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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第十八章-絆
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父と母と

 コムは青い瞳のまま、レオンハルトと同じ声で語り始めた。


「私の話は簡単だ。

 二十六年前、私も何者かからの『危険な遺跡がある』という密告を受け、ここに来た。

 そして、何者かに狙撃され、一命を落とした。

 それだけの話だよ。」


「それだけで済むと思っているのか?

 何故お前は肉体を修復して生き返らなかったのか、それを教えてもらおう。」


 静かな声の内に敵意を込めて、レオンハルトが問い質す。


 ギルベルトは数秒考えた後、再び口を開いた。


「肉体の復元についてか……。

 自分の死体が見つかったのは、洞窟の奥深くだったという問題が存在した。

 それ故に、肉体の修復が間に合ったとしても、脳の機能が回復できるか、多大な疑問が残った。

 そこで自分も、脳内情報を『回路(サーキット)』に焼き付けて、このコムのボディへ埋め込まれることを望んだのだ。」


「さっきから聞いてて気になったんだが……。

 身体を治すってのはそんなに難しいことなのかい?

 今さっきまでレオンが受けてたトンデモねぇ傷は、あっという間に治しちまったじゃねぇか。」


 ヒュウガの問いに対し、ギルベルトはゆっくりと答えた。


「かつての文明における治療技術なら、どんなに深い傷であれ、時間さえかけられれば、損壊箇所を間違いなく治すことが可能だ。

 だが、機能の復元ということまで考えればそうも言っていられないことも多い。

 特に脳の機能は、血流が止まってからかなり早い段階で大きく損なわれていく。

 だからこそ、脳への深刻なダメージが懸念される状態においては、今回の我々のように『回路』を利用して自身の意識を外に逃がすやり方を取るのだよ。

 非人道的なやり方だと言われてしまえばそれまでだが、その人間を延命させるにはこの方法が唯一の手段となる事がある。」


 ギルベルトは一旦言葉を切り、改めて語り始めた。


「レオンハルトの状況は、まさにそれだった。

 肉体の復元には相当の時間がかかるのは間違いない。しかし、その間ずっと脳の機能を保護することはまず無理だ。

 加えて社会的にも長期の失踪は何かと問題がある。

 だからこそ、全てにおいてコストとリスクの少ない方策を取った結果が、このレオンハルトへの施術となる。」


「長期の失踪は問題だと言ったな……。」


 レオンハルトが静かに、低い声でつぶやいた。


「それが解っているなら、なぜお前は自らの身を隠し、失踪と言う形を取った!?

 そのために! そのために母さんはっ!!」


 怒りを隠すことなく、レオンハルトが叫ぶ。


 ギルベルトはその怒りを受け、何も言わずただ浮かんでいた。

 だが、その瞳は何かを考えているように、暗く消灯している。


 長い沈黙。


 やがて意を決したかのように、すっ……と、ギルベルトの瞳が再び青く灯った。


「本当のことを言おう。

 実は私は、この身体で一度ローザに逢っているのだ。」


「なっ……!?」


 意外な一言に、レオンハルトが声を詰まらせる。

 ギルベルトは、そんな彼に向け、さらに言葉を続けた。


「その時に言われたのだ。もう、貴方は亡霊だと。

 また現世に舞い戻れば、今回っている歯車が、きっと全て狂ってしまう。

 私は耐えて、息子を立派に育ててみせるから、いつか力を貸してあげて欲しい。

 そう懇願された。」


 瞳を伏せて、何かに耐えようと歯を食いしばるレオンハルトに、ギルベルトはさらに語り続ける。


「衝撃を受けた。

 自分はきっとこのままでも受け入れられると考えていたのだからね。

 肉体の治療は後回しにし、まずは生きていることを伝えようとしたところで、私は愛する人から拒絶されたのだ。

 期間にしておよそ一年ほど。

 その間に状況が激変してしまい、自分はまるで彼方からやってきた異邦人となってしまった事に気が付いた。」


 青い瞳の色が、哀しみを彩っている。

 ギルベルトはさらに言葉を続けた。


「故に、だ。私の失敗があったからこそ、君を社会的に死者としない方法を取らなければならぬと考えた。

 幸いなことに、保管してあった私の肉体は、致命傷と言える撃ち抜かれた心臓の銃創、それ一点を除いて大きな傷は存在していなかったし、脳の状態も機能そのものは大きく損なわれておらず、いつ私が元の肉体に戻っても問題ない程度のものだった。

 正に偶然が重なり合った奇跡だ。

 私と君がこの遺跡の前で難に遭ったこと。肉体のもつ様々な状態の奇跡的な合致。そして何より、二十有余年を経て父と子がこうやって邂逅できた事。

 全てはローザの導きだとしか思えなかった。

 だからこそ、私は彼女の願いを実現するのは今しかないと考え、この施術を執り行なったのだ。

 君に憎まれようとも、恨まれようとも、覚悟の上で。」


「そうか……。」


 椅子に深く座り、天井を仰ぐレオンハルト。


 そこに、ミナトが指で目を拭いながらギルベルトに尋ねてきた。


「そんなにレオンとあなたとは一緒だったんですか?」


「そうだな。

 容貌、体型から始まり、魔法に対する能力や知識レベル、習っていた体術も、学術師であったことまでも同じだ。

 遺伝子……人間の設計図とも言うべきものの合致率もほぼ百%という、正に奇跡というべき現実がここで起きていた。

 ただ生い立ちだけは大きく違う。

 私は彼に必要以上の不遇を押し付けてしまった。

 それだけはいくら詫びても詫び足りん。」


「どうした? レオン。」


 ヒュウガが身じろぎ一つしないレオンハルトに声をかけた。


「いや……。

 今から思えば、母さんはこの人と会っていたのだと思えるようになってきた。」


 瞳を閉じて、レオンハルトは言う。


「母さんが、父の事を決して憎むな、恨むな、そして赦せと俺に教え続けてきたことは、今でも忘れていない。

 学ぶことの大切さを教えてくれたのも母さんだ。その知識から魔法が紡ぎ出され、俺はようやく人として自信が持てた。

 心と知恵とを与え続けてくれたのは、母さんがこの人と最後にひとたび会ったからこそなのだろう。

 もし会うことなく育てられていたら、俺はもっと歪んでいたかもしれん。」


 背もたれから起き上がり、レオンハルトはギルベルトに言った。


「貴方を赦した訳じゃない。

 だが……母さんの意思を尊重してくれたことには感謝する。」


 それだけ言うと、レオンハルトは立ち上がり、制御室の出口へと向かっていく。


 心配そうについていくミナト。


 彼女が後ろについてきているのに気付いたレオンハルトは、以前と同じ優しい微笑みを彼女に見せて、ひとり部屋から出て行った。


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