エゴイズムの果て
「私が……貴方を?
何を証拠に?」
「証拠などいるのかい? 姉さん。
ここは裁判所でも、家族会議の場所でもない。
私の記憶が全てだ。
私の死を確認しに来たとき漂った、貴女のフランケルの香水の匂いは、今でもよく覚えている。」
ギルベルトが静かに語る。
対峙するシュヴァルベの顔は、憎々しげに歪み始めていた。
「もう一度聞く。なぜ私を殺した?」
「許せるものか……。」
「何が許せない?」
もう一つの声がシュヴァルベの背後に響く。
彼女を挟み込むように、その背後にはレオンハルトが立っていた。
階下の『教授』を全て片付けたヒュウガとミナトも、その場に駆け寄ってくる。
「許せるものか!
私と、愛するあの人の間に生まれたあの子を奪い取った男が!
のうのうと卑しい女と子を作り、将来を誓い合うなど!
そんなことを許せと言うのか!?」
「では、なぜ愛しのオットー君を殺したのだ?」
「な……っ!?」
レオンハルトは耳を疑った。
オットー・リューガー公爵……その死に関係するということは、すなわちツェッペンドルンの一件に関わっているということだ。
そして今、目の前の父は、その元凶が伯母であることを仄めかしている。
「私はこちらの世界に戻ってきてからの二年間、あの事件を精査してみた。
確かに三公爵の差し金でオットー君は殺された。実行犯はランドルフだ。
ならば、三公爵をそそのかしたのは誰だ?
三公爵だって馬鹿じゃない。いかにマウルとの駆け引きがあったとしても、先方に大ダメージを与えかねない作戦を取るだろうか?
だから考えたのだ。ひょっとしたら、三公爵は熱線砲の威力を過小に知らされていたのではないのか、と。」
シュヴァルベの手がわなわなと震えている。
その顔からは脂汗も流れ出ていた。
「だとしたら話は通じる。
マウルによる進軍を防ぎつつオットー君を殺し、三公爵の裏取引を攪乱させる。
この三つを同時に行うほどの計算高さを持った人間を私は知らない。
貴女を除いては。」
「くっ……。」
シュヴァルベの忌々しげな表情は、今まで冷静かつ余裕のあった彼女からは考えつかないものだった。
「何故だ? ディアナ・カーライル……。
何故ツェッペンドルンを焼いた!!」
レオンハルトの怒号が、広い空間にこだまする。
その言葉が呼び水になったのか、シュヴァルベ――ディアナ・カーライルはかすれた声でボソリと言った。
「……何て言ったと思う?」
「何がだい?」
ヒュウガが尋ね直した。
「あの人はね……私を『怖い女だ』と言ったのよ……。
あの人のために弟を殺し、跡継ぎの座を得て、実際に大公になった。
この立場なら怖い物はない……そう思っていた。
そして、いよいよあの人と一緒になれると喜んで尋ねてみれば、あまりにも酷い一言……。
だから殺したのよ。」
「そんな……そんなワガママのためにみんなを殺したのか!?
そんなワガママのために、レオンがどれだけ苦しんだのかわかってるのか!!」
ミナトが涙を流しながら叫ぶ。
レオンハルトは怒りをこらえつつ、静かに言った。
「確かに怖い女だ、貴女は。
そこまでやって、何を得ようとした?
失うことばかりを重ねて、何一つ得ようとしていない。
それで良いと……失うだけでも構わないなどと考えているなら、途轍もなく怖い女だ。」
「良いと思う訳がないでしょう!!」
生の感情のままディアナが叫んだ。
「私は……私は何一つ得られなかった……。
与えられたものばかり受け取って、私が本当に欲しい物はなにも……なにも得られなかった。
エレナは奪われ、あの人からの愛は失われ、私は独りだった!!」
血を吐くような叫びではあったものの、その場にいた誰もが冷徹な目でディアナの言葉を聞いていた。
わずかな沈黙の後、ギルベルトの声が響く。
「だからと言って、他の人間の人生を狂わせていい道理はない。
貴女は償わねばならない。少なくとも、ここにいる二人に。」
「償う……?」
振り乱した髪の奥から、鋭い視線がギルベルトを射抜く。
「償う理由がどこにある!
こんな下賤の者どもに何を償う必要がある!
私はここまで苦しんだ! これ以上に苦しんでいる人間がどこにいる!?」
「救えねぇな、アンタ。」
狂ったように叫ぶディアナに、ヒュウガが吐き捨てるように言った。
「レオンはアンタに人生全て狂わされた。
生まれた時も、ツェッペンドルンも、そして今回もだ。
アンタは自分が苦しんだと言うが、他人の命を奪ったってこと、忘れてんだろ。
関係ねぇ者の人生何人もメチャクチャにしといて、自分は不幸だ、世間が悪い、は通らねぇぜ?」
「そうね、通らない。」
凛とした女性の声が響き、魔導銃特有の銃声が轟いた。
気が付くと、ディアナの眉間が撃ち抜かれ、地面に倒れ込んでいる。
四人の目が銃撃の主に向かうと、そこには狙撃用の銃を構えたエレナの姿があった。