『神速』
「まだまだだな。」
ヒュウガはミナトに向けて言った。
『影の兵士隊』の秘密訓練所。その闘技場の真ん中にヒュウガとミナトがいた。
彼の目の前には、肩で息をするミナトがうずくまっている。
「お前ぇさんの戦闘力は確かなモンだ。
そこらの兵隊なんかじゃ歯が立たんだろう。
それに加えて『神速』なんか使った日にゃ一人で三百人なんて噂も頷ける。」
跪いて息を整えていたミナトが顔を上げてヒュウガに向き直った。
それを見たヒュウガが、彼女の目の前にドッカと座り込む。
「だが、『神速』を使った後が悪ぃ。言ってみりゃ雑だ。
同じ速さで動き回る相手を敵に回したことがねぇだろう?」
「そりゃ……ないさ……。」
ようやく息が整ってきたミナトが一言発した。
大きく深呼吸して、さらに言葉を続ける。
「基本的に……魔法を使ったのは、魔獣狩りとアルコスの件だけだよ。
おんなじ速さで動き回る相手なんて、予想もしてなかった。」
「だろうな。」
ヒュウガは自分の顎に手をやって、撫でまわす。
「お前ぇさんの最大の誤算は、アイツがただの魔導士じゃなかった事だろう?
殴り合いを得意とするような魔導士なんざ、そうそういやしねぇ。
逆に言えば、そんなことができるヤツはかなり少ねぇワケだから、もうちっとキッチリ調べをつけるべきだったな。」
「痛いね、それ……。」
悔しげに言うミナト。
ヒュウガは立ち上がり、ミナトに手を差し出す。
彼女はその手を握り、一気に立ち上がった。
「もう一度行くぞ。
お前ぇさん、戦いの基本はもう身に染みついている。
これ以上何も言う事はねぇ。
問題はそこから先の高速での戦闘だな。
コイツをモノにせんと翻弄されておしまいだ。」
「やってやるさ。
そうしなきゃ、仇討ちなんて到底無理だからね。」
哀しそうな顔でため息をつき、ヒュウガが尋ねた。
「やめる……ってのはねぇのか?
お前ぇさんとアイツのしがらみは相当なモンだ。
許せないのはわからんでもないが、もうアイツは十二分に苦しんでる。
それで見逃してやるワケには……。」
「ポーズ取って取り繕ってるってこともあるだろ?
明確な証拠がない限り、許すことなんてできないね。」
「そうか……。」
双方は再び構えを取り、ミナトは『神速』を使う。
目にも止まらぬスピードで動き、そして拳と斧を振るう二人。
「いいか、『神速』のコツは!」
あえて大ぶりの一撃を繰り出すヒュウガ。フック、アッパー、バックナックル、回し蹴り、全てが見え見えの攻撃だ。
「全身の筋肉の反応速度が上がるってこった。
つまり、得物の振りも速くできる!」
大きく横蹴り。それを斧の柄で受けるミナト。
ズズッと、半歩分押し返されるほどの衝撃に歯を食いしばる。
「限界を身体に覚えこませろ!
どこまでやったらマズいかを認識しろ!
その限界まで振りを速く、鋭くするんだ!」
素早く一歩を踏み込んで、大斧を右に左に素早く振り回す。
時折大上段から一気に振り下ろすが、ヒュウガにはまるで当たる気配はない。
そして再び大斧を大きく振りかざしたその直後、ミナトの動きがガクン、と重くなった。
魔法が切れたのだ。
「今日はここまでだ。」
ヒュウガが息を整えつつこう言った。
ミナトも再び息を切らせている。
「慣れない人間が魔法を二度も使えばそうなるだろう。
だが、ヤツはそれの遥か上をいく。
前にも言ったが、ヤツは五種の魔法を己にかけて、なお、攻撃魔法を拳に乗せてくる怪物だ。
だからこそ、最低でもこの『神速』による戦闘をモノにしてもらわんと次の仕事は任せられん。」
「次の……仕事……?」
「ああ。次は二日後。
今度はいよいよ、本気でかかる。」