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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第十六章-父子
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秘策

「ふむ。なかなかにしぶとい、

 下手に手を抜かず、一気に止めを刺すべきだったかな?」


 応接室の中。


『教授』が呆れたような声を出し、右手首の関節を左手で触っていた。

 その傍らには、ザウアーラント公爵家自慢の名剣が転がっている。


 コムがベランダを覆うようにフィールドを展開し、そこに逃げ込んでいるエドガーと伯爵に向け叫んだ。


「二人とも、今は自分の身を守る事だけ考えてください!

 場合によっては、ここから飛び降りることも視野に入れて!」


「君の秘策はどうなっているんだ!?

 このままじゃ皆殺しじゃないか!!」


 エドガーが怒りに任せてコムを怒鳴りつける。

 そんな彼を、伯爵が諭すように宥める。


「エドガー君、怒りは解るが、ぶつける相手を間違えるな。

 公爵閣下は『時間を稼ぐ』と言われ、自ら死地へと飛び込まれた。

 それは我々を生かすためだ。

 コムの秘策は、きっと我々を救う最良の手段だろう。

 それを信じたまえ。」


「きます!

 僕の真後ろに入ってください!」


 コムがひときわ大きく叫んだ。

 ハッとして『教授』に目を向けた二人。


 そこには全身から、小さいレンズを先端につけた端子を、肩から、下腕部から、背中からせり出している『教授』がいた。


「飽和攻撃だ。

 お坊ちゃん、君はどこまで持ちこたえられるかな?」


 全身の端子が光る。


 そこから光線や光弾が、一気に三人へと襲い掛かってきた。

 猛烈な勢いの光の束は、コムのフィールドと真っ向からぶつかり、光の渦となって応接室全ての物を明々と輝かせる。


「コ、コム! 本当に持ちこたえられるのか!?」


 不安げな表情でエドガーが叫んだ。

 隣の伯爵も眩さに顔をしかめているが、表情にはそこはかとない不安が見て取れる。


 コムはじっとフィールドの出力を調整し、『教授』の攻撃を受け止め続けた。


「どうしたね? お坊ちゃん。

 どうも、そのフィールドは出力が弱まっているようだが?」


 攻撃の手を休めることなく、『教授』はコムを挑発してきた。


「弱まってますが、もう十分です。

 あなたの負けは確定しました。

 あと、その呼び方は好きじゃないんですよ、『教授』。」


 その言葉が発せられた瞬間、ベランダを何かの影が横切った。

 幾筋もの光線を防ぎながらもさながら疾風のごとく、その人影は一息に『教授』の目前へと飛び込んでいく。


「貴様はっ!?」


『教授』は懐に飛び込んだ者の顔を見た。


 光に輝くアッシュグレーの髪、怒りに燃える琥珀色の瞳。

 レオンハルト・フォーゲルだ。


 レオンハルトは無言で魔導球(サーキットスフィア)を展開し、拳に乗せ『教授』へと叩きつける。

 瞬間、『衝撃』の魔法が発動し、『教授』の身体を大きく揺さぶった。


 大きくよろめく『教授』に向けて、レオンハルトは無表情に言い放つ。


「貴様が何体いようが関係ない。

 まずはここにいる貴様を潰す。」


 言葉が終わったその直後、レオンハルトの姿がかき消すようになくなった。


 猛スピードでのジャンプと、空中での鋭い起動変化。

『神速』と『天翔』を組み合わせた、何者にも読み難いアクションでレオンハルトは再び魔法を蹴り足に乗せ、『教授』へと一撃を見舞う。


(コム。)


 レオンハルトの声がコムの思考回路に届いた。


(フィールドの機能回復はどれぐらいかかる?)


(およそ三分です。)


(解った。恐らく奴は……。)


「何か企んでいるのかね?」


 わずかに鈍った攻撃の隙を突いて、『教授』が反撃に出た。

 右拳、左拳の連撃から始まり、回し蹴りからの足刀、躱した先を読んで続けられる攻撃と、その攻撃は、先ほど戦った三体の物と比べても遜色ない鋭さと速度を誇っている。


 レオンハルトの表情が一瞬曇る。


「どうしたね?

 何やら顔色が優れんぞ? レオンハルト君。」


「くっ!」


 出足の鈍ったレオンハルトの攻撃を、『教授』は難なく躱していく。


「レオンハルト君、疲労を引きずったままの連戦はいかんよ。

 このままでは負けてしまうよ?」


 嫌味をふんだんに臭わせて、『教授』がレオンハルトへと言葉をかける。


 攻撃の応酬を、双方互いに躱し続けているものの、レオンハルトの動きはどこか鈍く、じりじりと追い詰められているようにも見えてくる。


「コム……これが、最善の策なのか?」


「心配はご無用です。

 今は仕上げに入っていますから。」


 コムは顔だけをくるりと後ろへ回し、エドガーを安心させるように言った。


「いかん!!」


 伯爵の切羽詰まった声が響く。

 その視線の先には、『教授』の振り下ろした手刀を、辛うじて左手で受け止めるレオンハルトの姿があった。


「ここからどうするね? 大魔導士殿。

 逆転の秘策はあるのかな?」


 ギリギリと力推しで義手を破壊しようとする『教授』。

 歯を食いしばってそれを防ぐレオンハルト。


 だが、その右手には蒼い光が宿っている。

『教授』はそれに気づくのが遅すぎた。

 レオンハルトの左腕が手刀をいなし、右拳が鳩尾に突き刺さる。


『轟雷』。


 青白い稲妻が周囲を焼き、教授の全身に猛烈な電流が流れた。


 過負荷が回路を焼く。


 膝から崩れる『教授』に対し、レオンハルトは再び接近し『轟雷』を発動した。

 半ば憎悪に近い表情を見せ、レオンハルトは非情に魔法を繰り出していく。


『教授』の動きが止まった。


 レオンハルトは続いての魔法を準備する。

 その紋は『穿孔』。以前、コムが謎の能力で放ったものと同じだ。


 レオンハルトの顔がわずかに歪む。疲労がピークに達しているのだろう。


 集中が途切れかけ、魔導球の練成に揺らぎが生じている。


 不意に『教授』が体を起こした。

 その右胸の装甲の隙間から妙な光が漏れ出ている。


「レオンハルト君。君の負けだよ。

 この位置関係で君が避ければ、後ろの二人は黒焦げだ。」


 右胸の装甲が開き、大ぶりのレンズがギラギラと輝いている。


 レオンハルトは急遽魔法を『防壁』に切り替え、発動させた。


 その直後、『教授』の右胸から、極限まで輝きを圧縮させた光線が放たれた。

 レオンハルトが発動させた『防壁』をも飲み込み、その光線は後ろの三人へと襲い掛かっていく。


「勝ったかな?」


 もうもうと立ち込める煙の向こうを見据えて、『教授』がつぶやいた。


 その煙の中から人影が飛び出してきたのを、その顔のレンズが捕らえた瞬間、凄まじいまでの衝撃が

『教授』の頭部を襲う。


 人影からの攻撃は止まらない。

 全身の駆動関節を破壊するかのように、『衝撃』の魔法を駆使して拳と蹴りが繰り出されていく。


 最後の一撃が胴体に突き刺さり、一際大きな『衝撃』が叩きこまれた。

『教授』の身体は大きく吹き飛ばされ、背後の壁を壊し、薄暗い廊下の壁にまでひびを入れて叩きつけられる。

 一通りの攻撃を終えたレオンハルトは肩で大きく息をさせながら『教授』へと言葉を投げかけた。


「貴様が最終的に、その胸部の光線砲に頼るだろうことは読んでいた。

 こちらが全力を出し切れない演技をすることで、コムのフィールド機能が十分回復するまでの時間稼ぎを目論んだのだが、見事に乗ってくれたのは感謝する。」


 さらに魔法を発動し、止めを刺そうとするレオンハルトに向け、コムが一際大きな制止の声を上げた。


「いけません! それ以上はもちませんよ!!」


 魔法の練成を解除するレオンハルト。その鼻孔からは鮮血が滴り落ちている。

 それと同時に極度の疲労が彼を襲い、大きくふらついて一歩後ずさる。


 瓦礫の崩れる音が遠くで響いた。


 音の方へと目をやると、よろよろと立ち上がる『教授』の姿が見える。


「あれでも……まだ斃れないのか?」


 エドガーが恐怖の色を湛えた声でつぶやく。


 レオンハルトは再び臨戦態勢を取るも、その構えはどことなく隙が多い。


「まだやれる、という意思表示かね?

 しかし、今回は私もここまでのようだ。

 だが、戦闘経験は積ませてもらった。

 次は負けんよ? レオンハルト君。」


 それだけ言うと、『教授』は再び膝をついた。

 そのまま倒れ込むと同時に爆散した人形(ひとがた)を見た伯爵が、ようやく安堵のため息をつく。


 その後ろのベランダでは、父を呼ぶエドガーの声が響いていた。


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