不安
翌日の昼。
学術院の病院にエレナはやってきた。
向かう先はレオンハルトの病室。
だが、入った瞬間彼女の目に入ったのは、ベッドから起き、学術師の制服に袖を通しているレオンハルトだった。
「ちょっと! まだ休んでなきゃダメでしょう!?」
「休んでいる暇はない。
学術院内に残っている情報をかき集めて、明日の査問会に備える必要がある。」
「そんなのは学芸員に任せておけばいいじゃない。
あなたが直接やる事じゃないわ。」
ボタンを留めながら、レオンハルトはエレナに言う。
「気になるんだ……。」
「何が?」
「教授の研究対象だ。
もし学術院にもその情報が残っていたら、俺たちが知らないはずがない。
逆に俺たちの知っている遺物の中で最大級に危険な物と言えば、何だ?」
「熱線砲……。」
「そうだ。あれがもし封印されておらず、研究対象として秘密裡に研究されていた場合のことを考えた。
もし俺の勘が正しいなどということがあったら、査問会より先に教授の身柄を拘束する必要が出てくるかもしれん。」
エレナは訝しげな視線をレオンハルトへ向ける。
「でも、あなたこの間ツェッペンドルンへわざわざ出向いたんでしょう?
そこには何も残ってなかったって言ってたじゃない。」
「そこには、な。」
詰襟のホックをパチン、とはめ、レオンハルトはエレナに向き直った。
「だが、あれが一つきりとは限らない。
もう既に別のどこかで発見され、その下準備として情報を精査していたことも考えられる。
どうかしたら、残骸なども三公爵の手に渡っており、その復元まで話が進んでいるかもしれんぞ。」
「連中の目的はそれってことかしら……。」
「解らんな。だから、それを調べる。
そのためにも、もたもたはできん。」
真剣な目で出口へ向かうレオンハルトの背中へ、エレナが声をかけた。
「全く……本当に気が付いていないのかしらね?」
「何の話だ?」
不思議そうな顔をし、レオンハルトが振り向く。
そんなレオンハルトに、エレナは呆れた表情で諭すように言った。
「あなた、誰がここまで運んでくれたと思ってるの?」
「君じゃないのか?」
「私の力じゃそんなことできないわよ。
それにあなたの容体は一刻を争うものだったそうよ?」
「じゃあ、誰が?」
「ミナトさんよ。様子がおかしすぎるって気が付いて、彼女が大急ぎで運んでくれたの。
あなた、昨夜のテロの一件で、ずっと彼女に尾行されていたのに気づいてなかったでしょう?」
「そうだったのか……だが、なぜ君がそんなことを?」
「あなたが飛び出して行った後に現場へ向かったら、ちょうどあなたがいつもの教会へ向かう所だった。
それを追っているミナトさんがいたから『隠形』でちょっと、ね。」
エレナはそう言うと、腰のポケットから『回路』を一つ取り出した。
『回路』には特定の魔法を発現させるものがかなりの数存在する。
効果はかなり限定的である上、魔力を引き出すための訓練が必須だが、そのハードルを超えることができれば、インスタントではあるものの誰もが魔法使いになれるのだ。
そう言った意味でも『回路』の有用性は高く、多くの国では個人での売買を制限し、国家がその所有などの管理を行っている。
ころり、と手の内で『回路』を転がし、エレナはレオンハルトに言った。
「あと、彼女からの伝言。
『仇とはいえ、今夜討つのは武人として恥だ。だが、近く必ず決着をつける。』
だ、そうよ。」
「決着? そう言ったのか?」
「ええ、それが何か?」
「そうか……『殺す』のではないんだな。」
レオンハルトは静かに目を閉じ、何かをゆっくりと考えている。
「時にレオン、もたもたしてる場合じゃないんでしょう?」
「そうだったな。
エレナ、悪いが徹夜も覚悟してくれ。」
「冗談でしょう!? さすがにそれは勘弁願いたいわ!」
険しい目つきでドアを開け、病室を出るレオンハルト。
そんな彼を見た医者が慌てて戻るよう引き留めるが、レオンハルトはそれを無視し、大股で病院を出ていく。
その瞳は遺跡工学部のある棟へ向けられていた。