大地に立つ巨人
「俺も君に尋ねたいことがある。」
レオンハルトがエレナに向かって歩き出しながら尋ねた。
「何かしら? 私がこの組織の首魁になった経緯?」
「その通りだ。何故こんなことをした?」
フッ……と小さく笑いながら、エレナは語り出した。
「私はね、幼いころから自分の出自を知っていたの。
確かに父さんはとても素晴らしい人だったわ。
真面目で、優しくて、そして厳格な人だった。
でもね、時折やってきた公爵様は、私を甘やかしてくれた。
お前は私の娘だ、と何回も言い聞かせながらね。」
一同は黙ったまま、エレナの言葉に耳を傾け続ける。
「勘違いしないで欲しいけど、私は父さんのことを誇りに思っているわ。
あの人は言葉に言い表せないぐらいとても立派な人だった。
だからこそ、私を生んだ両親は憎かったのよ。
なぜこんな不義を犯してまで私を儲けたのかと、そう考えたわ。」
「そんな母親に対する復讐ってのが、この組織なのかい?」
ヒュウガの言葉に、エレナが答えた。
「まあ、その側面もあるわね。
確かにこの帝国の重鎮である母親を罰するため、なんてことも考えたし。
でも一番の目的は、今ある貴族社会を壊すこと。
こんなくだらない階級があるから、人の在り様が歪むのよ。
傲岸で、不遜で、驕慢で、そして無能……。
私が知る限りの貴族なんて八割はこんな感じだったわ。
そこの名君、ディアナ・カーライルにしたって、一皮むけばこの有様よ?
そんな連中が、明日のための研究を続ける私たちに余計なくちばしを挟んでくるのは許せないじゃない?
時には『兵器などはないのか?』なんて、随分と軽く聞いてきたお殿様もいたっけね。
アルバーンとか言ったかしら……ね?」
アルバーンの名が出たところで、エレナは軽く笑みを見せた。
「その話は解らなくもない。
俺も同業だし、今の状況を憂いているのも事実だ。
だが、そのやり方が気に食わん。
何故テロに走り、多くの人を苦しめる!?」
レオンハルトの、怒りに燃えるまっすぐな視線がエレナを射抜く。
その気迫に満ちた眼差しを受けてすら、エレナは笑みを崩さずに言葉を続ける。
「レオン? 私たちはテロを目的としていないわ。
手段としてのテロリズムなのよ。
民衆は愚かだけど、数は多い。
その只中で不穏な空気を醸成させて、政治への不信を煽る。
そこに上手く火花が散れば、不信の火薬に引火して帝国も瓦解し得るわ。
そう……誰か『民衆の側の英雄』が現れて、皆を煽り立てれば盛大な火種になってくれるでしょうね。」
「それをレオンハルトに任せるつもりだったのかね?」
ギルベルトが静かにエレナへと質問する。
「さすがは叔父さん。よく解ってらっしゃる。
聡明で弁が立ち、魔導士という箔も付いている。
ツェッペンドルンの件にしても、貴族の陰謀だったと落とし込められれば、貴族社会の被害者として十分なカリスマも備わってくれる。
まあ、当人がやると言い出すことはまずないと踏んでいたけど、うまく誘導できれば、『暗示』の『回路』で引き込める可能性はあったし、半分はその方向で動こうとしてたのよ?
でも、調子に乗って時計塔まで破壊しようとしたあの一手、これが全てを台無しにしたわ。
テロによって親友を奪われた形になった貴方を、こちら側に引き寄せるのはまず無理になったし、何よりあの一件で、レオンハルト・フォーゲルは軍からも一目置かれる、『正義の味方』になってしまった……。」
「全く……あン時は大層世話になったな。
おかげでコッチは死ぬところだったぜ?」
怒りの表情を隠すことなく、ヒュウガがエレナへと吐き捨てるように言った。
その言葉に、エレナは呆れたようにかぶりを振って答える。
「あら、残念。
生憎とあの一発は、私たちも与り知らない一発なのよ。
きっと別の誰かがレオンを付け狙ってたんじゃなくて?」
わずかな間を一旦おいてから、エレナは表情を正して言葉を続ける。
「何にしても、あの時計塔の一件でこちらも相当のダメージを負った。
だから、もっと強力な組織にしなければならないと、そう考えてリューガー家お抱えだった兵の残党を取り込んだの。
彼らは彼らで元々一つの組織を作っていたけど、そこに忘れ形見の私が入ったことで結束が一気に高まった。
さらにそこへその人が加わって、資金的にも安定したってわけ。」
そう言うと、エレナは斃れているディアナを顎で指し示した。
「その人は言ったわ。今まで私を放っておいた分、埋め合わせをさせて欲しいと。
貴女の望みは私の望みでもある。
共にこの狂った世を正そうではないか、ってね。
ただ、本心からそう言ったとは思えなかった。
多分その人にとっては、国家転覆を実現できるかなど関係なく、自らが抱える鬱憤を晴らす手段として私たちを利用しようとした。
そんなところじゃないかしら?」
「では、なぜ今ここで母親を撃ったのかね?」
ギルベルトが再び静かに声を上げる。
そんな言葉を聞いて、エレナはまたもや鼻で笑った。
「だって許せるはずないじゃない。
私の人生を初めから歪ませておいて、自分は不幸だった、なんて叫ばれちゃ、許せるものも許せないわよ。
レオンにしても、ミーナにしても、そして叔父さんにしても、この女には大きすぎる程の貸しがあったわけでしょう?
その帳尻を私が合わせただけのことよ。」
「じゃあどうしてレオンの命を狙ったのさ?
レオンは、言ってみればあんたと同じような境遇の、それも血縁だよ?
殺そうなんてどうして考えられるんだい?」
怒りを秘めた低い声でミナトが尋ねた。
ミナトの怒りの視線と、エレナの冷徹な視線が火花を散らしてかち合う。
わずかな間の後、エレナはそっと目を閉じて、小さい溜息をついた。
「レオンの処遇については、この人と私の思惑に若干の食い違いがあった。
二年前の件は、この人の独断から話が始まっているのよ。
どうしてもレオンの存在が許せなかったみたいね。
今回にしてもそう。私は遺跡の情報を全て得るまでレオンの手を借りるつもりだった。
ただこの人は実働部隊に色々と働きかけて、貴方の暗殺を優先させようとしていたのよ。
押しとどめるのは難しかったわ。何分時計塔の一件があったから。
悪いけど、貴方たち相当に恨まれてたのよ?」
苦笑いを作り、話を続けていたエレナ。
そこへ、何か小さな電子音が鳴った。
その音にしばし動きを止め、彼女は耳を澄ます。
ややあって、満足そうに微笑むと、エレナは四人に向けて語りかけた。
「ありがとう、みんな。
私の時間稼ぎに付き合ってくれて。」
そう言うや否や、エレナは猛スピードで四人の間を駆け抜けていった。
その先の真っ暗だった空間には、赤い光、緑の光、黄色い光が明滅している。
「しまった! 彼女の狙いはこれか!!」
「あの女! デタラメ並べやがって!」
レオンハルトとヒュウガが疾風のごとき速度でエレナを追う。
「酷い言い草ね……せっかく本当のことを語ってあげたのに。」
追いつかれる間際、エレナが独り言のような言葉を聞こえるようにつぶやいた。
あと一息で手が届く……その瞬間、エレナの体が宙を舞った。
二人は欄干を脚で受け、辛うじて階下への落下を防ぐ。
気づけばエレナは横たわっている『何か』の中央に立ち、二人へと視線を送っていた。
「それは……『巨人』か!?」
様々な機械の駆動音が轟く空間で、レオンハルトが叫ぶ。
その言葉に対してエレナは口角を上げて叫び返した。
「そうよ、レオン!
あらゆる遺物の中で、最も危険なもの!
巨人兵器よ!!」
エレナはそれだけ口にすると、そのままそばにある開口部へと滑り込む。
真っ暗だった開口部の中が明るくなり、横たわっていた巨人の目らしき部分が燦然と輝いた。
金属が軋むような音が『何か』のあちこちで小さく響く。
そして……巨人は起き上がった。