制限は……。」
「三分あればいい!!」
「了解です。では五分許可します。」
「よし!!」
コムとのやり取りが終わると、レオンハルトの左手が輝き始めた。
左手の甲、そこに埋め込まれた『回路』が起動したのだ。
通常の『回路』ではない。
手の甲の上にある空間に、扇状の蒼く輝く『回路図』が幾重にも展開されている。
魔力を感じられる者ならば、そこから莫大なまでのエネルギーの奔流が感じられることだろう。
輝きが頂点に達し、白銀となった左拳を握りしめ、レオンハルトは眼前の人形に向けて突進する。
「おおおおおおおっ!!」
輝く左拳が、黒いボディに叩きつけられる。
ヒュウガの拳が、ミナトの大斧が、傷つけることすらできなかったそのボディを、レオンハルトの左拳は易々と貫き、その内側の機械すらも破壊する。
琥珀色の瞳が怒りに輝き、次の獲物を捕らえた。
怯える事もないまま、光線を次々に瞬かせる人形。
しかしその光線はどれ一つレオンハルトに届くことなく、何かの障壁に阻まれ蒸発するかのように虚空へと消えていく。
接近した人形に対して、瞬間的に右手で『衝撃』の魔法を放つ。
その威力は、人形のボディを吹き飛ばしたのみならず、内部の機構の一部が焼けただれて吹き飛ぶ程のものだった。
「待ってくれ……どうなってんだ? アイツは……。」
「左腕の義手の力ですよ。
あの特殊な『回路』を用いれば、『魔導球』の展開なしで魔法を使用できるのです。」
ヒュウガの言葉に答えるかのように、茂みの影からシュヴァルベが姿を現した。
「よく間に合ってくれましたね、コム。
しかし、義手の力がここまでとは予想外でした。」
「いえ、まあ……。
でも、どうしてあなたがこの事を知ってたんです?」
「さて、どうしてでしょうか……。」
くすくすと忍び笑いを漏らすシュヴァルベ。
その向こうでは、人形を拳と魔法とで次々と破壊するレオンハルトがいた。
振るわれる一撃は正体不明の金属を微塵に砕き、中の機械を露出させる。
そんな機械の傷口へと、抉りこむように拳を突き入れ、駆動のための機構を配線ごと引きちぎる。
光線を弾き飛ばしながら魔法が乱れ飛び、次々と機能停止していく人形。
そんな物言わなくなった相手にすら、容赦なく魔法の弾丸を雨あられと見舞う。
何もかもを破壊し尽くそうという意思の元、悪鬼の形相で次々と人形を抹殺していくレオンハルト。
その破壊の徹底ぶりは、もはや人形への虐殺ともいえる程だ。
「さあ、よくご覧なさい、牡牛のミーナ。あれが貴方の討とうとする男です。
彼がどれほどの修羅を内に秘めているのか、その目をもって確かめられればよろしかろう。」
シュヴァルベの言葉通り、今のレオンハルトは修羅だった。
いつもの彼が見せる事のない怒りと憎しみの表情で、次々に人形を破壊するその様を目の当たりにし、ミナトは自らの中にある憎しみに、そして新たに芽生えた意思に向き合うことを決心していた。




