絶対防衛線
「研究員たちが自決したそうだ……。」
レオンハルトは走りながらヒュウガに言った。
管制室での惨劇が、ギルベルトからレオンハルトへ伝えられたのだ。
「これで亡霊共はほぼ壊滅か……。
あとはこのデカブツを何とかすりゃおしまいだ!」
巨人の全高は約十二クラム。その肩の高さまで立木を跳び伝い、ヒュウガは一気に跳びついた。
揺れる肩の上から、さらに一足跳びで頭部へと踊りかかる。
「まずは目だ!」
上半身を弓のように反らせ、右の拳で巨人の目を狙う。
だが次の瞬間、見えないほどの大きさの『何か』がヒュウガに襲い掛かった。
激痛でバランスを崩し、そのまま肩から滑り落ちていく。
「ヒュウガっ!!」
レオンハルトは、落下してきたヒュウガを片腕で抱きとめながら、『天翔』で空を駆けた。
その全身からは血が流れ出ている。決して軽い傷ではないのが明白だ。
ヒュウガは自身の身体にめり込んだ『何か』を抉り出す。
「クソ……こんな散弾をバラ撒きやがるのか……。」
「対歩兵戦も考えられている……これは完全に軍事用だ。」
空を駆けるレオンハルトたちに向け、破裂音と共に巨人の腰の辺りから散弾がばら撒かれた。
レオンハルトは瞬時に『防壁』を展開し、防御を行う。
「拙いな……迂闊に近づくこともできんか?」
眉根を寄せて巨人を睨み上げるレオンハルトに、ヒュウガが荒い息を吐いて語りかけた。
「レオン……俺を置いてお前だけで攻めろ。
この状況を打破できるのは魔法だけだ……。
お前に全て託す。その左手……全開でぶちかませ!」
「しかしお前は!」
「このぐらいの傷は気功術でもたせられる。
見ろ!」
巨人の背面にある、巨大な開口部が何かを吸い込むような音を立てている。
周りの木々が揺れ、レオンハルトたちも強い風圧を感じ始めていた。
「コイツぁ……何かやらかすぞ……。
その前に叩け!」
ヒュウガがそう叫んだ瞬間、開口部が強く輝き、猛烈な勢いの噴射が行われた。
『防壁』越しでも抗い切れない勢いに押され、ヒュウガを支える腕が滑る。
「ヒュウガ!」
「行けっ! 急げぇっ!」
吹き飛ばされるヒュウガから瞳を逸らし、レオンハルトは怒りの形相で巨人を睨んだ。
巨人の背面のノズルはさらに輝きを増し、今にも全開で噴射を開始しようとしている。
巨人の身体が浮き始めた。
その事実にレオンハルトは驚愕する。
「飛ぶのか……奴は!?」
ズズ……ッと巨体が地面を滑る。
しばらく足を引きずる状態が続いていたが、やがて完全に脚が地面を離れ、速度を上げて中空を飛び始めた。
巨人の速度はぐんぐんと上がっている。レオンハルトは追いつくために、『飛翔』の魔法をかけ直し、飛行を開始した。
その巨体の近くをすれ違うたびに、巨人の身体のあちこちから炸裂する散弾。
近づくこともままならぬうちに、遠くに街の明かりが見え隠れするようになってきた。
(このままではカッツバルの街に……!?
絶対防衛線か……っ!)
レオンハルトは速度をさらに上げ、巨人の目の前へと躍り出た。
そのまま『鋭断』の魔法を発動させ、その頭部を狙う。
バキィン! と何かが弾かれる音がしたものの、頭部はまるで無傷だ。
『無駄よ。』
外部スピーカーを通してエレナの声が響く。
『軍事用の巨人なんだから、魔法に対する防御も考えられているわ。
一般的な魔法じゃ太刀打ちできないってことぐらい、あなたなら想像できないとも思えないけど?』
巨人は推進器を停止させ、音を立てて地面に降り立った。
それを見たレオンハルトはニヤリと笑ってエレナへと言う。
「これでいい。
まずは足を止めた。戦いはここからだ。」