怒り
「危険な物とは?」
ディアナに面会を申し出たレオンハルト。
時はもう夕暮れをかなり回っており、ディアナが学術院に残っているのには異例の時間だ。
「十年前、件の熱線砲が発掘されました。
その研究が極秘裏に進められていたのを確認したのです。」
「研究を進めることは問題ではないでしょう。
どんな研究対象でも、より深く精査する必要はあるはず。」
レオンハルトの言葉に対して冷静に答えるディアナ。
それを受けて、レオンハルトはさらに言葉を続ける。
「確かにその通りです。
しかし十年前の一件、どうも教授が故意に引き起こした疑いが出てきました。」
「どういうことです?」
「これが熱線砲に関するレポートです。」
レオンハルトは紙束をディアナに渡す。
ディアナは薄い眼鏡をかけ、その紙束に目を通し始めた。
「問題は十ページ辺りになります。
この熱線砲の仕組み、操作法などが記されておりますが、情報の一部には教授の情報端末でなければ閲覧できないよう、鍵がかけられておりました。
その鍵がかけられていた箇所には、熱線砲の暴走を故意に起こすための書き込みが存在していたのです。」
レオンハルトの目には、静かな、そして明確な怒りが浮かんでいた。
「どうやら、軍部の推測は当たっていたようですね……。」
「どういうことです!?」
ディアナのつぶやきを聞きとがめ、声を荒げて問い質すレオンハルト。
ディアナは静かに語り始める。
「この一件、十年前からカウフマン君が故意に起こしたものではないかという疑念があったのです。
彼は優秀な技術者です。斯様な遺物を取り扱うのも一度や二度ではありません。
にも関わらず、あの時に限ってああまで悲惨な事故を起こしたのはおかしいのではないかと疑われていました。」
「では、動機は!?」
レオンハルトの右拳がわなわなと震えている。
かなり強烈な怒りが彼の心を支配しているのだろう。
「推測ですが……。
恐らく彼はあの当時から三公爵と結託しており、彼らにとって邪魔者だったリューガー公を亡き者にするため、あの事故を演出したのでしょう。
つまるところあの事故は、たった一人を暗殺するために引き起こされたものであり、同時に遺物の威力を内外に示すデモンストレーションだったのではないかとも考えられるのです。
事実あの一撃で、マウル国軍全軍の一割に相当する兵が一気に消失しました。
十年近くの間、連中が侵攻をためらった理由はそこにあります。
マウルとの折衝がやり易くなった、そう言った事実をもってすれば、あの事故は是とするべきだと……。」
「黙れっ!!」
レオンハルトは、ディアナの机に大きく左の拳を叩きつけた。
机の縁が潰れ、抉られ、木切れとなった残骸が辺りに飛び散る。
「あれを是としろだと!? 何万の人間が死んだんだぞ!
罪のない人間まで巻き込んで、数えきれない人間が死んだんだ!!
たった一人の暗殺のために、どれだけの人間の明日が奪われたと思っている!!」
「そうは言いますが、レオンハルト。
もしあの場で決戦となれば、結局ほぼ同数の人間が死んでいったことでしょう。
場合によっては、マウルの侵攻を防ぎきれず、より多くの死者が出ていた可能性も高いのです。
あの十年前の一件、宣戦布告の使者があの事故を聞き、急いで引き返したという事実も残っています。
全面戦争一歩手前で回避できたということは、結果多くの命を救ったことになります。
それは理解できていますか?」
「死者を数で語るな!!
どんな人間でも、皆懸命に生き、明日を信じている!
その全てを潰した事実から目を背ける行為だ、それは!!」
そう言うとレオンハルトは勢いよくきびすを返し、扉へと大股で向かっていく。
「どうするのです、レオンハルト?」
椅子から立ち上がることもなく、ディアナはレオンハルトに問う。
「決まっている……。」
怒りに燃える目で、レオンハルトは肩越しにディアナの顔を睨んだ。
「教授に会いに行く……!!」