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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第四章-『回路(サーキット)』
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野営

 夕暮れの林の中、ヒュウガたちは車座になって焚火を囲んでいた。


 馬も回収している上、毛布なども用意してある。

 恐らく野営を視野に入れた作戦だったのだろう。


 ある程度焚火が大きくなったところで、ミナトがヒュウガに向けて訝しげな口調で語りかけた。


「あんたの指令には従う。その契約だったけどさ。

 あの撤退命令はかなり早すぎたんじゃない?」


 ミナトが釈然としない様子だ。

 それに対してヒュウガは何も言わず、焚火の前で目を閉じている。

 何か瞑想でもしているような雰囲気だ。


 たっぷり数十秒の沈黙。


 何も言わないヒュウガの代役を務めるように、クリストフが口を開いた。


「問題があるんです……隊長には。」


「問題って?」


 真面目な顔を崩すことなく、ミナトは聞き返す。


「これさ。」


 ヒュウガはコートの胸元を開け、喉の下、鎖骨の交わる辺りを露出させた。

 そこには小型の機械が埋め込まれており、時折チカリと光が漏れている。


「これは!?」


「人工心臓ってヤツがあってな。その調整を行う機械だ。

 俺はダチを守るために心臓をぶっ壊しちまった。

 死ぬしか道のねぇ俺を助けてくれたのが『影の兵士隊(シャッテンクリーガー)』の医者の先生だった。

 俺が今ここにいるのはその先生のおかげってワケだが、同時にコイツが俺の軛になっている。

 一定量以上の運動を行うと、即、呼吸困難だ。

 全開での戦闘はとても望めん。」


 薄目を開けて緩やかに話すヒュウガ。だが、その言葉の底には言い知れない悔しさが滲み出ている。


「でもさ、そうだとしたらこんな仕事できないんじゃないの?

 いざって時は本気出さないとまずいんじゃ……。」


 ミナトの言葉を耳にしつつ、再び目を閉じてヒュウガは答える。


「本気を出したら、そこから三分だな。それ以上は身動きが取れなくなる。

 そうなっちまった時に処置を行う機械があるんだが、ソイツがあるのは本部だけときた。

 予備として応急手当を行う小型機は数本持っちゃいるが、コッチは使い捨てだ。

 まあ、余程のことがない限り全開にすることはねぇし、予備の小型機があればなんとかなる。そういう形で騙し騙しやってるのさ。」


「隊長の戦闘能力は本物です。」


 自嘲的なヒュウガの言葉を聞いたテオが、無念そうな表情で口を開いた。


「全力を出すまでもなく、おおよその敵は片づけてしまうでしょう。

 問題なのは達人級の相手です。」


「要はレオンハルトみたいな手合い、だろ?」


 テオの最後の一言を補うかのようにミナトが言う。


「確かに奴の強さは群を抜いている。

 今日やりあってハッキリわかった。あたしの全力は全て見切られていたんだ。

 攻撃こそされちゃいないけど、奴からすればこっちの動きは隙だらけだね。」


 枯れ枝をパキリと折り、火にくべるミナト。

 その表情は、火にあおられて、哀しさや悔しさに揺らぎ、変わる。


「あの女、あれが計算を狂わせた。」


 ヒュウガが目を開き、焚火を見つめる。


「そもそも一体何者……と言うか、どこから現れたんでしょうか?」

 エルマーが誰に言うでもなく疑問を口にした。


「魔法だよ。」


 ミナトがその言葉に短く答える。


「多分、『転移』の魔法だ。

 うちの……傭兵団の魔法使いも使ってた。」


 ミナトの静かな言葉にヒュウガが続ける。


「ただ、魔力や集中力の関係から制約が多いという話だ。

 そうして考えると、恐らく『回路』を使用している。」


「あの、隊長。

 その……『回路』とは何なのでしょうか?」


 テオの問いにミナトが立ちあがり、自身の大斧を持ってきた。

 焚火の光に、中央の宝石が蒼く輝いた。


「この真ん中。ここにあるのが『回路』だ。

 魔力の抽出や、魔法の発動を助けてくれる。

 あたしはこれを利用することで、『神速』、『白刃』、『防壁』、『照明』そして『衝撃』を使用することができる。

 まあ、本職の魔法使いに比べたら十分な効果は見込めないけどね。」


「だが、ヤツの『神速』に喰らい付いたじゃねぇか。

 相当だぜ、ソイツぁ。」


 ヒュウガは口の端を上げ、笑顔を作ってミナトに語りかける。

 心底感服したような声音だ。


 だが、ミナトは真剣な顔のままヒュウガに答えた。


「それこそ限界だったよ。

 奴の動きについていくのが精一杯で、致命打を与えるなんてできやしない。

 邪魔はできたが、倒すなんてとてもおぼつかないのが現状さ。」


「それより女の話です。」


 二人の話に割って入るようにエルマーが口を開いた。

 ヒュウガとミナトの顔が、同時にエルマーの顔へ向いた。


 二人は直後に苦笑し、ヒュウガが話し始める。


「そうだったな。

 奴の正体は全くもって見当も付かん。

 エルマーは諜報部と連携して、女の正体を探ってくれ。

 テオは今まで通り学術院の監視。

 クリスは俺と作戦の練り直しだ。」


 てきぱきと指示をこなしていくヒュウガに、ミナトが声をかける。


「あたしは待機でいいのかい?」


「そうだな。今のところはそれしかない。

 もし必要なら稽古をつけるが?」


「時間があったら頼みたいね。

 あんたも『神速』に喰らい付く側の人間だと見たけど?」


「さて……な。」


 それだけ言うと、ヒュウガは毛布に身をくるむ。


 初夏とはいえ、夜の林はやや肌寒い。

 全員はテオに張り番を任せ、めいめい毛布に潜り込んでいった。


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