籠城
「遺跡について聞いておきたい。
今回向かうのはクラレスでいいんだな?」
翌朝、朝食の席でヒュウガが切り出した。
「その予定だ。
『転移』を利用して向かうため、あまり時間はかからんとは思うが……。」
レオンハルトのその言葉を聞き、エレナが心配そうな声で割り込んできた。
「でも、大丈夫? 人間が一人増えてるのよ?
存在量値の再計算は必須でしょう?」
「あー……その『そんざいりょうち』ってなに?」
困った顔でミナトが口を挟む。
ヒュウガもまた、同じような困惑した表情を見せている。
「存在量値とは、様々な物体の持つ固有の情報だ。
『転移』で生成する超空間の通路を確実に潜り抜けられるようにするため、魔導学的な方程式の下、その物体や存在の情報を線形に展開して……。」
「ま……まあ言ってみれば、その存在を示す暗号のようなものよ。
人間を始めとする生物のような複雑な存在は、その暗号も複雑なの。
だから、大荷物が一つ増えるより、人間が一人増える方が、『転移』の魔法を使用する術者の負担が大きくなるってこと。
解ってくれたかしら?」
エレナが焦った様子で助け舟を出す。
ミナトもヒュウガも、向けている顔がレオンハルトからエレナへと移っていることから、流石にレオンハルトの説明は難しすぎたのだろう。
レオンハルトは不満を湛えた表情を見せつつ、再び口を開いた。
「今までの感覚を考えれば、ヒュウガ一人を追加する程度なら、まだ問題ない。
ただ、跳べる距離が短くなるのは避けられんな。
休憩の時間も長く取る必要がある。」
「その辺は任せるが……。
だが、次の遺跡、問題があるぜ。」
ヒュウガが真剣な瞳でレオンハルトに語りかける。
「問題とはなんだ?」
「アルバーンの殿様が、クラレスの遺跡に籠城しやがった。
俺らが何者だろうと、抵抗は間違いねぇな。」
「やっぱり……。」
ミナトがヒュウガの言葉に大きくため息をつく。
「話してたんだよ。
もしお偉いさんが籠城したらコトだって。」
「その不安は見事に的中しちゃったわけか……。
どうするの? レオン。」
エレナからの問いに、レオンハルトは静かに答えた。
「当然、まずは交渉からだ。
武力による制圧は最終手段にしなければならない。」
「ソイツぁ無理な相談だ。
連中も相当に殺気立ってる。
交渉の余地なんざ、ないと見たが?」
「それでも、だ。
交渉もせず、いきなり暴れまわるのは、双方ともに利が見えてこない。
そこを解ってもらうための交渉だ。
例え無理筋でも、やっておかねば話は拗れる一方だろう?」
何かを言いたげなヒュウガに向けて、ミナトが声をかける。
「まあ、さ、ここはレオンのお手並み拝見といこうよ。
ダメならダメでそこから改めて考えればいいし。」
「しゃあねぇな……。
じゃあ、キッチリまとめてくれよ? 大魔導士さん。」
レオンハルトは、どことなく困った色の見える微笑みを浮かべ、席を立った。
残る三人もめいめい立ち上がり、皆、一旦部屋へと戻る。
十分後、宿の前には、旅装を検めた四人と、物も言わずこっそり上空を浮かぶ一人が集合し、クラレスへと踏み出していった。