暴露
「何者か!?」
宵闇の中、兵の放った誰何の声が響く。
それに答えてレオンハルトが声高に叫んだ。
「学術師レオンハルト・フォーゲルだ!
故あって参上した。教授に取次願いたい!」
鋳鉄でできた格子の門が左右に開かれ、レオンハルトを招き入れる。
彼は一人、教授の邸宅の中へと、険しい表情のまま突き進んでいった。
邸宅の構造は何回かの訪問で十分頭に入っている。
レオンハルトは執事の案内を無視して、書斎の扉を叩きつけるように開いた。
「レオンハルト! 貴様何の用だ!!」
いつもの神経質そうな甲高い声。
だが、この場においては怯えの色が見える。
レオンハルトの様子から、ただ事ではないと悟っているようだ。
「教授……一つだけお聞きしたい……。」
「な、何だ……?」
「十年前の事故は、本当に事故だったのか?」
「何を言っているのか、わ、解らんな……。」
動揺を隠せず、視線を逸らして口ごもる教授に、レオンハルトは畳み込むような言葉を続けた。
「ならば! どうして三番回路から五番回路へのショートカットを利用して、暴走を企てたんだ!?
思考実験として理論上必要だったとしても、なぜそれを他人の目に触れないような書き込みとして残した!?」
「貴様! 私の端末を覗き見たな!?」
「必要があったから、そうしたまでだ!
もう一度聞く! あの事故は偶発か!? 故意か!?」
教授はレオンハルトの剣幕に一瞬たじろいだ様子を見せたが、すぐに憎らしい微笑みを見せて言い放った。
「故意だ、と言ったらどうするのかね?
正義の名の下に私を断罪するのかな? 君のその拳で。
できまい? できるはずがない。
そんな暴力沙汰でこの件を幕引きにしてしまっては、あらゆる方面から非難を受けるからな。
あともう一つ言っておこう。私は今日死ぬよ?」
「死ぬ? どういう意味だ!?」
「なに、表面上死んだことにして、落ち延びるのさ。
どこに行くかまでは教えられんが、いずれにせよ、君の拳が届かないところまで逃げられるのは間違いないね。」
そう言うと、教授はくっくっと忍び笑いを始めた。
レオンハルトの両拳が握り固められる。
「貴様……。
あの事故でどれだけの人間が死んだと思っている!!」
「三万と七百五十三人だったと記憶している。
生き残った人間は確か……そう、七人だったな。」
完全に開き直ったのだろう。レオンハルトの叫びに、太々しく答える教授。
いや、これこそが彼の本性なのかもしれない。
レオンハルトの怒りの叫びは続く。
「その消されてしまった命に、貴様はどんな謝罪をするつもりだ!!」
「不要な人間を排除しただけだよ。
別に謝罪など必要なかろう?」
見下すような教授の言葉に、レオンハルトは怒りを募らせる。
「さてどうするね?
丸腰の人間に拳を向けるのかね、君は?
できまい? できるはずがないんだよ、君には。
高邁で清廉な君は、無力な相手に暴力を振るうことを極端に嫌うからな。
宝の持ち腐れというやつだよ、全く。」
再び忍び笑いを始める教授の背後、その大窓を破り二つの影が飛び込んできた。
二つの影の一つは黒いロングコートを纏い、狼の顔を持つ男。
もう一つは皮鎧に身を固め、大斧を携えた牡牛の角を持つ女だ。
「な……っ?」
呆然とする教授にヒュウガが怒りの形相で静かに言う。
「色々聞かせてもらったぜ?
どうやらこいつぁ骨の髄まで腐り切った野郎だ。
アイツは確かに手が出せねぇかもしれんが、俺ぁ容赦しねぇからそう思え。」
「レオンハルト……。」
ミナトが、哀しそうな顔でレオンハルトへと何かを語りかけようとした。
レオンハルトはそれに気を向けることなく、ヒュウガの前に立ち塞がる。
「何のつもりだ? レオン。」
「お前に教授を殺させる訳にはいかない。」
「気づいてたかい……。」
「それだけ殺気を放たれてはな。
今ここで教授を殺しては、真の意味での断罪にならん……。
あるべき手段、あるべき方法でなければ罪を裁いてはならんのだ!」
ヒュウガの正拳がレオンハルトの顔面に向けて突き入れられる。
わずかな動きでその突きを躱すと、レオンハルトはその勢いに乗ったまま、後ろ回し蹴りをヒュウガの首に向けて放った。
瞬時に反応し、左手ではじくヒュウガ。
ヒュウガはレオンハルトに向けて叫ぶ。
「綺麗ごと言ってる場合じゃねぇんだよ!
奴がこのまま三公爵の所に行けば、研究がグッと進むのは間違いねぇんだ!
そうなっちまったら、どう責任取る!?
また十年前を繰り返したら、ここにいるミナトにどう詫びる!?」
レオンハルトの顔が苦しげに歪む。
二人が言い合っているところに、外部の警備兵が二人、部屋へ飛び込んできた。
「教授、敵襲です。脱出の準備を!」
外を見ると、月明かりの下でかなりの人間が、警備兵と戦っているのが見えた。
恐らく連絡を受けたクリストフが『影の兵士隊』の精鋭を連れてやってきたのだろう。
「おい、外道!」
ヒュウガが教授に向けて叫んだ。
「もう逃げられると思うな?
手前ぇは踏んじゃいけねぇ虎の尾を踏んだんだ……。
陛下の名の下に、貴様を処断する!」
「く……くくくっ、できるかな、こっちもこう言うものを用意しているのだよ!」
教授はそう言うと、机の影に隠れた。
次の瞬間、書斎に飾られていた六体の鎧がガシャリ、ガシャリ! と音を立てて倒れていく。
鎧のあった場所からは、黒光りする四角いボディに棒のような妙に細い腕と、鳥のような逆関節の脚を持つ、大人ほどの大きさの奇妙な人形が姿を現した。
その場に居合わせた人間全てが警戒する。
一人、レオンハルトを除いては。
「逃げろ! 早く!!」
レオンハルトは、この上なく緊張した面持ちで、その場に居合わせた人間全てに警告した。
「もう遅いよ! 彼らは起動したんだ!!
停止信号を送らん限り奴らは動き続けるぞ、レオンハルト!!」
教授の哄笑が書斎に響く。
人形の頭のない胴体部。
その左上にチカリチカリと緑色の光点が点滅している。
胴体は周りを見回すかのように、左右へとゆっくりと動き、最後に『ピーッ』という機械音を発して活動を開始した。
細い腕が、クン……と持ち上がり、そこから眩い光線が走る。
光線の先にいた警備兵の一人が、そのまま兜ごと頭を焼き貫かれた。
「な……っ!?」
絶句するヒュウガとミナト。
その二人に向けてレオンハルトが叫んだ。
「逃げろ! こいつらは俺が何とかする!!」