地下室
「報告を。」
「はっ。」
ランプの灯り一つ。暗い地下室に、女の声と男の声が響く。
上座の椅子に座る女の顔は暗闇に隠れ、よく解らない。
だが彼女の相手をする男の声は、間違いなく『リューガーの亡霊』、その実行隊長のものだ。
「ザウアーラント公への包囲網は完成しつつあります。
ただ、ヴェルミナの遺跡については確保に失敗したとの事でございます。」
「投入人員は?」
「現在投入できる予備兵も投入し、包囲網には五十人規模。
ヴェルミナの警護には四十人を考えております。」
「ヴェルミナの確保に失敗したとあったが?」
「はっ……申し上げにくいのですが、考えられない邪魔が入りました。」
「どういうことか?」
「レオンハルトに付き従う小型の機械が遺跡を施錠したらしく、解錠の機械が通用しませんでした。
また兵からの報告には、その機械が魔法を使用し、『教授』を完全に破壊したとの事。」
「機械が魔法に似たことを行なうのは今に始まった事ではないが?」
「いえ、魔法です。
魔導球の発動を確認したと、明確に返答しております。
さらにその機械は、あの女を『姉さん』と呼んだとか。」
わずかな間、静寂が場を包んだが、すぐに女の声がそれを破った。
「姉さん? どういうことかしらね……。」
「いかがいたしましょう?」
女はさらに考え、結論を導き出した。
「包囲網にもっと人員を割く。
こちらには『教授』という切り札がある。
ザウアーラントを取り逃さぬよう絶対の包囲を敷いて、止めを刺すべきね。」
女の声に、男が困惑した声で聞き返す。
「しかし遺跡の警護は……。」
「ヴェルミナの遺跡は放棄。
これもあの女と『教授』に任せます。
今用意できる『教授』の数は?」
「先の戦いで損壊した射撃型は修繕完了との報告を受けております。また格闘型の調整も終了したとの事。
それを鑑みれば、射撃一、格闘三、合計で四。」
てきぱきとした返答を受け、女はしばらく考える。
やがて考えがまとまったらしく、ボソリとつぶやいた。
「稼働可能な『教授』は残り十体。そのうち四体でどこまでやれるか……。
いいわ。ザウアーラントの本拠を攻めるのは射撃型のみで十分。
ヴェルミナには格闘型を全て回しなさい。
あと、ダミーで人員は十程度必要ね。」
「では私が出ましょう。」
「やってくれるか?」
「姫君のために。」
男は静かに女へとかしずいた。
「そろそろ仕上げかしらね。
やりたくはないけど、上手く誘導しないと……。」
女の言葉にはっとした表情で顔を上げる男。
そんな男の肩に、女はそっと手を置いて、椅子から立ち上がる。
地下室の出口が開いて、わずかではあるが、昼下がりの光が差し込んできた。
女はその光へ向け歩みを進める。
蒼いイヤリングを、チリン……と鳴らして。