裏工作
夜のバーでレオンハルトとエレナがカウンターで飲んでいる。
いつものように、エレナはウィスキー、レオンハルトはエールだ。
「明後日に押収作業か。」
「思ったより早かったわね。
もう少し手配に手間取るかと思ったのに。」
「確かに不可解だな。」
エールのジョッキを傾けるレオンハルト。
チーズをひとかけら摘まんで口に入れ、もう一口ジョッキを傾けた。
「謹慎の命が下ったのはわずか三日前。
まるで示し合わせたかのように、この追い打ちだ。
俺が何かを見つけて、それを報告するのを待っていたかのようにも思える。」
ウィスキーのグラスを軽く回して、香りを嗅ぐエレナ。
目を閉じて、その香りを楽しみながらも、彼女は言う。
「案外的を射ているかもよ?
今までやってきたことは既に明白だったけど、確証がなかった。
だからあなたにその証拠の手配を任せて、裏で準備だけしておいたとか、ね。」
「気に食わんな……。」
「あの人は政治家ですもの。
裏工作はお手の物でしょう?」
『駒になってもらう』――ディアナの一言がレオンハルトの脳裏に響く。
成程、確かにいい働きをする駒だろうよ。
腹の中で毒づき、エールをまた一口、レオンハルトは飲み込んだ。
「でも、そうなると教授、問題じゃなくて?」
「問題?」
「ええ。例の狼君、教授の命を本格的に狙うんじゃないかしら。
あの人の行動って、ここまで来たら帝国に対する明確な裏切りでしょう?
それに三公爵側も、下手なことを言われたら困ると、口封じに動くかも……。」
「かも知れん。」
新たにもう一杯エールを注文し、レオンハルトはすげなく答える。
「だが、今夜と明日は動かんだろう。
もしこのタイミングで教授を殺してしまっては、三公爵が求める『何か』を突き止めるのに時間がかかる。
可能ならば、押収作業と並行で行われる第二回の査問会議で全てを明白にした後、暗殺というのが望ましい。
三公爵の側としても、今動いて下手な証拠を残しては、トカゲの尻尾を切り落としたというような話では済まんだろう。」
「随分辛辣ね。
まるで暗殺してもらいたがってるみたいよ?」
バーテンから渡された新しいジョッキに口をつける。
喉に沁みる炭酸の刺激を感じつつ、レオンハルトはエレナに言った。
「正直に言えば、もう見限りたい気分だ。
確かにあの人は優秀な先達だ。
だが、ここまで大きな問題を引き起こすようになっては、庇いようがない。」
エレナは『やれやれ』と言わんばかりに肩をすくめる。
「右腕に見限られてはおしまいね。でも、それも解らないでもないわ。
ここ最近のあの人、本当にどうかしてたもの。
一体何に怯えて……。」
この瞬間、外の通りで爆発音が轟き、酒場の窓ガラスが割れた。
レオンハルトはそんな窓を破り、外へと飛び出す。
ざわめく店内を背に、彼は爆発のあった場所に向けて、空へ舞った。




