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4話「婚姻届」

数日後、侯爵との婚姻を結ぶ日が来た。


婚姻届は侯爵家で書くことになった。 


私はエミリーに変身して侯爵家に乗り込んだ。


侯爵家に着くと使用人から鋭い目つきで睨まれた。


書斎に通されると、侯爵と侯爵の母親、それと侯爵の幼馴染がいた。


侯爵は緑の髪、青い目、目鼻立ちはまあまあ整っている優男だった。年は確か二十歳。


侯爵の母親は侯爵と同じ髪と目の色をしていた。ヒステリックなおばさんといった感じた。


侯爵の幼馴染はピンクの髪と金色の目、可愛らしい顔をしているが瞳は邪悪な色に染まっている。スレンダーといえば聞こえはいいが、私に言わせれば貧乳の幼児体型だ。男受けしそうな顔をしているのでそこそこモテそうだが、こんなのに騙されるのはアホ男ぐらいだろう。年は確かエミリーと同じ十八だったな。


侯爵と侯爵の母親はソファに座っていたが、ローザは侯爵の座ったソファの後ろに立っていた。 


婚姻届を書く前に、子爵の前でイチャイチャする気はないらしい。


子爵家との縁組がなくなったら借金を返せないことは分かっているらしい。


子爵が婚姻届の証人欄にサインをし、続けて私が花嫁の欄にサインをする。


侯爵家の証人と花婿の欄は既にサインされていた。


侯爵が婚姻届を封筒にいれ蝋印を押す


「執事長、婚姻届を出しておいてくれ」


侯爵が執事長に命令する。


子爵に頼んで、届け出が出されないと困るのだろう。


婚姻届には侯爵とエミリーの名前が書かれているように見えるだろう。


だが実際は侯爵と、ローザの名が書かれている。


ローザは私が部屋に入って来てからずっとこちらを睨んでいる。金の為とはいえ、侯爵が他の女と結婚するのは面白くないのだろう。


そんなに目の前の無能な男が好きならあげるわよ、相思相愛のあんた達が結婚しなさい。


婚姻届の名前が侯爵とローザのものだと気づくのは、婚姻届が出された後。


侯爵とローザが結婚したと知ったときの侯爵家の人間の反応を想像すると笑えた。


「これでエミリーは侯爵家の人間だな」


「侯爵様、結婚式の日取りはいつになさいますか? 新婚旅行にはどちらに行かれるのですか?」


「言ってなかったか子爵殿、いやお義父様と呼ぶべきか。侯爵家で災害が起きて資金繰りが苦しい、領民の気持ちを考えると派手なことはできない。故に結婚式はなしだ、新婚旅行にも行かない」


「そんな、持参金の他に結婚式の費用と新婚旅行の費用を出させておいて結婚式をしないだなんて……!」


子爵にはエミリーと私が入れ替わったことは伝えていない。


人の良い子爵は演技が出来ない、なので事後報告にすることにした。


本物のエミリーは子爵家の屋根裏部屋に隠れている。


「資金はエミリーとの新婚生活に使わせてもらう。用は済みましたのでお義父様は帰って結構ですよ」


「ま、待ってください! せめて別れの挨拶ぐらいさせてください!」


「執事長、お義父様がお帰りだ、丁重にお見送りしろ」


「はい、旦那様」


「エミリー! エミリー!」


執事長に追い出される子爵、子爵の目には涙が浮かんでいた。


あれは演技ではできない、やはり子爵に本当のことを伝えてなくて正解だったわ。


悪く思わないでね子爵、敵を騙すにはまず味方からよ。


「終わりましたか〜? ビリー様〜」


「すまないローザ、待たせたな」


子爵が帰ったのを見計らいローザが侯爵の隣に座る。侯爵に抱きつき甘えた声を出した。


「きゃ〜怖い〜! エミリー様がローザを睨んでます〜、ビリー様助けて〜!」


いちいち語尾を伸ばさないと話せないのか? このバカ女は?


「貴様まだいたのか! メイド長こいつを部屋に閉じ込めておけ!」


「連れていけ」ではなく「閉じ込めておけ」ね、嫁扱いどころか人扱いされてないわね。


「かしこまりました旦那様、来い女狐」


「奥様」でも、「エミリー様」でもなく、「女狐」。使用人にまで馬鹿にされてるわね。


メイド長が私の腕を掴む。


私に攻撃を仕掛けた者にはオートで電流が流れるように仕掛けてある。


「ひっ……!」


メイド長が青い顔で右手を離した。


「どうした?」


侯爵が不思議そうな顔で尋ねた。


「い、今っピリッときまして……」


メイド長が右手を押さえながら答える。


「静電気かしら?」


私は何食わぬ顔で答え、ソファーから立ち上がる。


「それではお義母様、旦那様、ローザ様、失礼いたしますわ」


私はカーテシーをしてその場をあとにした。


メイド長は私の荷物を持つ気はさらさらないようなので、自分で運ぶ。


ボストンバッグの五つや六つ運ぶのなんてお茶の子さいさい、フォークより軽いぐらいだわ。


「メイド長、私の部屋に案内して下さる?」


メイド長はボストンバッグを軽々と持ち上げる私を見て驚いた顔をしていたが、すぐに我に返り「こっちだ」と言って歩き出した。

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