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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第五章-修羅
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暴露

「何者か!?」


 宵闇の中、兵の放った誰何の声が響く。

 それに答えてレオンハルトが声高に叫んだ。


「学術師レオンハルト・フォーゲルだ!

 故あって参上した。教授に取次願いたい!」


 鋳鉄でできた格子の門が左右に開かれ、レオンハルトを招き入れる。


 彼は一人、教授の邸宅の中へと、険しい表情のまま突き進んでいった。


 邸宅の構造は何回かの訪問で十分頭に入っている。

 レオンハルトは執事の案内を無視して、書斎の扉を叩きつけるように開いた。


「レオンハルト! 貴様何の用だ!!」


 いつもの神経質そうな甲高い声。

 だが、この場においては怯えの色が見える。

 レオンハルトの様子から、ただ事ではないと悟っているようだ。


「教授……一つだけお聞きしたい……。」


「な、何だ……?」


「十年前の事故は、本当に事故だったのか?」


「何を言っているのか、わ、解らんな……。」


 動揺を隠せず、視線を逸らして口ごもる教授に、レオンハルトは畳み込むような言葉を続けた。


「ならば! どうして三番回路から五番回路へのショートカットを利用して、暴走を企てたんだ!?

 思考実験として理論上必要だったとしても、なぜそれを他人の目に触れないような書き込みとして残した!?」


「貴様! 私の端末を覗き見たな!?」


「必要があったから、そうしたまでだ!

 もう一度聞く! あの事故は偶発か!? 故意か!?」


 教授はレオンハルトの剣幕に一瞬たじろいだ様子を見せたが、すぐに憎らしい微笑みを見せて言い放った。


「故意だ、と言ったらどうするのかね?

 正義の名の下に私を断罪するのかな? 君のその拳で。

 できまい? できるはずがない。

 そんな暴力沙汰でこの件を幕引きにしてしまっては、あらゆる方面から非難を受けるからな。

 あともう一つ言っておこう。私は今日死ぬよ?」


「死ぬ? どういう意味だ!?」


「なに、表面上死んだことにして、落ち延びるのさ。

 どこに行くかまでは教えられんが、いずれにせよ、君の拳が届かないところまで逃げられるのは間違いないね。」


 そう言うと、教授はくっくっと忍び笑いを始めた。

 レオンハルトの両拳が握り固められる。


「貴様……。

 あの事故でどれだけの人間が死んだと思っている!!」


「三万と七百五十三人だったと記憶している。

 生き残った人間は確か……そう、七人だったな。」


 完全に開き直ったのだろう。レオンハルトの叫びに、太々しく答える教授。


 いや、これこそが彼の本性なのかもしれない。


 レオンハルトの怒りの叫びは続く。


「その消されてしまった命に、貴様はどんな謝罪をするつもりだ!!」


「不要な人間を排除しただけだよ。

 別に謝罪など必要なかろう?」


 見下すような教授の言葉に、レオンハルトは怒りを募らせる。


「さてどうするね?

 丸腰の人間に拳を向けるのかね、君は?

 できまい? できるはずがないんだよ、君には。

 高邁で清廉な君は、無力な相手に暴力を振るうことを極端に嫌うからな。

 宝の持ち腐れというやつだよ、全く。」


 再び忍び笑いを始める教授の背後、その大窓を破り二つの影が飛び込んできた。


 二つの影の一つは黒いロングコートを纏い、狼の顔を持つ男。

 もう一つは皮鎧に身を固め、大斧を携えた牡牛の角を持つ女だ。


「な……っ?」


 呆然とする教授にヒュウガが怒りの形相で静かに言う。


「色々聞かせてもらったぜ?

 どうやらこいつぁ骨の髄まで腐り切った野郎だ。

 アイツは確かに手が出せねぇかもしれんが、俺ぁ容赦しねぇからそう思え。」


「レオンハルト……。」


 ミナトが、哀しそうな顔でレオンハルトへと何かを語りかけようとした。

 レオンハルトはそれに気を向けることなく、ヒュウガの前に立ち塞がる。


「何のつもりだ? レオン。」


「お前に教授を殺させる訳にはいかない。」


「気づいてたかい……。」


「それだけ殺気を放たれてはな。

 今ここで教授を殺しては、真の意味での断罪にならん……。

 あるべき手段、あるべき方法でなければ罪を裁いてはならんのだ!」


 ヒュウガの正拳がレオンハルトの顔面に向けて突き入れられる。

 わずかな動きでその突きを躱すと、レオンハルトはその勢いに乗ったまま、後ろ回し蹴りをヒュウガの首に向けて放った。


 瞬時に反応し、左手ではじくヒュウガ。


 ヒュウガはレオンハルトに向けて叫ぶ。


「綺麗ごと言ってる場合じゃねぇんだよ!

 奴がこのまま三公爵の所に行けば、研究がグッと進むのは間違いねぇんだ!

 そうなっちまったら、どう責任取る!?

 また十年前を繰り返したら、ここにいるミナトにどう詫びる!?」


 レオンハルトの顔が苦しげに歪む。


 二人が言い合っているところに、外部の警備兵が二人、部屋へ飛び込んできた。


「教授、敵襲です。脱出の準備を!」


 外を見ると、月明かりの下でかなりの人間が、警備兵と戦っているのが見えた。

 恐らく連絡を受けたクリストフが『影の兵士隊(シャッテンクリーガー)』の精鋭を連れてやってきたのだろう。


「おい、外道!」


 ヒュウガが教授に向けて叫んだ。


「もう逃げられると思うな?

 手前ぇは踏んじゃいけねぇ虎の尾を踏んだんだ……。

 陛下の名の下に、貴様を処断する!」


「く……くくくっ、できるかな、こっちもこう言うものを用意しているのだよ!」


 教授はそう言うと、机の影に隠れた。


 次の瞬間、書斎に飾られていた六体の鎧がガシャリ、ガシャリ! と音を立てて倒れていく。


 鎧のあった場所からは、黒光りする四角いボディに棒のような妙に細い腕と、鳥のような逆関節の脚を持つ、大人ほどの大きさの奇妙な人形(ひとがた)が姿を現した。


 その場に居合わせた人間全てが警戒する。


 一人、レオンハルトを除いては。


「逃げろ! 早く!!」


 レオンハルトは、この上なく緊張した面持ちで、その場に居合わせた人間全てに警告した。


「もう遅いよ! 彼らは起動したんだ!!

 停止信号を送らん限り奴らは動き続けるぞ、レオンハルト!!」


 教授の哄笑が書斎に響く。


 人形の頭のない胴体部。

 その左上にチカリチカリと緑色の光点が点滅している。


 胴体は周りを見回すかのように、左右へとゆっくりと動き、最後に『ピーッ』という機械音を発して活動を開始した。


 細い腕が、クン……と持ち上がり、そこから眩い光線が走る。


 光線の先にいた警備兵の一人が、そのまま兜ごと頭を焼き貫かれた。


「な……っ!?」


 絶句するヒュウガとミナト。

 その二人に向けてレオンハルトが叫んだ。


「逃げろ! こいつらは俺が何とかする!!」


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