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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第十四章-兆候
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温もり

 検問所の通過は、結局三日待つ事となった。


 その間、中央の人間が代理の執政官として赴任する旨が通達されたり、国軍の派遣が行なわれたりと、政治面ではドタバタ騒ぎが続いていた。


 レオンハルトたちは人がある程度捌けた三日目に列へと並び、関所の通過を願い出る形にしたのだが、その際にレオンハルトたちの手形が、大公による『通行御構いなし』のものだったことが功を奏した。


 さすがに帝国でも一、二を争う権力者の署名が入った手形だ。署名を見た瞬間、検問所の職員の背筋が一気に伸び、緊張の面持ちで三人を見送ったほどだったのだから。


 ヒュウガはヒュウガで軍の指令書を手形代わりに使い、全員大きなトラブルもなく、ザウアーラント領へ入ることができた。


「問題の遺跡まではどれぐらいで着けるんだ?」


 歩きながら進んでいく途中、ヒュウガが急に尋ねた。


「一日あれば十分だ。

 ただ、ヴェルミナの遺跡自体は街道を大きく外れているから、できるだけ近隣の村か何かに逗留したい。心当たりはないか?」


「確かあの辺りは農村部ね。

 宿なんかあるか解らないわよ?」


 返答したレオンハルトの言葉に、エレナが反応する。

 レオンハルトはその言葉を聞いて考えた。


「どんなとばっちりがいくか解らん。

 民家に宿を頼むのは避けたいところだな。

 少し離れても街道沿いの宿をとるか、それとも野営か……。」


「野営はご勘弁ね。

 休んだつもりにしかならないわ。」


「けど今度の遺跡って、街からは結構どころかかなり離れているよ。

 遺跡ってこの山の上だよね?」


 そう言うと、ミナトは広げた地図の上にある×印を指さした。


「登山のことは考えなくていいとしても、一番近い街道沿いの街からは、およそ十五ロークラム。魔法なら一気に跳べるかもしれないけど、その分損耗を考えなきゃいけない。

 今度『教授』が襲撃してきたら、レオンが軸になって戦わなきゃならないんだから、その辺は留意しておかなきゃ。」


 地図を折り畳みながら、ミナトは滔々と自説を述べる。

 ヒュウガは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を見せ、ミナトの顔を見つめていた。


「なにさ?」


「あ……いや、お前ぇさん、結構考えてるんだな?」


「頭の悪い傭兵は、買い叩かれますから!!」


 レオンハルトとエレナは苦笑いを見せつつ、二人のやり取りに割って入った。


「まあ、なんにせよ、だ。

 まずはヴェルミナに最も近いアーカナスに向かおう。話はそこからだな。」


 そう言うと、レオンハルトは近くに人のいない開けた場所がないかを探す。


 おあつらえ向きの場所は、すぐに見つかった。


 そこから一気に数ロークラムを一気に跳ぶ。


 現れては跳び、跳んでは現れるを数たび繰り返したところで、レオンハルトは一気に消耗を感じた。


 頭の芯が熱くなるような感覚。頭痛と眩暈、わずかな嘔吐感。

 それらが一斉に襲ってくる。


 抑える方法は、休息をとる以外ない。


 レオンハルトは周囲の警戒をコムに託し、ボソボソした携帯食を一包みかじり、多めに水を飲んで横になった。


「あ、膝枕してあげるよ。」


 ミナトが急に思いついたらしく、レオンハルトに言葉をかける。


「いや……それは……。」


 レオンハルトは身体をわずかに起こしながら、ミナトの申し出を断ろうとしたが、ヒュウガの視線を感じ、考えを変えた。


「……じゃあ、頼もうか。」


「うん!」


 愛嬌たっぷりの満面の笑みを浮かべ、ミナトが草原の木陰に静かに座った。

 その膝にレオンハルトは頭を乗せ、ゆっくりと深呼吸する。


 不意に、レオンハルトの髪がサラリと撫でられた。


「どう、落ち着いた?」


「あ、ああ……まあな。」


 ミナトが髪を撫でながら、優しく尋ねる。


 レオンハルトの中に戸惑いが生まれ、そして深い場所にあった思い出が蘇った。


 かつて母に膝枕をしてもらった記憶。


 わずかに残っている、温かな、そしてかけがえのない記憶。


 レオンハルトの眦から、涙が零れ落ちた。


 俺が最後に人のぬくもりを感じたのはいつだったのだろう、と自問する。


 考えれば考えるほど、涙が零れて止まらない。


 それを見たミナトは、大慌てでレオンハルトに声をかけた。


「どうしたの!? なにかまずいことした!?」


「いや……いや、違うんだ……。

 昔のことを思い出して、つい……な。」


 その言葉を聞いたヒュウガは、哀しげに目を伏せる。

 エレナも複雑な表情で目を背けていた。


 そんな中、ミナトは優しい中に哀しい響きのある声で、ゆっくりとこう言った。


「今はここにあたしがいるから。

 少しだけでいいから昔は忘れよう?」


 優しく微笑むミナトの顔が、レオンハルトの琥珀の瞳に映る。


 その時、レオンハルトの中で常に心を縛り付けている縛めが、わずかにだがほころんだことを、彼は感じていた。


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