ザウアーラント公爵
昼下がりのテラスにて、二人の人間がゲームに興じていた。
立体の駒を利用し、平面の盤上で戦略の腕を競うゲーム。
我々の言う所のチェスに近いゲームを、この世界では『リーグ』と呼び、幅広く親しまれている。
このリーグの先手は、現ザウアーラント公、アウグスト・ザウアーラント公爵。壮年の偉丈夫で、武に通じる豪胆な人物と評されている。
後手は、エーデルハイド・フリードリッヒ伯爵。時折あくびを何とかかみ殺しているところを見ると、どうやら少々急ぎの旅だったらしい。
二人は静かにお互いの手をやり取りしている。
時折、駒を取り合ったりもするが、まだ盤面は序盤。優劣は付け難い。
「御足労だったな、伯爵。」
駒を一手動かして、公爵が言った。
「いえ……しかし急なお呼び立てには驚きました。
して、用向きは一体?」
伯爵は公爵の顔を少しばかり窺うと、自分の一手を進める。
「息子の事だ。」
公爵の手に迷うところはない。まっすぐに、そして一直線に攻めてくる。
伯爵はその攻め手をどう受け流すかを考えつつ、次の言葉を選んだ。
「ご子息の事、とは?」
「卿に預かってもらいたい。
そして、儂にもしものことがあった時は後見人になり、十分な年になるまで見守ってもらいたいのだ。」
「お待ちください、閣下。意味が理解できかねます。
一体何がどうなっているのか……。」
伯爵は戸惑いを隠すことなく、公爵へ疑問をぶつけていく。
それに対し、公爵はゲームの手を止め、テーブルに手をついて頭を下げた。
「頼む。卿にすがるしかないのだ。
儂の命が狙われているのは知っている事と思う。」
「オルセン公……アルバーン公……確かに、次は貴方だと言われていますな。」
伯爵はあえて歯に衣着せぬ物言いをする。
どうやらここは本音を出すべき時だと判断したのだろう。
公爵は、伯爵のその言葉を聞き、逆に安心したかのように話し始めた。
「ああ、そうだ。
事実このベルセンの城もすでに包囲されているようだ。
備蓄などを考えた場合、守りきれても三ヶ月。同時に儂の命脈も絶たれる。」
公爵はテラスから部屋へと入りつつ、さらに言葉を続けた。
「その前に息子だけは何とかしたい。
既に母もなく、父一人、子一人のこの家だ。
儂の命などくれてやってもいい。
それに、十六になった息子なら、あと少しでこの家を任せられるだろう。
だからこそ、息子だけは何とか生き永らえさせたいのだ。」
「お預かりすることに異論はございません。
ですが、後見人となると話が難しくなりますな。
何分閣下と大公殿下は犬猿の仲だ。」
伯爵は部屋に入ってガラス戸を閉める。念を入れてカーテンまで閉じ、公爵の元まで歩み寄っていく。
「だからこそ、卿にとりなしを頼みたいのだ。
過ちは儂が起こしたことであり、息子は関係ないと、そのようにな。
我ら三公爵は既に敗北しておる。
斯様に厄介な敵を作ってしまった時点で、敗北しているのだよ。
だからこそ、ザウアーラントを絶えさせぬ手を講じなければならぬ。
卿には悪いが、しばしここに逗留し、是非を聞かせてくれ。
無理強いはせんが、良い返事を期待させてほしい。」
公爵はそう言うと、執務机に拳を乗せ、改めて頭を下げた。
傲然とした態度で名高いザウアーラント公がここまで追い込まれている。
その事実に伯爵は戸惑いを隠せない。
返答を即座に返したい気持ちを抑えつつ、どうするべきか思案を重ねているところに、ノックの音が響いた。
公爵の誰何の声に応えて大ぶりの扉が開き、そこから老執事が書簡を持って公爵の元まで小走りで駆け寄ってくる。
書簡を見た公爵は、大きく安堵のため息をつき、椅子へドサリと腰を下ろした。
「どうなさいました? 閣下。」
「少なくとも望みが持てた。
魔導士殿の協力を取り付けられたのでな。」
笑みを漏らしつつ答える公爵へ、執事が問いかけた。
「結構なことでございます。して、その助力の方はいつこちらへ?」
「もう着いてますよ。」
この声と同時に、コムが三人の頭上に姿を現した。
その場に居合わせた者全てが呆然としたのは、言うまでもない。