風に百日紅
夏休み明けから、仕事が忙しい。
普段は遅番を担当しているのだが、他店舗の応援が入ると早出でお店を開けることもある。
そんな時は明るいうちに家に帰ることができて、少し嬉しかったりもするのだ。
つい先日もそんなふうで、なんとなくゆったりした気分で歩いていると、近所の百日紅がたくさんの花をつけて満開となっていた。
「ああ、今年もいっぱい咲いたなあ」
そんなことを思いながら木の下に立つ。と、ふうわりと風とともに香りがそよいだ。
百日紅の花はとても良い香りがするものらしい。
だが、わたしはその香りを嗅いだことがなかった。
今日は風が吹いている。
その風が香りを大気に散らして高い木の枝から届けてくれているのだろうか。
花の香りは、一瞬わたしの周りに漂い、また少しののちに寄ってきて、そして消えていった。
花は強く香る時間がそれぞれあるのだという。
また、受精を終えた花はもう香りを発しないのだとか。
満開の花はその午後、もうすでに香りは役目を終えていたのだろうか。
どこか掴み難い、もどかしいようなかすかな香りは、夏の盛りを終えた最後のかけらが届いたものなのだろうか。
花は今日もまだ咲いている。
わたしの顔を近づけてその匂いを嗅ぐことができるほど、低い枝にも。
けれどもうあの仄かな甘い香りは感じられない。
気象上の晩夏は23日からなのだという。
まるであの日、晩夏を前日にして風にさらわれ消えてしまったかのようだ。
ならば、あれは今年のお別れの挨拶であったのかもしれないと、そんなことを思う。
きっとまた来年会うための。