人外の闘い
猛スピードで接近。
すれ違いざまに一瞬、魔法が閃く。
そんな戦いをいく度となく繰り返す。
無言の戦いの中、思念波による通信が二人の間で流れ続けていた。
(もうよすんだ、エレナ!
投降しろとは言わん。せめて復讐を捨てて、人のために生きろ!)
(あなたのような世捨て人になれと? 冗談じゃないわ。
なら、私の怒りはどこにもっていけばいいのよ!?
私の生き方を歪ませた最大の要因は、この貴族社会の在り様だというのに!)
(だから他の人間を不幸にするのか!?
そんなことをすれば、それはさらに酷い世界を作ることになるんだぞ!?)
(それでもいいじゃない。
それを乗り越えられなければその程度ってことでしょ? 人間なんて。)
拳と拳が絡み合い、腕と腕が重なる。
ギリッ……と軋む音が、鍔迫り合いをする互いの左手から響いた。
(貴様……何になったつもりだ!? エレナっ!!)
(さあ? 神とか悪魔じゃないつもりよ?)
互いを押し返し合うような形で大きく間合いを離す。
レオンハルトの左手には、相変わらず『回路図』が燦然と輝いている。
(限界はあと五分ほどか……。
問題は彼女の戦闘力だ。
今まで戦った『教授』たちと比べ、明らかに性能は上。
だが、長引かせる訳にはいかん……。)
そう考えたレオンハルトは、再びエレナの懐へと一足飛びに踏み込む。
同時に、『衝撃』を加えた拳をその鳩尾へと叩きこんだ。
すさまじい衝撃音が周囲に轟き、エレナの身体も大きく揺さぶられる。
その瞬間、エレナは『裂空』の魔法を宿した手刀を振り下ろした。
レオンハルトは紙一重で躱すも、そのこめかみが切り裂かれる。
もみ合っての攻防は続く。
互いの拳脚の速度は、『神速』を超えるものとなり、その応酬は常人の目に捉えられるものではなくなってきていた。
「クソっ……コレじゃ下手に援護もできねぇ……。」
「何か……何か方法はないの? ギルベルトさん!」
「ここまで来たらレオンハルトの全力を信じるしかない。
そして、もしもの時は……我々がやるんだ。」
ガァン! と右の拳と拳がぶつかり合った。
そこから、互いの拳をぶつけ合う応酬が始まる。
まるで示し合わせたかのように、同じ位置へと突き出される拳と拳。
だが、もし一瞬でもタイミングや位置が狂えば、それと同時にそこから一気に壊滅的な連撃を受けてしまうのは間違いない。
互いに、ただ相手を睨み続けるといった表情をしているも、水面下では思念波の会話が続いている。
(生身で本当によくやっているわ……。
痛くないのかしらね?)
(痛いさ……。
だが、貴様を放っておけば、もっと辛い思いをする人が数知れず出るだろうに!!)
(その怒りはあなたの本心なのかしら?)
エレナの冷静な一言が思考内に響く。
(そもそも貴方のような生い立ちを持つ人間が、そこまで高邁に人を守ろうとすることが不思議なのよ。
いい加減に気づいたらどう? 貴方も結局は、人を守ること、救うことで人を見下し、その優越感に酔っている偽善者だ、って。)
(それがどうした!!)
レオンハルトの怒号と共に、一際強力な『衝撃』を込めた拳同士がかち合った。
衝撃波が二人の全身に響き渡る。
その残響が全身を揺さぶり、互いが二、三歩たたらを踏んだ。
(俺の行いが独善であり、言説が理想論なのは百も承知だ……。
だが……だがそれでも! そうあるべき者がこの世には必要なんだ!
俺には力がある……これだけ強大な力を持つ者が正義を信じなければ、力なき人々はなにを希望にすればいい!?)
(そこが貴方と私の違いね。
貴方は民衆が力のない物だと決めつけている。)
冷徹な表情を崩すことなく、エレナが貫手で襲いかかる。
貫手には『紫焔』の魔法がかかっているのが、レオンハルトの目に留まった。
再び『防壁』をかけ直し、その一撃をやり過ごす。
(民衆には力がないというのは大きな欺瞞よ。
彼らには私たちのような個の存在にはない、大きな力があるわ。)
(それは?)
(結束よ。彼らは数を束ねることで無類の強さを発揮する。
集団ヒステリーなんて最たるものでしょう?
ああいった『正義の暴走』こそ、彼らの最大にして最悪の力。
これを解放することで、社会を根こそぎ破壊したいのよ……私は!!)
『爆炎』の魔法が五連続で炸裂し、火柱がそこかしこで吹き上がった。
レオンハルトは『神速』と『防壁』がかけられたその身を火柱にたたきつけ、一直線にエレナの懐を狙う。
(その結果があれば、貴様は満足するのか!?
多くの人々を破滅へと扇動し、その明日を奪い去る!
それを目的とするなら、貴様も同じだ!
己の望みを数多の人間の犠牲の上に成り立たせた、あの母親と!!)
エレナの身体に、一瞬、だが大きな隙が生まれた。
レオンハルトはその隙に、全開の『衝撃』を乗せた強力な一撃を叩きこんだ。
エレナの身体は、森の奥へと一気に吹き飛ばされ、その姿は闇の中に溶け込んでいく。
静寂が二人の間に流れた。
ぎしり……と、一際大きな樹が揺れる。
「黙れ……。」
叩きつけられた立木をへし折ったエレナが、ブロンドの髪を振り乱してレオンハルトに躍りかかった。
「あの女と! 私を! 一緒にするなぁっ!!」
怒号と共に、連続で拳を振るうエレナの動きを、レオンハルトは冷静に見切っていく。
やがて一瞬の隙が見えた。
すれ違いざま、レオンハルトはその伸びきった腕を取って背負い投げを仕掛け、エレナの身体を地面へと叩きつける。
何が起こったのか理解できずにいたエレナの視界に、左腕を引き絞るレオンハルトの姿が映った。
直後、倒れたエレナの体へと、レオンハルトの全力の左拳が叩き落される。
エレナの胴体に風穴が空いた。
内部の機構が周囲に飛び散っていく。
「すまないが、エレナ……俺の勝ちだ……。」
そうつぶやきながら、ゆらりと立ち上がったレオンハルトへ向け、凄まじい輝きの光の束が襲いかかった。
光線はエレナをも巻き込み、周囲を煌々と輝かせる。
(駄目だ……『防壁』が間に合わん……!!)
レオンハルトの中に諦めが生まれた瞬間、彼の身体に倒れ込むように、エレナが抱き付いてきた。
「エレナ!?」
「こんなところで死なせないわ……。
貴方には生きてもらわなきゃ困るって言ったでしょ?」
光線はさらに威力を増して二人を飲み込んでいく。
やがてレオンハルトの視界は、白く塗りつぶされていった。