人間(ひと)に還る時
「あの……。
改めてお伺いしますが、レオンは本当に貴族にならなくていいんですよね?」
どことなく怯えたようなミナトの言葉に、伯爵は相好を崩したまま答えた。
「その話は結局立ち消えとなったよ。
さすがにあのギルの言葉は正鵠を射ていた。
我々が先走って考えていたことの最大の弱点を言い当てられてしまっては、考えを取り下げる以外なかろうよ。」
「良かった……。」
「だが、この件でレオンハルト君が我々と太いパイプを得たということは、覚えておいて損はないだろう。
特に、私はともかく、殿下とのパイプは大きい。
どうかすれば、そのまま陛下まで直結している訳だからね。
場合によっては秘密の酒宴に招待されるかもしれんぞ?」
そう言って伯爵は悪戯っぽく笑う。
ミナトに抱えられたギルベルトがその言葉に反応した。
「エーデル。ヴィリーはまだビールが駄目なのかい?」
「ヴィリーはよしたまえ、ギル。
もう彼は我々の敬愛するべき、ヴィルヘルム・カーライル皇帝陛下なんだぞ?」
「ああ、そうだったな。
さすがに二十年以上も研究ばかりでは世情に疎くていけない。」
その場にいた皆の忍び笑いが馬車の中でかすかに響く。
人通りの少ない朝の道を馬車はゆっくりと進んでいたが、気づけばレオンハルトの自宅前まで到着していた。
レオンハルトが伯爵に向けて穏やかに口を開く。
「では、我々はここで。」
「うん。また何か政治的に困ったことがあればいつでも相談に乗る。
ギルとは仲良くやってくれたまえ。」
「その言葉、逆ではないかな? エーデル。」
非難するようなギルベルトの声が響いた。
その横には以前見たものとは全く違うレオンハルトの優しげな表情がある。
それを見た伯爵は、再び満足そうに微笑んで馬車の中へと身を戻した。
緩やかに進み始める馬車。
伯爵が大通りへの角を曲がるまで見送ったレオンハルトたちは、自宅の扉を、しげしげと改めて眺めた。
「随分時間がかかった気がするな。
二ヶ月ぶりか?」
「確かにそれ以上の時間がかかったように思えるね。
でも、かかった時間以上のことがいっぱいあったと思うよ。」
「そうだな……。」
感慨深く会話するミナトとレオンハルト。
レオンハルトの胸中には、この二か月で起こったことが、走馬灯のように巡り始めた。
ランドルフ・カウフマン教授。
エーデルハイド・フリードリッヒ伯爵。
ディアナ・カーライル。
エレナ・リーマン。
ギルベルト・カーライル。
ヒュウガ・アマギ。
そして、ミーナ……。
気づけば、隣にいたはずのミナトが、そこから姿を消していた。
視線を少し動かすと、彼女は玄関口に笑顔を見せて立っていた。
「さあ、まずは朝食からだよ?
病院じゃ食べられなかったような美味しいご馳走、たくさん出してあげる!」
ミナトは両手を前に広げて、レオンハルトへ元気いっぱいの声で言った。
「おかえり! レオン!!」
「ああ、ただいま。」
レオンハルトは静かにそう答えると、ミナトを強く抱きしめる。
いつもの毎日。
諦めていた日々を、ようやく取り戻した。
レオンハルトには、その事実が何よりも眩しく、そして温かく感じられた。
腕の中のミナトの温もりが、レオンハルトに明日を信じさせる。
新しい、人としての明日を。
『ヒーローを描きたい……。』
幼いころからずっと考えてきた、一つの漠然とした希望でした。
そんな学生時代、TRPGに触たことで、自分での世界を作り、キャラクタを育てるということを知ることができたのは大きかったと思います。
今回は、その経験から生み出された世界観から、一人のヒーローを描いてみました。
正直に言って、一般受けは難しいでしょう。
まだまだ技量的にも拙いことは承知しています。
でも、描きたかったキャラクタは、今できる限りの力をもって描いてみました。
ほんの少しでも、誰かが『格好いい』と感じて頂ければ幸いです。
この『なろう』の場を知り、物語を発表できたのは、大変ありがたいことでした。
ひと昔前の状況では、同人誌を配布するような方法でしか、世間に自身の描いた世界とヒーローを公開する方法もなく、それが多くの人の目に触れる機会も万に一つしかなかったわけですから。
今回の執筆において、様々な助言とアイディアを与えてくれた、友人の柏城氏、執筆を決意させてくれた、国広仙戯氏の両名に、そして、この物語に最後まで付き合っていただいた諸氏に、この場を借りてお礼を言わせていただきます。
本当にありがとうございました。
また近くお会いしましょう。