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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
終章-人間(ひと)に還る時
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退院

 レオンハルトの退院は、朝早くひっそりと行われた。


 特別な見送りもなく、付き添いはミナトとギルベルトのみ。

 大病院ゆえの無関心と言ってしまえばそれまでなのだが、この対応に少なからずミナトは立腹していた。


「失礼しちゃうよね。

『もう大丈夫ですね。お大事に。』だなんてさ。

 こっちは帝都を守った英雄なんだよ?

 せめてお見送りぐらいあったっていいじゃない。」


「そうはいかない。

 あの件は全て秘密裡に行われたことだ。

 カッツバルにおいても、緘口令が敷かれる可能性があるぐらいだからね。」


 ミナトの言葉にギルベルトが答える。

 レオンハルトも、ミナトの憤慨をどこ吹く風と流しながら口を開いた。


「そもそも俺は、誰かに感謝されたくてやった訳じゃない。

 遺跡工学の悪用を見過ごせなかった。それだけだ。」


 やがて、大通りを横切ろうとしたところで、馬車が横付けされた。

 馬車にはフリードリッヒ伯爵家の紋章が描かれている。


「ここにいたか。探したぞ?」


 窓から伯爵が顔を出し、笑顔で三人に語りかけた。

 レオンハルトの自宅近くまで送りたいという伯爵の要求を受け、そのまま馬車に招き入れられる一行。

 馬車が動き出してすぐ、ミナトに向けて伯爵が声をかけた。


「しかし、目の前の君が『牡牛のミーナ』だとは思わなかった。

 アルコスでは獅子奮迅を活躍を見せたと聞く。

 帝国貴族の一人として礼を言いたい。本当によく頑張ってくれた。」


「いえ……まあ……任務でしたから……。」


 はにかむような、苦笑いをしているような、そんな顔を見せて返答するミナト。

 そんな彼女が、少しうつむいて深刻そうな顔で、何かを考え始めた。


「どうした?」


 そんなミナトの様子を見たレオンハルトが不思議そうに尋ねる。

 ミナトはレオンハルトの言葉を聞き、少し暗い面持ちでつぶやくように言った。


「この帝国(くに)どうなるんだろ……。」


「どういう意味かね?」


 伯爵がミナトに尋ね直した。


「はい……マウルとの戦争とかありますよね。

 国の重鎮だったディアナ・カーライル殿下も、三公爵も今はもういないし、向こうはこの混乱に乗じてくるんじゃないかなって思ったんですが……。」


 不安げに語るミナトを見たギルベルトは、明るい声で優しく答えた。


「あまり心配することはないと思う。

 確かに三公爵は殺害されてしまったが、そのためヴィリー……いや、陛下の意見が通りやすくなったとも言える。

 今は守りの時だ、と陛下が判断されれば、諸侯はそれに倣うだろう。」


 ギルベルトの言葉に続いて、レオンハルトがミナトに問いかけた。


「それにマウル軍の台所事情は、そっちの方が詳しいんじゃないのか?

 傭兵だったんだから、依頼や引き抜きもあったんだろう?」


「まあね。

 でもさ、ホント、マウルって傭兵には評判悪いんだよね。

 値切るし、出し渋るし、踏み倒すしで、質の良い傭兵なんてとてもとても集められない。

 加えて前線のやる気って言うのがほとんど見えないんだ。

 中央からの兵でなければ、戦線も維持できるか怪しいものだよ?」


「噂ではあるが……。」


 ギルベルトがわずかに間をおいて口を開いた。


「どうもマウルの軍内部では、反戦を上梓したり、公言したりすると、最前線に左遷するということを行っているらしい。

 まあ、二十何年も前の話だから、今の時点で本当かどうかは解らんがね。」


「それは、戦略的に最悪手じゃないか。

 前線の兵はいつ投降するか、なんてことまで考えかねないぞ。」


 レオンハルトが呆れた声を上げる。

 その言葉にミナトが答えた。


「事実そういうこともあったよ?

 砦一つ土産に投降します、って。

 ただ、帝国の側は戦線の維持が目的で、領土の拡大なんかは二の次だったから、その提案は流してたけどね。」


「もう一つ、考えるべき要素がある。」


 ミナトの言葉がある程度落ち着いたところでギルベルトが言葉を発した。


「遺物を利用した戦闘行為。これはもうマウルに筒抜けだろう。

 これを彼奴らがどう取るかが問題だ。

 前線に投入できるほどの遺物の兵器が存在していると判断してくれれば、一時的ではあっても相手の進軍を、まず遅らせられる。

 逆にこの件で遺物の兵器を失うような真似を行なっていると侮ってくるようなら、進軍を早めてくるかもしれんな。」


 その言葉を聞き、伯爵が相槌を打つ。


「どちらにせよ、一年程度遅れるか、早まるか、での話でしょうな。

 数年以内に開戦は待ったなしと考えて良い。

 問題になるのは、マウルが何らかの遺物の復元に成功して、それを戦線に投入した時となるが……。」


「そうなった時はどうするね? レオンハルト。

 魔導士としての責務を選び、戦いから一歩身を引いて中立を保つか?

 それとも遺跡工学者の誇りをかけて、あえて戦いの道を選ぶか?」


 ギルベルトの問いに、レオンハルトは静かに目を閉じ、微笑みを湛えて答えた。


「後者を取るさ。

 例え魔導士として失格でも、俺は人でありたい。

 ただ、戦争には加担しない。

 もし帝国が非人道的な破壊能力を持つ遺物の兵器を投入したら、俺はそれとも戦うつもりだ。」


「それでいい。

 魔導士として戦争から身を退けることは、弱き者を見捨てることになりかねん。

 私が前々から矛盾を感じていたことに、君が君なりの答えを見出していたのは、大変嬉しく思う。」


「説教臭いな。」


「君の父親なんだぞ? 説教臭くて当たり前だ。」


 ギルベルトの言葉にレオンハルトは苦笑を返した。


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