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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第五章-修羅
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困惑

「昨日……あいつが苦しんでるのを見た……。」


 地下訓練場で手合わせを数回繰り返し、休憩しているところでミナトはヒュウガにポツリと言った。


「やっぱまだ引きずってんのか……。

 簡単に割り切れるタイプじゃねぇからな、アイツも。」


「わかんなくなったよ……あたし、やっちゃいけないことしてるかもって……。」


「やめとくんなら今のウチだぜ?

 引き返してからする後悔と、引き返せないところまで行っての後悔じゃ質が違う。

 特にこの件、命一つかかってるんだ。

『少しばかり間違えました。』で、済む話じゃない。」


「それは……わかってる。」


 ベンチの背もたれに身体を預けて、ヒュウガはミナトに語りかける。


「お前ぇさんがどこまでアイツを恨んでるのかはわからんし、何を言ってもソイツは消せんだろう。

 だがな、恨みを忘れるのと、許すのは別モンだ。

 恨みの内容すら忘れても、なお許せねぇなんてこともあるし、恨みを持ったまま、あえて許す道を選ぶヤツだっている。

 お前さんもそうしろとは言わん。だが、許すってことをそのまま言葉にするのが嫌だってんなら、そっと帝都から出て行きゃいい。

 言伝ぐらいなら伝えといてやるが?」


「そうじゃない……そうじゃないんだ……。」


 ミナトはうなだれて、地面に目を落とす。


「あたしは、あたしの恨みの根っこがわかんなくなった。

 確かに村のみんなが虐殺された。

 この事実は変わらないし、許すことはできない。

 でも……でも、何か違うんだ。

 あたしは、あいつを恨んでなかったんじゃないかって、そう思うんだ……。」


 汗が滴り、涙のように地面を一滴、また一滴と濡らしている。


「聞こえるんだ、声が。

『許すな! 殺せ!』って声が。

 この頃特にひどくなってきて、夜うなされるぐらいだよ……。」


「ふ……ン。」


 意気消沈しているミナトの言葉を聞き、ヒュウガは何かを考えるように視線を逸らす。


 少しして、再びヒュウガが口を開いた。


「暗示……かもな。」


「暗示?」


「ああ。誰かにその感覚を植え付けられたって可能性だ。

 この手の仕事やってると、そういう事例に出くわすこともある。

 自分の意思の外から別の感覚や記憶を植え付けられたりしてな。

 一種の操り人形さ。そういうのを平気でやるヤツぁ許せん。」


「でも、そんなことされた記憶はないよ?」


「その『された記憶』ってのも改竄されていることが多い。

 当たり前だよな。罠を仕掛けた人間が『ここに罠がございます』なんていうはずがなかろう?」


 今度はミナトが視線を逸らし、何かを考え始めた。

 恐らく暗示を仕掛けられたかもしれないタイミングを思い出そうとしているのだろう。


「少なくともアルコスの頃には、もう復讐を誓っていた。

 するとその前になる……。

 その前のあたしはどうしたかった?」


 角を拳でコツコツ叩きながら、必死になって記憶を探るミナト。

 だが、考えれば考えるほど次第に脂汗をかき、苦しそうな息を吐き始める。


「やめておけ。」


 ミナトの肩をヒュウガが優しく叩く。


「暗示を解くのは専門の人間じゃねぇと危険だって聞いたことがある。

 それに、さっきも言っただろう? 罠だと気付かれるような罠なんかを仕掛けないのが普通だ。

 暗示が解けるきっかけが何かはわからんが、まずは乗っかってみな。」


「何に乗っかるのさ?」


「暗示そのものに、だ。」


 そう言うと、ヒュウガはベンチから勢いよく立ち上がった。


「さあ、もう一本行くぞ。」


「ねえ、一つ教えてよ。

 あんたはレオンハルトをどうしたいの?」


 ミナトはヒュウガに続いて立ち上がって尋ねた。


 そんな彼女に、ヒュウガは首だけ向けて、微笑みながら答える。


「生きてるってことを実感させてやりたいのさ。

 今のアイツはしがらみに縛られて、雁字搦めだ。

 生きているという感覚すら惰性かも知れん。

 だから少なくとも、アイツを縛っている要因の一つを取り除いてやりたい。」


「それが教授?」


「ああ。十年前の事件、ヤツが首謀者だっていう話もあるぐらいだからな。」


 先の微笑みが嘘のような冷徹な表情を見せ、ヒュウガはミナトに答えた。


「まさか! そんな……。」


 絶句するミナト。そんな表情を見、ヒュウガは静かに目を閉じて言葉を続ける。


「初耳か?

 まあ、無理もねぇな。軍内部でもかなり深いところで出てきた話だ。

 確証こそないが、状況証拠はかなり多い。

 それを確認するのも、俺たちの仕事の一つだったりする。」


 ブルリ……と一瞬身を震わせ、ミナトは力なくつぶやく。


「じゃあ……じゃあ、もしそれが本当だったら、あたしは……。」


「詫びを入れるしかねぇな。

 少なくとも、アイツは間違いなく被害者だ。」


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