病室
病室のベッドの上。
クッションを二つ使って、レオンハルトは起き上がっていた。
全身に包帯が巻かれ、左腕は失われている。
そんな彼の隣、ベッドの横ではミナトが林檎を剥いていた。
窓際に立つヒュウガが、夏になり始めたばかりの風を受けながら、レオンハルトに語りかけた。
「しかしヒヤヒヤしたぜ?
ぶっ倒れたあと、身動き一つしなかったんだからよ。
ギルベルトさんが急いで魔法を使ってくれたから助かったようなもんだ。
一生オヤジさんには頭が上がんねぇって思っとけよ?」
そう語るヒュウガは、穏やかな笑みを浮かべている。
それに対し、ギルベルトが反論した。
「それを言ったら、帝都の人間は皆レオンハルトに頭が上がらんだろうよ。
どうかすればヴィリー……いや、皇帝陛下ですら足を向けて寝られんぞ?」
反論とはいえ、その声音は明るい。
そんな二人のやり取りを、微笑みを浮かべてレオンハルトは静かに聞いている。
シャクシャクという林檎を切り分ける音が止まり、ミナトが皿に盛ったうちの一切れをレオンに差し出した。
「いい匂いの青リンゴだよ? 食べる?」
「頂こう。」
ミナトの手から、林檎を受け取ると、レオンハルトは口に入れ咀嚼する。
その横からヒュウガが手を伸ばし、彼も一切れを口にした。
「随分酸っぱいな……。まだ早かったんじゃないか?」
「そうか? もう十分甘いと思うんだがな?」
ヒュウガの言葉に、何気なく返した一言。
それを聞いたミナトは驚きの目で、レオンハルトを見た。
「レオン……今、『甘い』って……。」
「ん……ああ……。」
レオンハルトは別の一切れを口に入れ、再び咀嚼してみた。
彼の口の中いっぱいに青林檎特有の甘酸っぱさが広がり、舌を刺激している。
「味覚が……戻った……?」
呆然と口を押えるレオンハルトを見たヒュウガがこれもまた呆然とつぶやく。
「どういうこったい……こいつぁ?」
しばらくの沈黙の後、ギルベルトが口を開いた。
「恐らく……恐らくだが、ナノマシンのオーバーロードが原因だ。
レオンハルトは、ナノマシンを暴走させながら戦った。
そこに頭部への大ダメージを受けたことで、脳内の神経配線が整理され、繋がっていなかった箇所まで『修復してしまった』のだろう。」
「理屈なんてどうでもいいよ!
さあ、食べよう!
今までの分取り戻そうよ! 美味しいものいっぱい食べさせてあげる!!」
林檎の皿をレオンハルトに差し出し、涙を浮かべながらも、ミナトは満面の笑みをたたえている。
ミナトの言葉に答えるよう、レオンハルトが皿に手を伸ばし林檎をまた一切れ摘まむ。
それを口へと運ぼうとしたところで、レオンハルトはギルベルトに尋ねた。
「父さん。義手についてだが……。」
「それならば、同型の物がまだ何本もある。
必要ならまた取りに行けばいい。」
「いや、普通の義手が欲しい。
妙な能力のある物でない、普通の義手が。」
「それでいいのかね?」
「ああ。力なんてものは、あっても奮う場所がない。それが一番なんだ。
もし本当に必要となったら、その時改めて取りに行けばいいだろう。」
「解った。そうしよう。」