焦燥
「妙だな……?」
草むらの陰から洞窟の入り口の様子を窺うヒュウガが、ボソリと漏らした。
確かに入り口付近で動いている人影はない。
レオンハルトは真剣な眼差しで、魔法を展開した。
数秒の後、レオンハルトは口を開く。
「今、『探査』の魔法を使用した。
周囲五十クラム四方に人の気配なし。
全くもって不可解だな……。」
「これってチャンスじゃない?
一気に遺跡まで入っちゃえばいいよ!」
ミナトがニコニコ顔で提案する。
「どうするの? レオン。
もたもた考えている暇はなくてよ?」
エレナがレオンハルトに決断を促す。
だが、その言葉はどことなく苛立ちを感じさせる節がある。
「よし、遺跡まで突入する。
一回、遺跡内で休息を取り、連中を待ち受けよう。」
「先は俺だ。
ミーナ、殿は頼むぜ。」
「了解。」
そう短くやり取りを行うと、ヒュウガが周囲を注意深く観察しながら草むらから姿を出した。
続いてレオンハルト、エレナ、ミナトと洞窟へ向けて足を踏み出していく。
周囲には何も異常は見られない。レオンハルトの『探査』の結果通りだ。
洞窟にたどり着き、中に入ってもなお、何の気配も感じられない。
「なあ、コムの奴が嘘をついたってのはないよな?」
周囲を探りながら洞窟を進むヒュウガがレオンハルトに尋ねる。
「それはないな。
あいつは冗談は言っても嘘はつかない。
それに先遣隊がいるなんて嘘をついてどうなる?」
「じゃあ、どうして連中はいないんだろう?」
ミナトの言葉に再びレオンハルトが答えた。
「部隊の展開が間に合ってないのかもしれんな。
そう考えると連中の規模は予想以上に小さいのかもしれんぞ?」
そんなやり取りを三人が行っている中、エレナだけが黙々と洞窟を進んでいる。
やがて突き当りの空間で、遺跡の扉が露出している箇所へ到着した。
「さて、コムの仕事ぶりはどうだったか……。」
操作盤のコネクタに、レオンハルトは万年筆大の解錠装置を接続する。
ほどなくして、ロックが外されたことを示す『ピーッ』と言う電子音が鳴った。
泥だらけのパネルが赤から緑に点灯し、解錠の成功が確認された。
「よし。急いで中に入ろう。
今度は俺が殿になる。」
開け放たれた扉に滑り込む三人。
レオンハルトは魔法を使い、周囲に何者もいないことを確認してから、遺跡に入り扉を閉じた。
施錠もまた器具を使ってのもの。つまりは、コムの施錠と同程度の鍵暗号という事だ。
「これで一安心か?」
一息ついてつぶやいたヒュウガの声に、レオンハルトが答えた。
「いや、管理室まで向かう必要がある。
中にいる警護を黙らせておかないといけないからな。」
レオンハルトの言葉を聞いたミナトが言う。
「じゃあ奥に行かないと。
場所はわかるの?」
「大体の構造は既に頭に入っている。
あとは突発的な事態がないことを祈るしかない。」
「早く行きましょう。
のんびりやっているのは、どうも御免だわ。」
妙に急かすエレナに対し、レオンハルトは違和感を感じた。
彼女はもっと冷静で、性急な判断は下さないはずだ。
にも関わらず、今回の件に関しては苛立だしげな様子を隠そうともしない。
何が彼女の癇に障るのか、それが変に気にかかる。
「どうした? レオン。」
「いや、彼女の苛立ちが妙に気になってな……。」
「女にはそう言う日があるのさ。
知っとかないと、後々面倒だぜ?」
ニヤリと笑いながらレオンハルトに耳打ちするヒュウガ。
だがレオンハルトは、ヒュウガが言うような事とは全く別の、何か不気味な不安を感じとっていた。
言い知れぬ、ドス黒い不安を。