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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第十三章-亡霊
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交渉

 クラレスの遺跡――荒野の谷間にそれはあった。


 枯れた川床を辿っていくと、切り立った崖の根元に洞窟が口を開けている。


 今まさに、その洞窟へと食料などが次々に運び込まれているところだった。


「でもさ、お殿様の考えることってわかんないね。

 こんな崖の下なんかじゃ、逃げ道ないじゃない。

 籠城するにしても脱出用の抜け道は必要だよ?」


 崖の上から作業の様子を観察する五人。

 そんな中でミナトが呆れたように口を開く。


 その言葉に答えるよう、ヒュウガの声が続いた。


「ま、それだけ追い詰められてるってコトだ。

 ひょっとしたら、既に二、三回襲われてるのかもしれん。

 いずれにしても交渉は難しいぜ? レオン。」


 全員の視線がレオンハルトに集まった。


 レオンハルトは何も言わず立ち上がり、魔法を用意する。

 発動した魔法は『伝心』。自らの意識を他人に伝える魔法だ。


『聞こえているか、諸君。

 自分は学術院所属、遺跡工学部のレオンハルト・フォーゲルだ。

 アルバーン公にお目通り願いたい。』


 レオンハルトの言葉が届いているのだろう。眼下にある洞窟の前では、人々が右に左に人影を探している。

 魔法の効果が十分だったことを確認し、レオンハルトは再び魔法を発動させた。


『飛翔』の魔法だ。


 そのまま崖の上から洞窟の前へと飛行していく。


 それを見たエレナが、満面に不満を湛え、いらただしげにつぶやいた。


「そうやって、すぐ独断専行!

 置いていかれる身にもなって欲しいわ!」


 ミナトもヒュウガも苦笑いして、緩い斜面を選び、滑るように降りていく。


 崖下まで降り立ったところで、エレナは厚手のスカートについた土埃をひどく気にしながら、レオンハルトの元へと近づいていった。


 レオンハルトは既にアルバーン公の私兵から、長槍を突き付けられている。


 だが、長槍を突き付けられている当人は涼しい顔をしているのに対し、突き付けている兵たちの顔に脂汗が浮かんでいるのは、魔導士相手と言うプレッシャーからだろう。


 レオンハルトの喉が震え、自身の声で再び周りへと呼びかけた。


「アルバーン公にお目通り願いたい!

 当方は、大公ディアナ・カーライルの命によりこの遺跡の調査に来た!

 調査並びにその後の如何について交渉をしたい!」


 しばらくして、士官らしき男が馬に乗ってやってきた。

 男は馬上から見下すようにして、レオンハルトに声を投げかけた。


「貴様のような下賤の者など、公がお会いになるものか。

 まあ、学術院の若造なら、この私が直々に話を聞いてやる。

 光栄に思え。」


「貴君は?」


「アルバーン公直属部隊のゲオルグ・マクシミリアン大尉だ。

 ここの護衛の全てを任されている。」


 大尉を名乗ったその男は、相も変わらずレオンハルトたち一行を、見下した視線で眺めている。

 その階級を聞いたヒュウガが、冷徹な口調で割り込んできた。


「ナルホドね、民兵(ミリシャ)の大尉殿か……。

 なら最低でも佐官を連れてきな。

 こちとら正規兵の少尉と学術師だぜ?」


 挑むような視線で大尉を睨みつけるヒュウガ。


 その後ろでは、エレナとミナトがボソボソと内緒話を始めた。


「……どういうこと?」


「民兵組織と正規兵だと、命令系統の混乱を避けるために暗黙で階級の格差をつけるの。

 大体二、三階級は差がつくから、向こうの大尉は、どうかするとヒュウガより格下になるかもね……。」


 再び交渉の場に目を向けると、大尉は馬を降り、改めて一礼しているところだった。


「学術師殿、並びに少尉殿。非礼は詫びる。

 だが、アルバーン公へのお目通りはご容赦願いたい。」


「それだけ切羽詰まっていると?」


 やや傲岸ではあるものの、態度を軟化させた大尉にレオンハルトは尋ねた。


「左様。既に襲撃は二度起きている。

 これまでは辛うじて撃退したが、ここで公を遺跡から連れ出すのは、護衛の任を受けた者として賛同できんのだ。」


 眉根を寄せて答える大尉。


 だが、その言葉にレオンハルトは疑問を感じた。


「今、二回襲撃があったと言われたが?」


「その通りだ。

 二度襲撃があり、護衛部隊で迎撃した。

 手合いは三人。皆手練れで、取り逃してしまい……。」


 言葉を続ける大尉の横で、ヒュウガがレオンハルトに声をかけた。


「レオン……。」


「ああ、彼奴じゃない。」


 二人の言葉を聞きとがめた大尉が口を止め、やや不満そうな声で尋ねてくる。


「なんの話だ?」


「隠しても仕方ないので有体に申し上げる。

 先にオルセン公を襲った『何か』と、今回アルバーン公を襲った者たちは別の存在だ。」


「別の? いや、それより『存在』とはどういう意味なのだ!?」


 語気を強めて詰め寄る大尉に、レオンハルトは冷静に返答する。


「よく聞いてほしい。オルセン公を襲った『何か』は、魔法に近いことを行い、ただ一撃の下、公を死に至らしめたと聞く。

 それに対し、こちらを襲った手合いは、一般での兵として手練れということらしい。しかも数は三人。

 もしこれが同一の存在だとしたら、それだけの数を投入して、仕留め損ねるだろうか?」


「むぅ……。」


 大尉は渋面を作り、レオンハルトから瞳を逸らす。


 直後、ヒュウガが何かに気付いたのか、崖の上に目をやり、叫んだ。


「伏せろッ!!」


 ザァッ……という風切り音と共に、幾筋もの矢が乱れ飛んでくる。


 警備の兵は言うまでもなく、崖下のあちこちで作業をしていた人足も、矢に貫かれ怪我を負い、絶命している者もいた。


 ひとしきり矢が射かけられたのに続き、黒い鎧の兵が一斉に崖の上から斜面を滑り降りてくる。

 その様子を見た大尉が、苦々しげにつぶやいた。


「奴らだ……!」


「あれがアルバーン公を襲った連中なのか?」


「うむ、あの鎧だ。間違いない。」


 レオンハルトの問いかけに苦虫を噛み潰したかのような顔で答える大尉。


 鬨の声を上げる事もなく、ただ黙々と剣を振りかざしてくる黒い鎧の兵たち。


 矢の雨をやり過ごしたアルバーンの兵たちは、体勢を立て直して応戦し始める。


「諸君は下がっていたまえ!」


 大尉は剣を抜き放ち、手近な敵に躍りかかった。

 剣を交えること数合の後、眉間を一刀に切り裂いて大尉は敵を討ち倒した。


 アルバーンの兵は皆士気も高く、統率も取れた状態で迎撃をしており、勝ちは揺るぎないように見える。


「妙だね……。」


「お前ぇもそう思うかい?」


 四人の黒い鎧の兵に囲まれて、背中合わせとなったミナトとヒュウガ。

 二人は敵を牽制しながら、ボソボソと囁き合った。


「いくら何でも無謀が過ぎるよ。

 奇襲に成功したとは言っても、兵の数は見た所、こっちの半分程度。

 武器だって長槍相手に剣使ってるし!」


 襲いかかってきた兵を、ミナトは気合一番、大斧で胴を真っ二つにする。


「策か、隠し球か……。

 どっちにしろっ!」


 ヒュウガの華麗な回し蹴りが、斬りかかってきた兵の首をへし折った。


「まずは徹底的に叩くべきだな……!」


 レオンハルトはそうつぶやくと、魔法を練り上げ、斜面を滑りくる敵に対して『轟雷』を打ち放った。


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