学術院支部
「報告を。」
「承知しました。」
学術院フルシエン支部。
各々の学術院支部には映像、音声付きで情報を送受信できる機械が据え付けられている。
これは支部、本部間だけでなく、支部間同士でも繋げられ、軍部でも同様に使用されている。
当然、遺跡の中から発掘された遺物であり、復元を担当したのはレオンハルトの師である前任の学部長、ヤン・ローデンヴァルトだった。
遺物の内部で、何がどのように動くか解らなくとも、どんなエネルギーを注ぎ込めばいいのか、そしてどのように操作すればいいかさえ解れば、機械は扱える。
そしてそれを実現しているのが、『回路』の存在だ。
この精細精緻にしながらも容易に複製できる仕組みが存在することによって、ブラックボックスはブラックボックスのまま稼働と運用が可能となっているのだ。
レオンハルトはその機械を利用し、学術院本部のディアナ・カーライルに報告を始めた。
「現在のところ、予定に遅れは出ていません。
むしろ前倒しで進めているところです。
ただ、クラレスにて想定外の事態が発生しました。」
「アルバーン公の殺害とテロ組織についての報告は既に受けています。
なんでも人形と交戦したとか。」
「はい。戦闘用に調整された人形です。
今まで全く類を見なかったものでした。」
レオンハルトの言葉にも学院長の表情は動かない。
普通ならば、その様な人形が出現したと報告されれば、少なからずの動揺があるはず。
にも関わらず、全く動じないこの相手に、レオンハルトは妙な違和感を感じた。
「時にその人形は破壊できたのですか?」
「破壊はできましたが、最終的には自爆して証拠は残りませんでした。
もう一体存在を確認したのですが、そちらは破壊を確認できておりません。
さらにもう一つ問題が。」
「なんです?」
「あの人形は自らをランドルフ・カウフマンと名乗りました。
明言はしておりませんが、そのように仄めかしております。」
「ほう。」
再び違和感。
レオンハルトはそう感じた。
教授が生きている、いや、かも知れないという事実だけでも、目の前に突き付けられたら、彼女の立場上驚かなくてはならない。
なにせ、死んだはずの人間が蘇ったのだ。
さらに言うなら自らの部下、それも自らの権限で弾劾した相手なのだから、わずかでも何かしらの反応があっておかしくはない。
だが、レオンハルトはそれを無視してそのまま報告を続けた。
「またクラレスの遺物については件の人形によって、全壊させられました。
故に、遺物の調査、報告は不可能、遺跡の封印のみとさせていただきました。
問題は?」
「いえ、それで結構。
ヴェルミナはどうか?」
「現在ヴェルミナに向かう直前のフルシエンで足止めを受けております。
ただ、斥候を命じたコムからの報告では、組織の先遣隊と遭遇したとの事。
そこで一つ要請したいことがあります。」
「何か?」
表情を変えることなく、レオンハルトの言葉を聞く学院長。
レオンハルトは学院長の様子を注意深く探りながら、要請の内容を口にした。
「ザウアーラント公へ警戒を強めるよう、早急にご連絡いただきたいのです。
場合によっては、軍の中でも特殊な能力を持つ人間に警護を頼めれば……。」
「それはできません。」
まさに言下。全ての言葉を許すことなく、学院長はレオンハルトの言葉を遮るように不可の判断を下した。
レオンハルトはそれに対し疑問を呈する。
「何故です?」
「ザウアーラント公への呼びかけは行います。
ただ、公も既に何らかの手は打っているでしょうから、無駄弾になるのは致し方ないでしょう。
しかし、軍の警護は許可できません。
国軍を動かすのは、飽くまでも皇帝陛下の勅命をもってのみです。
私の一存でどうにかなる問題ではないのです。」
「解りました……。」
筋は通っている。だが、何か違和感がある。
ザウアーラントは三公爵の中でも、最も反体制的な態度を示し、時には皇帝の命にすらも反発することが見られる。
それを考慮に入れれば、確かに国軍まで動かす必然性はないのだ。
今この状況は、自らの手を汚すことなく政敵を粛清できる最大のチャンスでもあるとも言える。
この件をあえて皇帝へと上申せず、手の内で握り潰せば、ザウアーラントの命運はもはや尽きたも同然と言えるだろう。
「フォーゲル君。貴方が何を求めているかは察しているつもりです。
しかし、全てが全て、貴方の思う通りの理想が通じる訳ではない。
それを理解なさい。」
「ご忠告、感謝します……。」
「報告は以上か?」
「はい。現在のところは。」
「では。」
短くそう言うと、学院長は回線を切った。
レオンハルトは椅子に深く腰掛け、天井を仰ぎ見る。
大きくため息をついた時、コムが視界に入ってきた。
「やはりダメでしたね。」
「仕方ないさ。政治劇については、自分は門外漢だ。
だがその利害によって、多くの人々が苦しむようでは、何のための政治か理解できなくなる。」
レオンハルトは左手を掲げ、手を開いたり閉じたりをゆっくり繰り返す。
「力はあっても、奮う場所がない……か。」
ぼんやりと天井を眺めるレオンハルトの脇で、コムがゆったりと浮かんでいる。
だが、その目が一瞬青く輝いていたことを、レオンハルトは気づかずにいた。