鍵
「で、アイツはいつ帰ってくる?」
「今夜中には帰るはずだ。
ま、何かあったら連絡を寄こすさ。」
『金羊亭』の部屋の中で、グラスを傾け合うヒュウガとレオンハルト。
つまみのチーズとソーセージがなくなりかけたところで、窓が、コツコツ、と鳴った。
「帰ってきたか?」
レオンハルトは鷹揚に席を立つと、窓を開け、そこにいるはずのコムを部屋へと迎え入れた。
スゥっと薄衣がはがれるように、部屋の真ん中の空間にコムが現れる。
「施錠完了しました。
ただ、報告しておくことが一つあります。」
「何だ?」
「『リューガーの亡霊』の先遣隊が既に到着しています。
さらに言うなら、シュヴァルベと『教授』が一体。」
「何だと!?
ソイツぁ本当か!?」
ヒュウガが血相を変えて立ち上がり、コムに詰め寄る。
コムは怯んだように後ろへ下がり、報告を続けた。
「ただ、僕は施錠を行なってそのまま逃走を図りました。
僕は戦闘が苦手ですから。」
「それでいい。
施錠はどこまでやった?」
「鍵深度十六です。
全力の魔法でも連続で十時間は魔力を注ぎ込む必要がありますね。」
自慢げなコムの説明を聞いたヒュウガは。不思議そうにレオンハルトへ尋ねた。
「どういうことだ、その鍵の話は?」
レオンハルトは窓を閉めながら語り始めた。
「『開錠』の魔法は遺跡の電子式錠を開くためにあるんだが、それをやるためには鍵の持つ『深さ』が重要になってくる。
これが深ければ深いほど、魔法をかける時間は長くなる。」
一区切りしたところでレオンハルトは席に戻り、酒で口を湿らせた。
さらに説明は続く。
「理論上、この魔法で解けない電子錠はないが、鍵深度が深ければかかる時間は長くなるし、それに応じて注ぎ込む魔力も大量に必要となる。
人間が連続して魔力を注ぎ込める時間は最大で三十分ほど。もし『教授』が『開錠』を利用できたとしても、今度は稼働時間の問題も出てくるだろう。」
再び酒を少しだけ口に含み、レオンハルトは微笑みながら言った。
「いずれにせよ、十時間魔法を展開し続けることができる存在はほぼいない。
そう言った意味では、実質的に鍵は開けられないということだ。」
「ナルホドな……大体わかった。」
どことなく釈然としない様子のまま、ヒュウガも席に座りウィスキーを飲む。
「しかし、コトだな。
もう先遣隊が到着しているとなると、今度は連中と直にやり合う必要がある。」
グラスを手で回しながら、ヒュウガはボソリとつぶやいた。
「だが、今回は同時にザウアーラント公の命も狙う必要があるだろう?
戦力が分散する公算は高い。」
「だとすると、『教授』がどれだけいるか……だな。」
「ああ……。」
言葉が途切れたところで、二人は同時に酒をあおった。
「あの……僕が言うのは変ですけど、深酒はやめておいた方がいいかと……。」
「ん……そうだな。
どうやら明日は出立できるようだ。早めに休もう。」
それだけ言うと、レオンハルトはヒュウガに目配せをした。
それを悟ったヒュウガは、苦笑いをしてゆっくり席を立ち、二人は各々のベッドへと沈み込んでいった。
どうやらコムが予想していた以上に、二人は飲んでいたらしい。
気が付けば、あっという間に二人は高いびきをかいて眠り始めていた。