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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第二章-ミナト・ライドウ
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十年前の惨劇

「来てくれたかい……。」


 翌日の夜。ミナトはヒュウガの指定した宿の一室にやってきた。


 扉を開け、薄暗い部屋へと入る。


 先にいたヒュウガは、ウィスキーのグラスを片手に持って、彼女を出迎えた。


 ヒュウガの前まで彼女は歩み寄り、そこにあった椅子へと腰掛ける。


「受けることにしたよ。確かに都合は悪くない。

 後は条件だね。」


 瞳を閉じたまま、酒をあおるヒュウガ。

 一息ついたところで、ミナトに顔を向け語りかける。


「まず、ソッチの条件を言ってくれ。

 飲める飲めないは俺が判断する。」


「わかった。絶対譲れない条件から言うよ。

 あたしはレオンハルト・フォーゲルを殺す。

 それに対して都合は?」


「前言った通りだ。

『殺せるもんなら殺してみろ』だな。」


 納得したように目を閉じて、大きく息をつくミナト。


「ならいい。

 条件はもう一つ。実際に殺した時の処置だ。

 仇討ちが理由でも、殺人に変わりない。」


「その通りだな。司法に手を回すか?」


 ヒュウガは酒をチビリ、とやる。

 そんな彼の顔を見つめ、ミナトは言った。


「いや、奴の罪がハッキリ世に出るようにしてもらいたい。

 奴は実験の名を借りた大虐殺を行なった人間だと。」


「そうか……。」


 しばしの沈黙が二人の間に流れる。


 その沈黙を破るようにミナトが口を開いた。


「ダチだって、言ったね?」


「ああ……。」


 もう一つあったグラスにヒュウガは酒を注ぎ、ミナトに差し出した。

 ミナトはヒュウガに微笑みかけると、そのグラスに口をつけた。


「正直さ、どうだったの?

 奴は十年前の事を忘れてたように見えた?」


 一瞬、敵意を持ったような視線をヒュウガはミナトに向けたが、そのまま瞳を閉じ、静かに口を開いた。


「逆だな。

 アイツは十年前のコトを今も引きずっている。」


「そんな……嘘だ!」


「少なくとも、俺がヤツとつるんでいた三年前まではそうだった。

『自分が何かを楽しむなんてことは、決してあってはならない。

 俺は人を数えきれないぐらい殺したからな。』と、常々そう言っていた。」


「本気なもんか……そんなこと……。」


「いや、俺の知る限り、ヤツは何一つそう言ったことをしなかった。

 酒は飲むが、酔いどれる事はない。

 女とは仕事以上の付き合いはしない。

 趣味はただ研究と自己研鑽。それも全て他人のためだ。

 煙草も博打もやりゃしない。

 普通の人間なら気が狂うな。」


「……。」


 ミナトは無言のまま瞳を伏せた。ヒュウガの言うレオンハルトの意外な事実が、彼女の胸に突き刺さっていく。


 ヒュウガは軽く一口酒を飲み、言葉を続けた。


「いや、もうアイツは狂ってるのかもしれん。

 罪の意識に押しつぶされて、自分というものがなくなってるのかもな。

 あるのはただ、贖罪のための手段を探すことだけだ。

 出口のない闇夜の迷路の中で足掻いてる、そんな感じがあった。」


「じゃあ、あたしの聞いた噂は何だったんだろう……。」


 ミナトはポツリとつぶやいた。


 ヒュウガはそんなミナトに答える。


「ヤツの事を悪く言いたがる連中はごまんといる。

 アイツは良くも悪くも有名人だからな。

 だが、お前さん、本当にヤツを殺せるのか?」


「どういうことだい?」


「アイツ、言ってたぜ。あの村で牡牛の角を持つ少女を助けたってよ。

 言ってみりゃ命の恩人だ。

 そんな相手を、お前さん本当に殺せるのか?」


「命の……恩人……。」


 ミナトは小さく呻き、右手で脂汗の浮いた額を押さえた。

 何かノイズのようなものが、ミナトの頭の中に響く。


 二度、三度、深呼吸をする。


 落ち着いたらしいミナトは、ヒュウガに向けて冷徹な声で言った。


「殺せるさ。

 奴はツェッペンドルンの仇だからね。」


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