誤算
「先回りとは……誤算でしたね……。」
シュヴァルベがつぶやくように言った。
その隣には、件の隊長が両手剣を地面に突き立て、苦い顔をしている。
「已むを得ん。自分が打って出る。」
「よろしいのですか? 隊長殿。」
「人形どもがあの有様では、全滅は必至だ。
せめて生き残った部下の退路だけは確保する必要がある。」
隊長はそう言うと、大地に突き立てた剣を抜き、猛然とヒュウガに向けて駆け出していった。
シュヴァルベも覚悟を決めたような顔を見せ、そのまま隊長に続き駆けていく。
三人目の敵に止めを刺そうとするヒュウガに向け、隊長の大振りながらも鋭い刃が振り下ろされる。
その一撃に対して瞬時に反応し、大きく間合いを離すヒュウガ。
「手前ぇは!?」
「『リューガーの亡霊』実働隊長、エドヴィン・ゲイツ!
狼よ! この名を貴様の拳に刻め!!」
一足飛びに間合いを詰めるエドヴィンに向け、やはりヒュウガもひと息に相手に向けて飛び込んでいく。
握りしめた拳をエドヴィンに向けて繰り出すも、その一発は幅広の刃の腹に阻まれた。
続いての後ろ回し蹴り。これもまた、手甲で受け止められる。
「やるじゃねぇか、隊長さんよ。
俺の連撃、まともに受けるたぁ、なかなかだ。」
「名乗るがいい、狼!」
「『影の兵士隊』十五番隊隊長、ヒュウガ・アマギ……推して参る!!」
「刻んだぞ! その名!!」
刃と拳の応酬が始まった。
大樹をも切り裂かんとする大剣の一撃を躱すヒュウガ。
岩をも砕かんとする拳の一撃を受け止めるエドヴィン。
一進一退の攻防が続く中、ミナトもまた、別の敵を相手取らねばならなかった。
シュヴァルベだ。
「牡牛のミーナ。相手は私です。
お覚悟、よろしいか?」
「構わないさ。
今度は最初から全開でいかせてもらう!」
大斧の『回路』が輝き、『神速』の紋を浮かべる魔導球が展開された。
シュヴァルベの側もまた、タイピンに埋め込まれた『回路』が輝き、『神速』の紋を持つ小規模な魔導球が展開される。
収斂、そして発動。
二人の動作が一気に加速され、まるで映像の早送りが行われたような動きを見せ始めた。
シュヴァルベの細身の刺突剣がミナトの喉元を狙うが、ミナトはそれを斧の柄で受け止めて弾く。
弾いた勢いでスパイクからの逆袈裟と、ミナトの連撃も冴えている。
互いが互いに譲らぬ戦いの中、その場に居合わせた人間全ての脳内に、レオンハルトの声が響いた。
『ベルセンの城に連中が現れたそうだ。
至急救援に向かう! 二人とも問題は!?』
ヒュウガが渾身の拳でエドヴィンを押し戻し、答える。
「コッチは問題ねぇ。」
ミナトはシュヴァルベをスパイクで牽制しながら、やはり同じく答えてきた。
「あたしも大丈夫!
それより急がなきゃダメなんじゃないの!?」
再びレオンハルトの声が頭の中に響く。
『では、頼むぞ!
二人とも、決して死ぬな!!』
その言葉と共に、蒼い光がレオンハルトを包み込んだ。
『転移』の発動。
そのままその姿は何処かへと消え去っていく。
「完全な誤算だ……。」
間合いを取りつつ、両手剣を正眼に構えるエドヴィン。
その口から、弱音とも思える言葉が漏れた。
「貴様たちが我々の先を取れるとは考えが及ばなかった。
やはり機械の報告があったからか?」
「それもあるさ。」
ヒュウガは再度拳を固め、そのつぶやきに答える。
「だが、後は皆偶然よ。
たまたま俺らが早かった。それだけだ。」
「成程な……。」
そうつぶやいたエドヴィンは、剣を下段へと構え直し、ヒュウガに向けて突撃してきた。
大剣が大きく跳ね上がりその顎を狙う。
だが狼は、それをバク転で躱しつつ、蹴りによる攻撃へと転化させる。
蹴り足がエドヴィンの顎をかすめ、体が崩れた。
ヒュウガはそれを見逃さず、攻めに転じる。
左右の正拳による胴体への連撃。首筋を狙う鋭い蹴り。
虚実を入り乱れさせることで、狙いを絞らせず、必殺の一撃を狙うヒュウガ。
それを刃の腹と手甲とで見事に捌いていくエドヴィン。
(ちっ……このままじゃ千日手だ……。)
ヒュウガの胸の内に焦りが生まれつつあった。
「どうした? 狼。
焦りが見えるぞ?」
エドヴィンが余裕の笑みを浮かべてきた。
「へっ、ここからが本番よ。
手前ぇにコイツが見切れるか?」
ヒュウガの呼吸が変わる。気功術特有の呼吸法だ。
「来るか!?」
笑みを消し、気迫を込めてヒュウガを睨みつけるエドヴィン。
(勝負は一撃だ!!)
視界から消えたようにも見える速度で、一気に詰め寄るヒュウガ。
そのまま、必殺の『気』を込めた掌底を胴体に叩きつけた。
「ぐうっ!?」
その一撃を耐え切ることができず、膝から崩れるエドヴィン。
だが、一撃を見舞ったヒュウガもまた、大きく肩で息をしている。
「見事だ……狼……っ!!」
血がごぷっと、エドヴィンの口から漏れた。
ヒュウガの掌底は、外傷を伴わない。
代わりに大きく内臓を損傷させるものだ。
彼の操る気功術もまた、人間相手ではなく、人外の敵――魔獣を相手取るためのものなのだろう。
「そのままじゃ辛ぇだろう?
トドメはいるかい?」
息を整えたヒュウガが、座り込むように崩れているエドヴィンに尋ねる。
「なれば……我が剣で頼めるか、狼よ……。」
「わかった。」
それだけ言うと、ヒュウガはエドヴィンの剣を手にし、その喉元を掻き切った。
「姫君……お許しあれ……。」
エドヴィンはそれだけ言うと、涙を流しつつ逝った。
遠くでは、残った二人の兵が山の斜面を駆け下っている。
恐らく連中は、相当の痛手を負ったはずだ。
ヒュウガの胸中には、その確信があった。
強く、そして揺るぎない確信が。