ベルセンの攻防
ベルセンの城は混乱の只中にあった。
急峻な山が天然の城壁となっていたはずのこの山城に、空から侵入した一体の人形が城門の大閂を開け、その跳ね橋を下ろしてしまったのだ。
なだれ込む敵を抑えるのに精いっぱいの警備兵たち。
それをしり目に、人形は獲物を見つけようと躍起になっていた。
「どこかね、公爵閣下。
ランドルフ・カウフマンが挨拶に来たのだが?」
大声を出しながら城内を練り歩く『教授』。
時折現れる警備兵には一瞥することもなく光弾を見舞い、正確に頭を吹き飛ばしては、また進んでいく。
やがて城の中央にある執務室に辿り着き、そこにいたザウアーラント公爵をとうとう視界に捕らえてしまった。
「やあやあ、閣下。
ご無沙汰しておりましたな。」
喜びに満ちた声を出して室内へと入る『教授』に向け、公爵は大喝を飛ばした。
「貴様……カウフマン!
どの面下げてここにやってきた!?」
「この面でございますよ? 閣下。
いや、顔かな? それとも仮面とでも言いましょうかな?」
まるでニヤニヤ笑いが透けて見えるような言葉を発して、人形はさらに近づいてくる。
憤怒の表情を崩さぬ公爵の横には、冷徹な表情のフリードリッヒ伯爵がいた。
「おや、お珍しい。
まさか大公殿下の懐刀がこんな場にいるとは。
いよいよ鞍替えのおつもりでしたかな?」
「ランドルフ・カウフマン。
君ほどの才能を持った男が、人としてここまで腐り切っていたと見切れなかったのは、全くの不覚だった。
殿下に報告し、君を学術院から永久除名するよう進言しておく。」
「それはどうも、ご丁寧に。」
冷たい響きの声を投げかける伯爵に向け、やはり下卑た笑みを思わせる声音の言葉が返される。
さらに歩み寄る教授。
その身が部屋の中央に来た瞬間、ガラガラガラッ! という凄まじい金属音が轟いた。
気づいた『教授』が急ぎ天井を見上げる。
その視界には、猛スピードで迫りくるシャンデリアがいっぱいに広がっていた。
ガラスの割れる音、金属が叩きつけられる音が一気に共鳴し、耳をつんざく轟音となって、部屋の中にいた全員に襲い掛かる。
「やったか?」
部屋の片隅でシャンデリアの鎖を握っていたエドガーがボソリとつぶやいた。
「いえ、ダメです。
一時的にダメージを与えて動きを止めたに過ぎません。
急いで場所を変えましょう。」
コムの言葉に従ったエドガーと共に、公爵と伯爵は部屋から脱出する。
シャンデリアの下では、『教授』が立ち上がろうともがいているのが見えた。
「コム、君の言う秘策って言うのは、どんなものなんだ?」
周りを気にしつつ移動するエドガーが、コムに尋ねた。
「もう手は打ちました。あと少しだけ待ってください。
応接室へ急ぎましょう。」
コムに促されるまま応接室へ向かう一団。
遠く執務室では、再び金属とガラスが作る耳障りな不協和音が鳴り響いていた。