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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
終章-人間(ひと)に還る時
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出会いと別離れ

 沈黙の中、ノックの音が響いた。


 扉を開いたのは担当医だったが、なぜか面持ちにはかなりの緊張が漲っている。


「め、面会の方です……。」


 その言葉と入れ違いに通されてきたのは、エーデルハイド・フリードリッヒ伯爵と、もう一人、かなりの風格を備えた初老の美丈夫だ。


 その男性を見たヒュウガは、直立不動で敬礼をする。


 ミナトは不思議そうに、レオンハルトへ尋ねた。


「誰? あの立派な人。」


「アルベルト・カーライル大公殿下。」


「第一大公家の……!?」


 ボソリとつぶやいたレオンハルトの一言を聞いて、慌てて立ち上がり、勢いよくお辞儀するミナト。


 それを見た大公は苦笑いをしながら、優しい声で語りかけた。


「いや、そのままでいい。

 ここは病室だ。そこにいる怪我人のための部屋なのだからな。」


「恐れ入ります。」


 レオンハルトは一言そう言うと、身体を大公へと向けた。


「ところでどんな御用でしょうか?」


「ああ、それだ。

 この度の件、シュタインバッハからあらましは聞いている。

 そこで君に一つ勲章を差し上げようかと思ってね?」


「勲章などいりませんよ。」


「学術院、遺跡工学部学部長の椅子でもかね?」


「それは!?」


 大公の言葉にレオンハルトは驚愕する。

 続いて、大公に向け、レオンハルトはこう尋ねた。


「遺跡工学は生き残ることができるのですか?

 陛下のお考えで取り潰しになるとばかり……。」


「危険だからこそ、制御下に置かねばならぬと、陛下は考えられたのだよ。

 そして、その手綱を任せられるのは君しかいないとも判断された。

 だから君には、是が非でも学術師を続けてもらわねばならない。」


「ありがとうございます……。」


 どことなくぐずついたような声でレオンハルトは感謝の言葉を述べる。

 見れば、ミナトも涙を拭っていた。


「さて、もう一つの問題だ。」


 大公はそう言うと、改めてレオンハルトの顔をまじまじと見つめた。


「確かに瓜二つだ。

 二十有余年前と何一つ変わっていない風貌と言えるな。」


「父の件……ですか?」


「左様。

 フリードリッヒ伯爵から聞いてな。どうしてもこの目で確認したくなった。」


「どうします? 父さん。」


 レオンハルトのその言葉に、目を丸く見開いて驚く伯爵と大公。


 ギルベルトはその言葉を聞き、しばらくの猶予をもって口を開いた。


「久しいね、アル、エーデル。

 君たちも随分風格が付いた。

 このまま父君に負けぬ賢君になるがいいだろう。」


 その声を聞いた伯爵が言葉を詰まらせながらつぶやいた。


「まさか……この……機械が?」


「そうだ。ギルだよ。

 もし何だったら、子供の頃に決めた秘密の宝探しの暗号を唱えてもいいぞ?」


 茶目っ気たっぷりに話すギルベルトを見た大公は、また苦笑いを浮かべた。


「やれやれ。こんな形で再会とは……。

 運命はかくも皮肉なもの、かな?」


「どういうことです?」


 レオンハルトの問いに、大公が答えた。


「伯爵の読みでは、きっと君が父君の……ギルベルトの居場所を知っていると踏んでいたのだ。

 だが、このような形では、第二大公家を継いでもらう訳にはいかん。

 生きていたことは大変に喜ばしいが、こうあってはとても政治の表舞台に立てんだろう?」


「あ……あの!」


 大公の言葉を聞いたミナトが不意に声を上げた。


「あの……大変無礼とは存じますが、一つお聞かせください。

 レオン……いえ、フォーゲル氏が、第二大公家を継ぐということは……?」


「それはない。」


 ミナトの問いに、意外にもギルベルトが答えた。


「そもそも、レオンハルトは私の息子だという証拠がないのだ。

 少なくとも周りの人間が納得できる根拠がいる。

 それがなければ、レオンハルトは市井の一般人でしかない。

 いきなり貴族……それも大公家に名を連ねるなど以ての外だ。

 なあ、アル?」


「う……うむ……。」


 歯切れの悪い返答を返す大公に、ヒュウガが目を閉じてニヤリと笑う。


「とにかくだ。今後の学術院においては、君の働きが注目される。

 その点をよく弁えて行動してくれたまえ。

 私からは以上だ。」


 大公はどことなく取り繕った風で、慌て気味にその場から立ち去っていった。


 病室を出て行った二人を見送ったところで、ヒュウガが笑顔を見せてギルベルトに語りかける。


「やるね、オヤジさん。」


「どういうことかね?」


「あのままの流れでいけば、レオンは殿下の養子になっちまってたんだろう?

 それに対して一気に楔を打ち込んだ。見事な一手だぜ、ありゃ。」


「余計な苦労を背負わせたくないんだよ。

 もしレオンハルトが大公となれば、色々と面倒な話も舞い込んでくるだろう。

 私も元は学術師だ。研究一本で生きていきたい気持ちは痛いほど解る。」


「ありがとう……お父さん……ありがとう……。」


 涙を拭いながら感謝の言葉をつぶやき続けるミナト。

 それを見たレオンハルトは、彼女を優しく抱きしめて、こう言った。


「大丈夫だ。俺はここにいる。

 ずっと、ずっと一緒だ。」


 泣きながら頷くミナトを見て、ヒュウガは寂しそうな微笑みを見せる。


 胸の内にある気持ちを振り切るかのように、彼は口を開いた。


「さて、それじゃぼちぼち行くか。

 じゃあな、お二人さん。しっかりやんな。」


「おい、それじゃまるで……。」


「いや、しばらくはお別れのつもりさ。

 今回の件、いい潮だと思った。

 コイツももう、大丈夫らしいしな。」


 そう言うと、ヒュウガは自らの胸を拳で叩く。


「だから、軍人はもう引退だ。

 あとはどっかで狩人でもやって暮らすさ。」


「そうか……寂しくなるな。」


 ヒュウガの言葉を聞き、レオンハルトは静かに言った。

 そんな彼の言葉に、ヒュウガは明るく答える。


「なに、前みたいな今生の別れじゃねぇよ。

 ヤサが落ち着いたら連絡する。」


「約束だよ? きっとだよ?」


 ミナトの言葉を聞きながら、去り際に笑顔を残しヒュウガは病室を出て行った。


 寂しさを隠さないミナトに、レオンハルトが語りかけた。


「今度、孤児院に行こう。」


「孤児院?」


「ああ。不幸な境遇ではあるが、それでも前向きに頑張っている子ばかりだ。

 またたくさんの義肢を持って行って、たくさんの子に未来を届けたい。」


 それだけひと息に語った後、レオンハルトは優しい瞳を二人に向けた。


「手伝ってもらいたいんだ。二人に。

 きっと未来はあるんだと、子供たちに伝えたいんだ。」


「うん……わかった!」


「もちろん手伝おう。

 まさに研究者冥利だな。」


「ありがとう……。」


 二人の返事に、レオンハルトは瞳を閉じて感謝の言葉を口にした。


 そして、思い出したかのように、もう一切れの林檎を口に入れる。

 甘酸っぱい香りと味が、再び口の中に広がった。


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