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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第十八章-絆
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夜明け

 部屋の時計が朝を告げた。


 遺跡の中では、朝日は届かない。

 ただ時計の示す数値だけが時を知る唯一の手段だ。


 ミナトは脱いであった服を着ると、集合場所として指定された食堂まで向かっていく。


 途中、同じように部屋から出てきたヒュウガと合流して二人で食堂に入ると、そこには既にコーヒーを飲んでいるレオンハルトがいた。


「おはよう、二人とも。」


 微笑みながら挨拶するレオンハルトに、ヒュウガが答えた。


「どうやら、もう大丈夫みたいだな?」


「ああ。完全に、とは言い難いが随分前に進めた気がする。

 君たちのおかげだ。」


「君たちの、じゃなくて、君の、だろ?

 なあ、ミーナ。」


 ヒュウガのからかいを聞いたミナトは、耳まで真っ赤にしてうつむいてしまう。

 レオンハルトは、それをどことなく嬉しそうに眺めていた。


 その微笑みを絶やすことなく、レオンハルトは二人に食事を勧める。


「合成食糧だが、食事は用意できる。

 味までは保証できんが、栄養価は十分なはずだ。」


 気づくと、二人の後ろに子供ぐらいのサイズの人形がいた。

 コムと同じような愛嬌のある顔に人間と同じようなボディ、両腕が付いており、脚はスカートの内側にどうやら車輪のようなものが付いているらしい。地面を滑るように移動して、食事のトレーを運んできていた。


 トレーを受け取り、食事を始める二人。

 その上にある様々な料理を口に運ぶたび、二人は微妙な表情をしている。


「やはり美味くはないか……。」


「んー……そう言うわけじゃないんだけど……。」


 苦笑するレオンハルトに、困った顔でミナトが曖昧に答える。


「なんか歯応えがねぇんだよ。

 まるでケーキやゼリーばかり食ってる気がするぜ?」


 ズバリと言うヒュウガ。それを聞いたレオンハルトは得心した表情を見せた。

 その後、一瞬笑みを見せたものの、レオンハルトは表情を引き締め二人に言う。


「荷物は昨夜のうちにアーカナスから持ってきた。一応中身を検めてくれ。

 問題はここからバルメスへ向かわねばならない点だ。」


「行くのかい? 俺ぁ反対だな。」


「何で? 元々行く予定だったじゃない。」


 意外にもヒュウガが反対意見を述べる。それに対して疑問を呈するミナト。

 ヒュウガはミナトに対して自身の意見を口にした。


「恐らく連中はバルメスで何かでけぇことをしでかす腹だ。

 だとしたら、一回帝都に戻って全てぶちまけた上で正規兵に任せるべきだろう。

 この案件、既に個人の領分を超えてるぜ?」


「確かにな。」


 ヒュウガの言葉に頷くレオンハルト。

 だが、言葉はさらに続いていく。


「しかし、だ。

 正規兵に全てを任せた場合、想像以上のダメージが帝国全体を揺るがしかねん。

 どうかすると、エレナ一人で大隊規模の部隊が壊滅する恐れがあるからな。

 その前に、個人で何とかできるならそうした方がいい。」


「エレナの言葉じゃないけど、レオンが無理する必要はないんじゃないの?

 正規兵の中にも、レオンより強い人いっぱいいるはずじゃない。

 前にも言ってたよね? 別にあなたじゃなくても戦える人はいるって。

 無理ばかりせずに、たまには他人を頼らなきゃダメだよ。」


 レオンハルトに向けて心配そうな声で反対するミナト。

 ヒュウガも無言のままだが、表情はその言葉に同意している。

 レオンハルトは静かに語り始めた。


「この件は確かに個人が関わるには大事過ぎるものとなってしまった。

 だが、事の発端には自分もかなりの深さで関わっている。

 この手でケリをつけられるならそうしたいし、そのための力もある。

 無論捨て石になるつもりはない。

 そのための最大の切り札も、たった今、手配中だ。」


 レオンハルトの言う『切り札』に、二人は反応し、レオンハルトを見やる。

 よく見れば、左の袖には腕が通っていない。


 ちょうどそこに、食堂の扉が開いてギルベルトがやってきた。


「レオンハルト。義手の調整が終了した。

 魔力の出力を五割増しにした上で、今後は君の意思一つで『回路(サーキット)』を制御できるようにも調整しておいた。

 これを使い、エレナを、そして姉さんを止めてくれ。」


「「姉さん!?」」

 ミナトとヒュウガが驚きの声を上げる。


 困惑する二人に対して、ギルベルトが言った。


「そうだ。

 シュヴァルベの正体は、十中八九、私の姉、ディアナ・カーライルだ。」


「で、でも……。

 その人、もう四十路超えてるんじゃない? あんな若いわけないよ。」


「『回路』だ。」


 ミナトの疑問に、レオンハルトは短く答える。


「『回路』の中には、生体機能調整の物が存在する。

 それを利用して、一時的に若返ることもできなくはない。」


「そういうことだ。

 彼女は昔から男装を好み、剣術や銃術を学んでいたしね。

 だが、コムとしての私が彼女と接触した時点では、正体を掴むまでの情報が少なすぎた。

 しかし、君たちと行動を共にしているうちに、疑念が確信に変わっていった。」


 そんなギルベルトの言葉を聞き、ヒュウガが尋ねた。


「決め手は何だったんだ?」


「戦いにおける体捌きと、喋り方だ。

 特に声の響きは大きかった。

 ただ、私の記憶の中にしかない彼女の声音と、今のシュヴァルベのそれを比較するのはかなり困難なものではあった。

 だが、サンプルを多く取る事で、ようやく比較ができたのだ。

 最後にヴェルミナの遺跡で個人行動ができたので鎌をかけてみたところ、彼女の心拍数が一気に跳ね上がった。

 それで確信したのだ。彼女は姉さんであると、ね。」


「俺もこの話を聞いたのは、今しがただ。

 そしてもう一つ……伯母は、エレナの母親に当たる。」


「ちょ、ちょっと! いくらなんでもそれって本当なの!?」


 レオンハルトの言葉に、愕然とした表情を見せるミナト。

 その彼女の疑念に、ギルベルトが再び口を開いた。


「シュヴァルベ自身が語っていた身の上話は事実だよ。

 一点違う点があるとすれば、それは彼女がエレナの視点で語っていたという箇所だな。

 エレナ・リーマンの父親はオットー・リューガー、そして母親はディアナ・カーライル。

 公爵家の男と、大公家の女が身分違いの恋(・・・・・・)をし、そして子供ができてしまった。

 赤子を堕ろすとなれば母体が危険だ。だが同時に大公家と公爵家の間にできた子となれば、あらゆる面で火種になる。

 そこで極秘裏に子供を産み、そのまま里子に出すという姑息な手段を取らざるを得なかったのだ。」


「その子がエレナ……。」


 呆然とつぶやくミナトに、レオンハルトがさらに語る。


「どうやら、そのエレナを里子に出す話には、父が一枚噛んでいたらしい。

 父と、その魔導士仲間であるリーマン先生とが中心となって話をまとめようとしたのだが、その話が最後までまとまる前に、父は失踪してしまった。

 故にエレナがリーマン先生の養子として育てられていたということまでは、今まで気が付かなかったそうだ。

 確かにリューガー家に近い人間で、秘密を守りきることができる人格者となれば、先生に白羽の矢を立てざるを得ない。

 事実、エレナは聡明に育った。学術師となった事実がそれを裏付けている。

 問題はどこで歪んだかだ。彼女は何をもって、こんな復讐まがいのことを考え付いたのかを明らかにしなければならないな。」


「そいつぁ、あの女狐に直接聞くしかなかろうよ。

 あと、シュヴァルベ……大公殿下の思惑も、だ。」


「そういうことだ。」


 ヒュウガの言葉を聞いたギルベルトの答えが食堂に響く。


 扉が開き、別の人形が義手を持ってきた。

 レオンハルトは立ち上がると、その義手を手に掴んだ。

 取付治具(アタッチメント)に取りつける。

 覆いのかかっていた『回路』が輝き、猛烈な勢いで扇状の『回路図(サーキットイメージ)』が幾層にも展開されていく。

 魔力の流入を肌で感じ、レオンハルトは満足そうに大きく一呼吸した。


「私の不手際を、君に押し付けてしまう形になってしまった。

 返す返すも……。」


「もういいさ。」


 心底すまなそうに語るギルベルトを遮るように、レオンハルトは微笑んで言った。


「貴方からの借りを考えれば、これぐらい造作もない。」


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