研究
(周辺の状況は?)
(周辺の状況、現在異常なしです。探査範囲を広げますか?)
(そうだな。周囲二百クラム四方に範囲を広げてくれ。)
(了解です。)
「どうしたい、先生? 押し黙っちまって。」
「いや、少し考え事だ。気にしないでくれ。」
『チャンネル二番』。
魔法使用時に発生する『思念波』を利用した、精神感応式通信システム。
コムにはこの能力が備わっており、レオンハルトと内密な、そして距離によらない通話が可能となっている。
今現在、コムは馬車の上空五クラムほどを飛行しながら一行に随伴、周辺警戒を担当している。
ただし、内密に、だが。
一方、馬車の護衛として、四人ほどの傭兵が雇われていた。
ただ、この一件、最後の最後までレオンハルトにも伝えられていなかった。
(教授はよほど差し迫っているようだな……。
俺たちを信用しないのは勝手だが、下手な手合いを掴まされると、あとで大火傷になりかねん。用心しなければ。)
馬車の中では、教授とエレナが差し向かいで座っていた。
教授は落ち着かない様子で、窓の外をぎょろりと見まわしている。
「少しは落ち着いたらどうです、教授……。」
エレナは呆れたように教授へと話しかけた。
そんな言葉に激昂したのか、声を荒げて教授は叫ぶ。
「落ち着けだと!?
私は命を狙われてるんだ!! 落ち着いてなどいられるか!!」
「なら、どうしてレオンの意見に従わなかったんです?
彼の言う通り、問題が解決するまで学術院に籠城していれば、ここまで恐れることもないでしょうに。」
エレナの語調はますます呆れたようなものになっている。
まるで、駄々っ子にうんざりしている母親のような、そんな雰囲気だ。
中腰で外を窺っていた教授は、ドカッと座席に腰を下ろし、エレナの顔を見据える。
対するエレナは、表情まで呆れ顔で瞳を薄く閉じている。
ガラガラという馬車の車輪の音が数秒響いたところで、教授が不意に口を開いた。
「研究のためだ……。」
「え?」
「研究のパトロンが必要なのだ!
そのためにも話し合いが必須なのだよ!」
エレナの顔にわずかではあるが困惑の色が浮かんだ。
「なぜ、パトロンが必要なんです?
研究費用なら学術院で賄えるはずでしょう?」
「そこまで君に教える義理はなかろう?」
教授は敵意を込めた目でエレナを睨みつけた。
その視線を受けたエレナもまた、敵意ある視線で答える。
一触即発の空気が流れていく……。
いきなり、ガクン! と馬車が揺れ、スピードが一気に落ちていった。
レオンハルトが馬上から馬車に向けて叫ぶ。
「教授! 待ち伏せです!!」




