斃れゆく巨人
『洒落になっていない威力ね……。
これがその左手から生み出されているというの?』
強烈な電磁波の残響が、スピーカーにノイズとして残っている。
先の『轟雷』の魔法は正に天からの落雷か、それ以上の威力をもって、巨人の身体を貫いたはずだった。
だが、それすらも巨人の身体には焼け焦げ一つつかない。
それどころか、基本的な電磁機器であるはずのスピーカーにすらダメージが与えられていない。
ひょっとしたらあのスピーカーは、何か別の駆動方式で動作しているのではないかとも考えられる。
(レオンハルト! 聞こえるか!?)
思念通話にギルベルトの声が響いた。
(どうした!? 緊急事態か!?)
(制限時間の事だ。君はこの事を……。)
(解っている。およそ十分程度と見た。)
(それが解っているなら問題ない。無理はするな。)
(確約はできないがな……。)
『どうやらお友達が近づいているようね。
生憎お出迎えの花火はなくなっちゃったけど、迂闊に近づくようなら黒焦げよ?』
周囲に聞こえるように、エレナはスピーカーの音量を上げて喋る。
同時に、レオンハルトはある事に気付いていた。
二人の人間の気配があること。
そして同時に、その気配のある辺りにギルベルトが存在しているということも。
巨人の足元から数百クラムの距離。まだ焼けていない茂みの中に、三人はいた。
「ねぇ、お父さん。まだ弱点はわからない?」
ミナトが少し苛立ちを感じさせる声でギルベルトに聞く。
それを聞いたヒュウガが、不思議そうにミナトへと尋ねた。
「いつからギルベルトさんが、お父さんになったんだ?」
「え?」
きょとんとした顔で、ミナトは自分の言葉を反芻する。
そして、自分の口に出した言葉に気付き、彼女は耳まで真っ赤になった。
「ご、ゴメン、ギルベルトさん……変なこと言っちゃって……。」
「いや、悪い気はしない。別に気にしなくてもいい。
それはそれとしても、弱点は解った。」
「それは!?」
色めき立つヒュウガにギルベルトは答える。
「喉元だ。
そこの部分の装甲は弱い上に、様々な計器類のケーブルが収められている。
そこを狙えば、巨人の行動を制限できる。」
「それがわかりゃ十分だ!」
立ち上がろうとするヒュウガに向け、ギルベルトがさらに言った。
「だが、飽くまでも行動を制限する程度だ。
本格的に無力化するには、やはり動力源を破壊するべきなのだが……。」
「動力源って、どこ?」
「胸部の奥深くだ。
かなり厚い装甲に守られている上、動力炉自体かなり頑強な作りになっている。
理論上、動力炉を破壊せず無力化できる方法はある。
ある……が、それは……。」
「歯切れが悪ぃな……。
できるのか、できねぇのか!?」
いよいよ苛立った声でヒュウガが叫ぶ。
ギルベルトは意を決したかのように言った。
「方法としては、動力炉に使用されているエネルギー抽出用の『回路』を共振させて破壊するというものだ。
『回路』は思念波による共振が起こりうることが実証済みだからね。
問題は……この事をレオンハルトが知っているかどうか。
よしんば知っていたとしても、『回路』の共振を意図的に起こせるほどに、『回路』を操作する技術を会得しているかどうか、これにかかっている。」
「そのことは伝えたの?」
「無論だ。ここまで来たら、彼の魔導学に対するセンスに賭けるしかない……。」
一方、エレナは何も起きない現状に苛立ちを感じ始めていた。
(レオンはともかく、残る連中が何も仕掛けてこないことが気にかかるわね……。
特にヒュウガは、自分の力に大きな自信を持っている分、何か行動を起こすはずだわ。)
その考えを打ち破るかのように、センサーからの警告音が鳴った。
場所は肩だ。
(右肩に敵影? ようやく動いてくれたってことかしら?
でもそこから何をやるつもり?)
空いている右腕を使って、右肩の辺りを掻きむしるかのように動かすエレナ。
ヒュウガはその腕を躱しながら、喉元へと向かっていく。
ようやく喉元にとりついたヒュウガは、レオンハルトを一瞥し、ニヤリと笑う。
直後、ヒュウガの渾身の一撃が、巨人の喉元を突き破った。
「おおおおおっ!!」
拳を引き戻しながら、絡みついてきたケーブルを、ヒュウガはブツブツと引きちぎっていく。
そして再びケーブルの束の中に拳を突き入れ、手当たり次第に次々と引きちぎり始めた。
『何事!?』
エレナの驚愕の声がスピーカーから響いた。
その操縦席の中では、あちこちのカメラからの映像が消失し、全周囲を映し出している内面の全天モニターの動作が不完全になり始めていたのだ。
カメラの切り替えや、センサーのオンオフを繰り返すも、状況は変わらない。
ここにきて、エレナもようやくヒュウガの行った破壊活動に勘付いた。
『やってくれるわね、狼さん。
ここまで視界を潰されてはどうにもならないわ……。』
エレナは、外を直接目視しようと、腹部にある操縦席のハッチを開けた
気圧の違いで、一瞬、ゴウッ……と突風が吹く。
そのエレナの目に飛び込んできたのは、手首を重ねてエネルギーを集約している、レオンハルトの姿だった。
(何をしているの?
攻撃魔法の準備にしては魔導球が生成されていない。
左手にエネルギーが集中しているのは間違いないけど……。)
エレナの頭上では、ヒュウガが未だにケーブルを引きちぎり続けていた。
時折、破断したケーブルが頭上から落下してきていることから、その破壊活動がかなりのものであると推測できる。
エレナは操縦桿を握り、動作それ自体に問題がないことを確認する。
(操縦系統は破壊されていない。
なぜか知らないけど、レオンは今動くことができないと見た。
やるなら今ね……覚悟してもらうわよ、大魔導士さん!!)
巨人の左腕が大きく上に振り上げられた。
身体のバランスが崩れ、ヒュウガは喉元にとどまっておられずに、そのまま足元まで跳び降りた。
静かに瞑目するレオンハルトに向け、巨人の持つ熱線の剣が振り下ろされる。
そこに異変が起きた。
振り下ろされた熱線は徐々に弱まっていき、左腕の動きも、制御されない惰性によるような動きになっていく。
エレナの操縦席も、辛うじて受像できていたモニターまでが光を失い、起動前の暗闇と同じ空間へと巻き戻されていた。
「何をしたの!? レオン!!」
スピーカーを介すことなく、全身全霊の声で叫ぶエレナ。
レオンハルトは荒い息を整えつつ、エレナへ答えた。
「その巨人の……動力源を破壊した……。
少しばかり集中の時間が……必要だったんでな……。
ヒュウガがいてくれて助かった。」
「くっ……!!」
巨人の身体が傾ぎ、大きくバランスを崩して前のめりに倒れていく。
エレナは、悔しさに歯噛みするような表情を見せ、操縦席から飛び降りた。
レオンハルトは『飛翔』を解除し、その彼女の前へ降り立つ。
「逃がしはしない。」
レオンハルトのその一言に対して、不思議そうな顔をして、エレナは彼の顔を見つめた。
「逃げる? 私が?
何故逃げる必要があるの?」
そう言うと、エレナはレオンハルトの顔を真っ正面に見据え、敵意を満々に込めた視線を投げかけた。
「あの巨人は木偶の棒になってしまったけど、私はまだ全くの無傷よ。
それに引き換え、貴方はかなり消耗している。
むしろこの状況になった、そちらの方が不利じゃなくて?」
その横では、木々をへし折り、地響きを立てて巨人は地に突っ伏していた。
礫によって斃された巨人のごとく。