野営
夕暮れの林の中、ヒュウガたちは車座になって焚火を囲んでいた。
馬も回収している上、毛布なども用意してある。
恐らく野営を視野に入れた作戦だったのだろう。
ある程度焚火が大きくなったところで、ミナトがヒュウガに向けて訝しげな口調で語りかけた。
「あんたの指令には従う。その契約だったけどさ。
あの撤退命令はかなり早すぎたんじゃない?」
ミナトが釈然としない様子だ。
それに対してヒュウガは何も言わず、焚火の前で目を閉じている。
何か瞑想でもしているような雰囲気だ。
たっぷり数十秒の沈黙。
何も言わないヒュウガの代役を務めるように、クリストフが口を開いた。
「問題があるんです……隊長には。」
「問題って?」
真面目な顔を崩すことなく、ミナトは聞き返す。
「これさ。」
ヒュウガはコートの胸元を開け、喉の下、鎖骨の交わる辺りを露出させた。
そこには小型の機械が埋め込まれており、時折チカリと光が漏れている。
「これは!?」
「人工心臓ってヤツがあってな。その調整を行う機械だ。
俺はダチを守るために心臓をぶっ壊しちまった。
死ぬしか道のねぇ俺を助けてくれたのが『影の兵士隊』の医者の先生だった。
俺が今ここにいるのはその先生のおかげってワケだが、同時にコイツが俺の軛になっている。
一定量以上の運動を行うと、即、呼吸困難だ。
全開での戦闘はとても望めん。」
薄目を開けて緩やかに話すヒュウガ。だが、その言葉の底には言い知れない悔しさが滲み出ている。
「でもさ、そうだとしたらこんな仕事できないんじゃないの?
いざって時は本気出さないとまずいんじゃ……。」
ミナトの言葉を耳にしつつ、再び目を閉じてヒュウガは答える。
「本気を出したら、そこから三分だな。それ以上は身動きが取れなくなる。
そうなっちまった時に処置を行う機械があるんだが、ソイツがあるのは本部だけときた。
予備として応急手当を行う小型機は数本持っちゃいるが、コッチは使い捨てだ。
まあ、余程のことがない限り全開にすることはねぇし、予備の小型機があればなんとかなる。そういう形で騙し騙しやってるのさ。」
「隊長の戦闘能力は本物です。」
自嘲的なヒュウガの言葉を聞いたテオが、無念そうな表情で口を開いた。
「全力を出すまでもなく、おおよその敵は片づけてしまうでしょう。
問題なのは達人級の相手です。」
「要はレオンハルトみたいな手合い、だろ?」
テオの最後の一言を補うかのようにミナトが言う。
「確かに奴の強さは群を抜いている。
今日やりあってハッキリわかった。あたしの全力は全て見切られていたんだ。
攻撃こそされちゃいないけど、奴からすればこっちの動きは隙だらけだね。」
枯れ枝をパキリと折り、火にくべるミナト。
その表情は、火にあおられて、哀しさや悔しさに揺らぎ、変わる。
「あの女、あれが計算を狂わせた。」
ヒュウガが目を開き、焚火を見つめる。
「そもそも一体何者……と言うか、どこから現れたんでしょうか?」
エルマーが誰に言うでもなく疑問を口にした。
「魔法だよ。」
ミナトがその言葉に短く答える。
「多分、『転移』の魔法だ。
うちの……傭兵団の魔法使いも使ってた。」
ミナトの静かな言葉にヒュウガが続ける。
「ただ、魔力や集中力の関係から制約が多いという話だ。
そうして考えると、恐らく『回路』を使用している。」
「あの、隊長。
その……『回路』とは何なのでしょうか?」
テオの問いにミナトが立ちあがり、自身の大斧を持ってきた。
焚火の光に、中央の宝石が蒼く輝いた。
「この真ん中。ここにあるのが『回路』だ。
魔力の抽出や、魔法の発動を助けてくれる。
あたしはこれを利用することで、『神速』、『白刃』、『防壁』、『照明』そして『衝撃』を使用することができる。
まあ、本職の魔法使いに比べたら十分な効果は見込めないけどね。」
「だが、ヤツの『神速』に喰らい付いたじゃねぇか。
相当だぜ、ソイツぁ。」
ヒュウガは口の端を上げ、笑顔を作ってミナトに語りかける。
心底感服したような声音だ。
だが、ミナトは真剣な顔のままヒュウガに答えた。
「それこそ限界だったよ。
奴の動きについていくのが精一杯で、致命打を与えるなんてできやしない。
邪魔はできたが、倒すなんてとてもおぼつかないのが現状さ。」
「それより女の話です。」
二人の話に割って入るようにエルマーが口を開いた。
ヒュウガとミナトの顔が、同時にエルマーの顔へ向いた。
二人は直後に苦笑し、ヒュウガが話し始める。
「そうだったな。
奴の正体は全くもって見当も付かん。
エルマーは諜報部と連携して、女の正体を探ってくれ。
テオは今まで通り学術院の監視。
クリスは俺と作戦の練り直しだ。」
てきぱきと指示をこなしていくヒュウガに、ミナトが声をかける。
「あたしは待機でいいのかい?」
「そうだな。今のところはそれしかない。
もし必要なら稽古をつけるが?」
「時間があったら頼みたいね。
あんたも『神速』に喰らい付く側の人間だと見たけど?」
「さて……な。」
それだけ言うと、ヒュウガは毛布に身をくるむ。
初夏とはいえ、夜の林はやや肌寒い。
全員はテオに張り番を任せ、めいめい毛布に潜り込んでいった。




