『教授』
ミナトは『神速』を用い、新たに飛び込んできた五人の兵を相手取った。
次々と襲い来る敵へと大斧が鮮やかに閃き、紙のように斬り裂かれていく。
後ろに控える数人の兵たちの口元が苦々しく歪み、半歩ほど後ずさった。
「私が相手です。牡牛のミーナ。」
シュヴァルベが兵たちの前に進み出て、細身の剣を抜き放った。
左手には魔導銃、右手には細身の刺突剣。
半身になった独特の構えで、ミナトを牽制するシュヴァルベ。
警戒して様子を見ていたミナトは、シュヴァルベのタイを留めるピンに気付き、目を凝らした。
何か蒼い輝きがある……。
「しまった!!」
「少しばかり遅かったようですね!」
魔法『神速』。
シュヴァルベもまた、『回路』を利用しての魔法が可能な人間だ。
これで状況は五分。
あとは、自身の技量と武器の相性がものをいう世界になった。
レオンハルトとヒュウガは、件の人形と対峙している。
レオンハルトは憤怒の形相で人形へと叫んだ。
「ランドルフ・カウフマン! 貴様か!!」
「ほう……私の正体を一発で見破るとはな。
なかなかの賢察だ。及第点だぞ。」
以前のような、何かに怯え、焦っていた様子は微塵も感じられない余裕の声音で、人形は答えた。
その相手に対し、ヒュウガもまた声高に怒鳴る。
「おい外道! ここで会ったが百年目だ。
否が応でもその首置いてってもらうぜ!!」
「ふん……?
私をそこまで憎むとは……なにかあったのかね? 狼君。」
「なんだと!?」
「私の記憶の最後のピースが埋まっていないのだよ。
多分何かの事故だと思うがね。
そこで君に何か失礼をしたら謝るよ? 狼君。」
ギリッ……とヒュウガの歯が軋る。
その脇を、風が一迅吹き抜けた。
レオンハルトが冷徹の表情で間合いを詰めたのだ。
猛然と繰り出される拳。
全てが正確に人体の急所を捉え、ほぼ致命打になる威力。
だが、人形は怯むどころかびくともせず、冷静に言い放った。
「ほう、驚いた。
人間とはここまで速く動けるものなのだな。
さすがは魔導闘法だ。素晴らしいよ。」
半笑いの声音。レオンハルトを小馬鹿にしているのは明らかだ。
だがレオンハルトは、この状況を冷静に分析する。
(やはり無駄か。
烏兎、人中、三日月、秘中、水月、そして金的、いずれも効果がない。
材質強度は高く、直接の打撃、斬撃はほぼ意味をなさないだろう……。)
「レオン!」
分析を続けるレオンハルトの脇にヒュウガがやってきた。
「ヒュウガ、お前もエレナの護衛だ。
下がっている兵を牽制してくれ。」
「待てよ! 冗談じゃねぇ!!」
「俺の攻撃を見たはずだ。彼奴は人体のセオリーが通用しない。
気功術のないお前ではどうにもならん!」
ヒュウガは忌々しげに歯を食いしばると、人形からの攻撃を警戒しながら、ミナトの元へと駆け寄っていく。
それを見た人形は呆れたような声で、レオンハルトに語りかけた。
「君は……自分一人で私に勝てると思っているのかね?
どんな物事でも、過信というものは足元をすくってくるものだ。
君ほどの人間が知らぬとは思えんが……。」
「その言葉はそっくり返させてもらおう。
貴様のその身体、無敵ではない。」
超速の魔導球収斂。
レオンハルトは、わずか数秒で『神速』と『強力』をその身に宿し、再び臨戦態勢を整える。
そのまま『神速』を宿した身体で一気に攻めへと転じた。
踏み込んでからの正拳、左右。
だが、それを人形は大きな動作で躱していく。
流れるような連続攻撃を繰り出すレオンハルトだが、その動きはどことなく緩慢にも感じられる。
攻撃を仕掛けるというより、演武を舞っているかのようだ。
(やはりな……。)
レオンハルトは、さらに状況を分析していく。
(彼奴は攻撃が『見えて』いるが、『見切って』はいない。
これで攻撃を誘えば、どうなる?)
一瞬、攻撃の隙を作るレオンハルト。
人形は、そこへ猛然と拳を突きこんできた。
強力な右フック。それをレオンハルトは義手で受け止める。
大きく横へと吹き飛んでいくレオンハルト。
人形は、満足そうな声を発し、天を仰いだ。
「ああ、いい気分だ。
人を殴り飛ばすのがこんなに気分がいいとは思わなかったよ。
君もそうなのだろう? レオンハルト君。
そうでなければ、そこまで体を鍛えるはずもない。」
ゆっくりと人形が近づいてくる間にも、分析は続いていた。
(攻撃力は高い。だが、飽くまでも力任せの一撃だ。
全てに技術が伴っていないのは、教授の知識と経験の問題だろう。
あとは弱点だ。自分の予想が正しければいいのだが……。)
大きく足を振り上げ、倒れているレオンハルトの胸板目掛け振り下ろす人形。
それを瞬時に躱して、レオンハルトは再び右手に『雷撃』を宿した。
「まずは……ここだっ!!」
レオンハルトは、そう叫ぶと同時に、目にも止まらぬ超速度で、右ストレートを人形の右肩へ叩きつける。
インパクト。同時に『雷撃』発動。
強力な電撃が、肩の球体関節を包み込み、青白い稲妻が周囲に飛び散っていく。
「無駄だよ。
この程度の電撃では、私の身体は破壊できん。」
「そうかな?」
レオンハルトはそう短く言うと、ニヤリと笑って構えを緩めた。
好機と見たのか、侮蔑と見たのか。人形は一足飛びに襲い掛かってきたが……。
「ぬっ……!?」
右腕が上がっていない。まるで麻痺したかのように力なく垂れ下がっている。
「やはりな……。」
そうつぶやくと、レオンハルトは飛び込んできた人形に向け回し蹴りを放った。
渾身の一撃は宙を舞う人形を捉え、その身体を崖に向けて勢いよく叩きつける。
「まさか……そうか、そういうことか!」
右腕を庇い、叫びながら起き上がる人形。
それに向けて、レオンハルトが叫んだ。
「貴様の身体の駆動方式は基本的に電気制御によるものとみた!
故に、『雷撃』の魔法の直撃を受ければ、最低でも動作は麻痺するはず!」
「全く……君に発掘品の調査を任せ続けたのは失策だったよ。
短時間でここまで推測できるようになっていたとはな。」
大したダメージも見せることなく、人形は立ち上がった。
パラパラ……と、土埃が全身から流れ落ちる。
だが、次の瞬間、人形の眼前からレオンハルトの姿が消えていた。
「ど……どこだ!?」
焦った声で無様に首を左右へと振る人形。
その直後、レオンハルトは人形の眼前へ上空から降り立ち、両の手刀を肩口へと叩きこんでいた。
一瞬、レンズの赤い両目と、澄んだ琥珀の両目が互いを映し合う。
パチリ……と火花が走ったと同時に、凄まじいまでの電撃が周囲を包み込み、衝撃波と爆音が崖の内側に轟いた。
魔法『轟雷』。
先の『雷撃』とは比較にならぬ爆発的な電撃。
この一撃をまともに受けた人形は、完全に動作を停止し、真下へと膝から崩れ落ちた。
魔法がひとしきり発動したのを確認したレオンハルトは、ザッ、と大きく飛び退き様子を窺う。
果たして決着は……。