不信
「レオン、起きてるか?」
深夜、宿の一室で、ベッドへ横になっているヒュウガが、隣のベッドで寝ているレオンハルトへ呼びかけた。
「なんだ、こんな夜中に。」
意外にもあまり眠そうでない声でレオンハルトが返答する。
「お前ぇ、今日のシチューどうだったよ?」
「そのことか……『青龍亭』の味に近い、良い味だったじゃないか。」
探るようなヒュウガの声。それに対して、どことなくうんざりした声でレオンハルトは答える。
それを聞いたヒュウガは間髪入れずに一言言った。
「おかしいぜ、お前ぇ。」
「ん?」
「俺は、使ってる羊肉が『青龍亭』と同じだってコトを言いたかった。
味はまるで別モンだったぜ?」
レオンハルトからの言葉は返ってこない。
ヒュウガはムクリと起き上がり、レオンハルトへと向き直った。
「前から思ってたが、なんか妙だぜ?
お前ぇの顔はそんな感じだったか?
技にもキレが見えねぇところがある。
そして今日だ。
何かあったんなら教えてくれ。
俺とお前ぇの仲だろう?」
レオンハルトはヒュウガに背中を向け、横になったまま答えた。
「今の俺には味覚がない。
二年前に大きな事故に遭ってな。
ある方法で生き永らえた。」
「義手もそれか?」
「そう考えてくれて構わん。」
「じゃあ、その方法ってのは?」
「それは……言えん……。」
「そうか……お前ぇがそう言うんじゃよっぽどだな。
ま、これ以上は突っ込まねぇ。
だがな、ミーナを邪険にはすんなよ?」
「なぜミーナが出てくるんだ?」
「アイツはお前ぇに惚れている。
気づいてないとは言わせねぇぜ?」
「やはり、そうか……。」
静かなやり取りの後、沈黙。
深夜ともなれば、外からの音も全く入ってこない。
ヒュウガは、ドサリと再びベッドに倒れこみ、誰に言うでもなくつぶやいた。
「アイツぁイイ女だ。腕も立つし度胸もある。
そのクセ、女を捨てていないところもあるし、愛嬌もある。
ま、もうちっと女を思い出してくれりゃ満点だったな。」
「お前なら幸せにできるんじゃないか?」
レオンハルトは、やはり背を向けたまま、ボソリと言った。
「幸せってのは、一方通行じゃ実らねぇもんさ。
だから、お前ぇには気づいてやってもらいたかった。
互いに想い合っているんなら、それが一番幸せだろう?」
「だが、俺は……。」
レオンハルトは最後の言葉を飲み込むようにして黙り込んだ。
しばらくの間、ヒュウガはその後の言葉を待ち続けたが何も言葉は返らない。
「レオン……寝たのか?」
やはり言葉は何一つ返ってこない。
ヒュウガは釈然としない表情のまま、シーツに潜り込んだ。
月明かりは煌々と街の中を照らしている。
検問所では多くの人が列を作って、開門を待っていることだろう。
そのことを考えるたび、ヒュウガの胸の内にテロへの怒りの火が燃える。
だが果たして、隣で寝ている友はどうなのだろう?
昔と同じように自分と同じ怒りを燃やしてくれるのだろうか?
そんなことをぼんやりと考えていくうちにヒュウガもまた眠りについていった。
ここにいる友が、果たして何者なのかを、わずかに疑いながら。