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手料理

「おはようございます。スミト様」

「おはよう」


いつも通りの朝。なら、俺は、ゆっくりと起きていることだろう。

今日はすぐに体を起こし、顔を洗った。


「今朝は随分とお目覚めがよろしいようで」

「いいや。今日学校だから、急いでるだけ」

「学校……ですか?」


そう、学校。

実は俺は高校生だったのだ。

だから、これから高校へ行かなくてはならない。

いつまでも休みじゃ、何も学べないからな。


「それは、どのようなものなのですか?」

「え?あぁ......えっと、学園?」


学園ファンタジーとかあるからな。

恐らくどの世界にも、教育の場というのは設けてあるはずだ。


「学園ですか。なるほど、この世界ではそれを学校と呼ぶのですね」

「まぁ似たようなものだ。それで、ロメリアは留守番を頼む」

「お任せください。私が、家事を全てやっておきます」


おぉ、それはとても助かる。

しかし、ロメリア一人で大丈夫だろうか……変な人を家に入れてしまったり、物を壊してしまったり、最悪火事になったり……思いつく限りの嫌な事が、全て起こりそうで怖い。


「……いや、やっぱりもう一日だけいよう。今日は様子見ということで」

「いえ、大丈夫です!私には構わず、お出かけして来てくださ──────」


一瞬、動きがゆっくりに見えたようだった。

履きなれていないスリッパが机に当たり、体勢を崩すロメリア。

そして、持っていたコーヒーをこぼしてしまった。

これはいけない。

何がいけないって、そのコーヒーが俺にかかってしまった事だ。


「─────ッ!申し訳ございません!スミト様!!」

「......あぁ、大丈夫。気にしないでくれ」

「で、でも......」


俺は大丈夫だ。

だが、大丈夫じゃないのはロメリアの方だ。

もしずっとこんな調子だったら、俺が帰るまでに家があるかどうか......まぁアパートだし他の住人もいるし、さすがに全焼はしないだろうけど。


「本当に大丈夫ですか......?お怪我は......火傷などは......」

「無いって。それより、お前の方は?怪我はないか?」

「......は、はい。私は問題ありません......申し訳ございません」

「これからは冷めたやつでいいからな」


俺が被るのは構わないが、ロメリアが火傷する可能性もある。

くれぐれも、注意して欲しい。

というか、コーヒーを入れてくれだなんて言っていないけどな......まぁ、それはロメリアの心遣いという事で嬉しいが。

そもそも教えたのは俺だしな。


「あぁ!スミト様!お召し物が......」


ロメリアが慌てた様子で言うものだから、俺も自分の姿を確認した。

あちゃぁ......こりゃあ凄い事になってるな。

まるで返り血を浴びたかのように、俺の制服が茶色く染まってしまっていた。


「ロメリア、魔法でなんとか出来るか?」

「風魔法で乾かすことは出来ますが......それでは染みになってしまいます」


そうだよなぁ。

流石にそう都合よく、服に付いたコーヒーを吸い出す魔法なんていうものもないだろうしな。


「うーん......まだ洗ってなかったと思うが」


昨日脱ぎ捨てたやつが、まだ残っているはず。

俺は、洗濯物......いや、洗濯すべきものの山から、制服を捜索した。

少し経ってやっと見つけた。が、それは皺だらけのもので......まぁコーヒーが染み付いている物よりはマシだが。


「スミト様......」

「まぁ、とりあえず適当に皺を伸ばせば着れるか」


ロメリアは、率先して色々と手伝ってくれだが、そこまで申し訳なさそうにされると、こっちも悪いことをしたような気分になってしまう。

別に、コーヒーをこぼしたぐらいでどうにかしたりはしないってのに。


「これぐらいで良いか」


ある程度皺は伸ばせたものの、やはりガサツさが出てしまうのは否めないな。

しかし、あまり気にしているのもロメリアに悪い。


「大丈夫だロメリア。手伝ってくれてありがとうな」

「い、いえ。私がミスをしたばっかりに......むしろ、これくらいの事しかできなくて申し訳ございません」

「そう気にしないでくれ。それじゃ、行ってくるから」

「は、はい!行ってらっしゃいませ」


心配だか......学校の時間も決まっている。

このままのロメリアを放っておくのも、悪いな......。

仕方ない。


「ロメリア」

「......何でしょうか」

「手を出して」


ロメリアが両手を差し出すと、俺は台所に置いてある大きな瓶から球状の物をひとつ取り出し、ロメリアの手のひらの上に乗せた。


「......?これは何でしょうか?」

「あれ......?ロメリアの世界には無かったのか。飴玉だよ」

「これが......ですか?」

「あぁ、袋に入ってるから分かりにくかったな」


飴玉という存在は知っていたらしい。

俺は、もう一つ同じ所から取り出すと、ロメリアの前で袋を開けた。そして、中身を口に放り投げる。


「味は分からん。何だろうこれ......メロンかな?」

「......」


ロメリアは、自分の手の上にある飴玉を、ジッと見つめた。


「このようなもの、頂けません」

「駄目だ。頂け」


これは俺の、ほんの気持ち程度のお返しだ。


「まだこの家に来て間もないが、色々と手伝ってくれたからな。それに、まだこの世界に来て慣れていないはずなのに、よく頑張ってくれている。心はまだパニックだろ?お前は凄いよ」

「いえ......そんなことは......」

「まぁ、これから仲良くやっていこうや。そういう印だと思ってくれ」

「......スミト様は優し過ぎます」

「そうか?」


そんなつもりは無かったが。


「ありがとうございます。これは、大切に持っておきます」


ロメリアは、飴玉をギュッと両手で握り締めた。

いや、食べてくれ。


「......まぁいいか。それじゃあ、今度こそ。行ってくる」

「はい!行ってらっしゃいませ」


何かあったらすぐに連絡してくれと言おうと思ったが......連絡手段が無いことに気付いた。

流石に携帯電話は......今の俺には買えないな。

鍵は家に置いてあるから、戸締りだけ気を付けてもらうとして......不安を背に、俺は部屋を出た。



──────────



学校というものは憂鬱だ。

何の役に立つのかよく分からないような授業を受け、無駄に時を過ごす。

とはいえ高校というのは、なにも義務教育ではない。

よって、学校へ行かずに就職するという選択肢もあったわけだが、それならそれで俺の就きたい職業がないのだ。まぁ高校へ行ったからと言って、簡単に見つかる訳でもないが。

とりあえず進学。というのは、ほとんどの人がそうなのでは無いだろうか。


「どうした?何だか、疲れたような顔をしているようだが」


と、自分の席でじっとしていた俺は、突然声をかけられた。

声の主は知っている。

園静(えんせい) (おさむ)

同じクラスで、高校に入ってから良くつるんでいる。

俺にとっての、数少ない友人だ。


「机に突っ伏してんのに、よく見えるな」


両腕の中に顔を埋め、外側からは完全に見えないようになっているはずだが。


「そう言えば言ってなかったな。オレは、実は透視能力を持っているのだ」

「......」


だとしたら、お前に見えてるのは俺の脳みそだ。

相変わらず変なボケをかましてくるな。

こいつはキャラの濃い奴で、大体上から目線に物事を言ってくる。話し方もそうだ。

まるで、王様にでもなったような喋り方だ。

まぁ、そこが面白い所でもある。周りから見ればただのヤバい奴だがな。しかし、普通すぎる人間というのも面白みがなくて退屈なものだけどな。


「疲れてんのは、当たりだ」

「何かあったのか?」

「そうだな......朝からコーヒーこぼしちまって、ドタバタだった」

「ほう......何だそれだけか。思っていたよりもしょうもないな」


......まぁ、それだけじゃないからな。

しかし、部屋にメイドが居るなどと言えば、俺はたちまち気持ち悪がられる。

他の人はともかく、こいつは俺がアパート暮しだと言うことを知っているのだ。

アパート暮しでメイド......何か、変な趣味があるかと思われてしまうことには間違いない。


「ちょっと!琴代海(ことよかい)!あんたまた課題サボったでしょ!?」

「げっ、詰田(つみた)......」


詰田(つみた) 愛理(あいり)

ツインテールがトレードマークの、元気いっぱいなクラスメートだ。という言い方をすれば聞こえはいいが、実際には朝っぱらから大声で叫ぶ獣。

ちょっとしたことで事で腹を立てる、カルシウム不足の達人だ。

何故か俺にばかりヘイトを向けており、何かある度攻撃をしてくる。

ただし、顔だけは美人だ。


「先生に怒られるのは私なんだからね!?」

「それはおかしいだろ......出てない人が悪いんだから、ただ課題を集めて提出するだけの係であるお前を怒るのは間違っている」

「そう思うんならアンタが言って来なさいよ。鬼瓦(おにがわら)先生に」

「......」


鬼瓦(おにがわら)先生とは、俺が知る中で、人類で一番ゴリラに近い存在だ。

その筋肉は先生よりもボディービルダーに向いていると言われる程で、脳みそにまで侵食している。

割と理不尽な事を押し付けてくる。

そして、怒ると凄まじくうるさい。


「......そりゃあまた、可哀想な役職に着いたものだ」

「可哀想だと思うのなら提出して。期限は今日までだから、急いでよね!ったく」


なんかまたブツブツ言いながら、教室を出て行った。

そう、俺はまだ進路希望書を提出していない。

奇しくも担任の先生であるミスター鬼瓦。これは......提出しないと二人にボコられそうだ。


「なんだ貴様、まだ出していなかったのか」

「まぁな。中々進路が決まらなくてさ......そもそも進路希望調査なんて、一年生にはまだ早いだろ。お前は何て書いたんだ?」

「決まっておろう。王だ。もっとも、なりたいと言うより、なるべくして王になるのだがな」

「......」


もし本気で言っているとしたら、俺はこいつの友達をやめたい。


「お前も怒られるぞ」

「このオレが......?そんな馬鹿な。ありえない」


こいつの頭が羨ましいな。


「まぁとりあえず適当に書いておけばいいんじゃない?別に今決めたからって、必ずその役職にならなきゃいけないという訳では無いし」

「それもそうだな。ってうおっ!?」


園静が言ったのかと思ったが、園静よりも高い声だったものだから驚いてしまった。

しかし、よく聞く声。まるで寝起きかのように、気だるそうに喋るこの声は毎日聞いている。


文恵(ふみえ)......いつの間に?」

「さっき」


小坂(こさか) 文恵(ふみえ)、俺の幼馴染だ。

大人しめの性格で、影は薄い方。だから......意外と居ることに気付かなかったりする。

申し訳ないがな。小さい頃からそうなんだ。


「私は看護師って書いた」

「お前が看護師ぃ?」


もし俺が患者なら、こんな眠たそうな顔をした人にあまり看護はして欲しくないものだ。


「悪ぃかよぉ」


文恵は少しムッとした。

確かに、人がなりたいと言っているのにそれを否定するのは良くなかったな。失言だった。

しかし、俺が謝ろうとするのと同時に文恵は「それもそうか。看護って面倒臭そうだし、やめとくか」などと言った。

何だそりゃ。


「ま、適当に考えただけだし」


「隅人もとりあえず適当に書いておいたら?」と言われたので、そうする事にした。

適当とは言え、現実味のある方がいいのかもしれない。

そうだな......IT系なんてどうだろうか。具体的にどんな仕事なのかは知らないが、なんかよく聞くし。悪くはないだろう。

早速用紙を取り出したところで、授業開始のチャイムが鳴ってしまった。

まぁこれは、後で書くとしよう。

俺は、憂鬱な授業へと取り掛かった。


「ここ大事だからなー、しっかりノートに書いておけよー」


座学というのは、どうにも眠たくなってしまう。

楽しいことならまだしも、興味もない内容を長々と話されては、そりゃあ眠気も生まれてしまうものだ。ただ黒板に書いてあることをノートに書き写しているだけ。ほとんど作業だ。

人というのは不思議なもので、単調な作業を繰り返していると自然と眠たくなってしまうものだ。

教師の声をBGMに、俺は重い瞼を下ろした。

気付いた時には、もう昼。

朝からずっと眠っていた訳では無い。授業の度に意識を断つものだから、午前中が短く感じただけだ。

......それにしても少し眠り過ぎたか。


「園静、お昼食べようぜ」


園静をお昼に誘う。

誘うと言っても、教室で二人で食べるだけだ。

どこかへ行くという訳でもない。

そりゃあ屋上があれば行ったさ。まぁ当たり前と言えば当たり前だが、やはりアニメや漫画のように屋上が使えるだなんてことはなく、使えるとしてもそれはそれで皆行きたがってしまうだろう。

そんな人の多い場所は嫌だ。あと、鳥の糞とかで汚そうだし。

まぁ、高校なんてそんなものだ。

中学の時に思い描いているものとは、全くもって違う。


「俺の席でいいか?」

「構わん」

「私も」

「......」


「私も」じゃねぇよ、文恵。

たまには園静と男二人で食べようと思っていた所だったが、文恵が当たり前のように付いてきてしまった。

お前とはいつも食べてるだろ。

文恵は幼馴染だし、まぁ別に嫌な訳では無いのだが、どうしても周りの目が気になってしまう。

変な勘違いをされてしまっては困るのだ。

俺は構わないが、文恵はきっと困ってしまう事だろう。

それに友達とは言え、まだまだ園静の事もよく分かっている訳では無い。もっと仲良くなるために、たまには二人でお昼を過ごしたい時もある。


「オレは構わん」

「ほら、園静君もこう言ってるよ。だからそんな嫌そうな顔してないでさ」

「......」


結局の所、三人で食べることになってしまったのだが......まぁ、いいや。

こうして三人仲良く過ごすのも、悪くはない。

そんなこんなで、学校生活を送っている。

憂鬱だなんだとは言ったが、やはり友達と過ごしている時間というのは楽しいものではある。

だから、個人的にはプラスマイナスゼロって感じだ。


「隅人はさぁ、どの部活に入るの?」


文恵が質問して来た。

部活か。そう言えば、まだ決めていなかったな。

この学校では、部活動をするもしないも自由だ。

元々入るつもりは無かったんだが、入学してみると意外と部活動が多いもので。気になるのもいくつかある。


「オレはテニス部というものが気になるな。ルールは知らないが」


知らないのか。


「だったら、バスケ部に入らないか!!」

「ッ!?」


突然聞こえた大声により、俺達は驚いて飛び跳ねた。

見た事のない顔の三人。

大柄で、服の上からでも分かるような筋肉量。

運動部......先輩か。


「ど、どうして先輩方がこの教室に?」

「ん?あぁ、俺達は自ら部活の勧誘に来たのさ。先輩直々に来た方が、後輩達も喜ぶだろう?」

「はは......そうですね」


どうかな。

少なくとも俺は嬉しくないが。

運動系の奴らなら、こういうのが嬉しいのかもしれないな。


「暑苦しい......で、貴様らは何部なんだ?」


おい、ここに馬鹿がいるぞ。

俺の隣の園静ってやつ。


「さっき言ったと思うが......それにしても、随分と口が悪い後輩だなぁ。お前、名前は?」

琴代海隅人(ことよかいすみと)だ」


それ俺の名前。

お前は園静治だろうが。


「隅人か」

「違います。それは俺の名前です」

「あ?嘘ついたってのか?てめぇ。あんまり俺ら舐めてると、後で後悔するぞ」


おぉ......怖。

勧誘に来たのか脅しに来たのか、よく分からない事になってしまった。


「やめだやめ。てめぇらみたいなのがウチに来られると、逆に困っちゃうんだなぁ。二度とその面見せんなよ」


そう捨て台詞を吐いて、先輩達は教室を出て行った。

するとすぐに廊下で「おい!お前らバスケ部入らねぇか?」と言う大声が聞こえる。どうやら勧誘は続けるつもりらしい。

その面を見せるなと言われてもなぁ......勝手に教室へ来ておいて何を言っているのやら。

というか、「てめぇら」ってなんだよ「ら」って。絶対俺も入っちゃってるじゃねぇか。


「園静、お前さ。その口調どうにかならないの?」

「なぜオレよりも下の奴に、丁寧な口調を使わねばならない?むしろ奴らが使うべきだろう」

「......」


こっちはこっちで面倒だった。

まぁいい。あの先輩達も脳みそまで筋肉で出来てそうだし、明日には忘れている事だろう。


「決めたぞ琴代海」

「お、何を決めたんだ?」

「部活だ。オレは、バスケ部とやらに入る」

「お前......」


本当に馬鹿なのか。

それとも、たった今起きた出来事を全て忘れてしまったのか?

まぁ何にせよ、こいつは結構な危険人物だということが分かった。

......本気で友達をやめようか、迷ってしまうくらいに。

しかも、バスケ部と「やら」とか言っている時点でバスケ部をよく分かっていないことが丸分かりだ。本当に何も知らないんだな。


「とりあえず俺は、今はまだ入らないでおこうかな。文恵は?」

「私は、隅人と同じ部活に入る」


それはちょっと厳しいんじゃないか?

文恵は運動が苦手だから、もし俺が運動部に入ってしまった場合、かなりキツイだろう。そもそも男女別々だし。まぁマネージャーとしてなら入れなくはないが......まぁ可能性は無い。

なぜなら、俺も運動は苦手だからだ。


「そっか」


そんな風にして、お昼休憩は終わった。

それからはまた昼寝の時間だ。

今度は俺だけではなく、他にも眠っている人が多数見られた。

お昼の後の授業は、これまた一段と眠たいものだ。暖かい日差しと満腹感により、眠気が一気に襲いかかってくる。

そして、あっという間に学校が終わった。

さぁ、ここからが本番だ。


──────────


今日一日で、一番の心配事。

そう、俺の部屋だ。

帰り道に消防車や救急車は見えなかったが......まだ分からない。

もしかしたら大事件になっている可能性があるからな。

気は抜けない。


「お......」


とりあえずアパートは無事だった。

それを見て、心から安堵する。


「ふぅ......」


しかしこれだけでは無い。まだまだ心配事は残っているのだ。

俺は大きく息を吸って気合いを入れ、覚悟を決めた。

部屋の前に立つと、鍵を取り出して玄関のドアを開けた。ここまでは順調。いつも通りだ。

恐る恐る部屋に入る。

するとそこには、驚くべき光景が俺を待っていた。


「───────」


何も無い。

特に何も、起こっている様子はない。

むしろ片付いており、大分綺麗になっていた。

心の底から、安堵の息を漏らす。


「ロメリ......」


ソファーを見ると、ロメリアが横になっていた。

そっと近付いて見ると、寝息を立てている。

眠っているようだ。

まだこの世界に来て間もないっていうのに、昨日からずっと働きっぱなしだしな。心も体も疲れてしまっていたのだろう。

それにしても随分と可愛い寝顔だな......まるで子供みたいだ。


「ただいまロメリア。お疲れ様......ありがとな」


囁くようにそう言うと、できるだけ物音をたてないように動いた。

起こしてしまっては悪い。ロメリアの性格上、自ら休みなどは取らないだろう。なら、こうやって休める時に休ませてやらないとな。


「お」


帰る時間など、ロメリアに予想できるはずもなく、食事は机に置きっぱなしだった。

しかし、俺にとっては食事を作ってくれているというだけで嬉しいものだ。正直驚いた。メイドというのは、ここまでしなくてはならないものなのだろうか。

だが気になる事に、残っている食事は俺の物だけでは無かった。

二人分の食事が、寂しそうに食卓に並んでいる。

それにしても俺の食事と思われる物だけ、やけに豪華だ。ロメリアめ......変な気を使わなくても良いと言っているのに。


「......」


ずっと待っていてくれたんだな......そう思うと、なんだか心がホッコリしてしまう。

本当に良くできたメイドさんだ。

......いや、ロメリアが特別なだけなのかもしれない。

今度は、ラップの事を教えないとな。食事の保存方法を。


「ん......あれ......私......」

「おはようロメリア。あと、ただいま」

「あ、おかえりなさいませ......って、ス、スミト様!?」


焦るロメリア。

急いで立ち上がるも、さっきまで寝ていたせいか、体がよろめいてしまう。


「わっ!」

「おっと」


俺は咄嗟に手を差し出し、転びそうになったロメリアを受け止めた。

軽い。そして、いい匂いがする。


「大丈夫か?」

「は、はい......すみません、ありがとうございます」


ロメリアは、すぐに俺の腕から離れると、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。

こういう所はやはりまだ慣れていない......というか、ロメリアの「仕事として働いている身」という意識なのだろう。

そんな硬っ苦しいと、こっちまで気を使ってしまう。


「あー......まぁ、食べようぜ。せっかくロメリアが作ってくれた料理があるんだし」

「既に冷えてしまっています。すぐに新しいのを──────」

「ふっふっふ、この世界には電子レンジというものが存在するのだよ」


まぁ温かい冷たいの問題ではなく、普通に乾燥してしまっていたりするのだが......そんな細かいことは気にする必要は無い。

よく考えてみろ、女の子の手料理だぞ。

しかも、仕事とは言え俺の為だけに作ってくれた物だ。

それを食べられるというだけで、料理など正直何でもいいのだ。

イナゴだろうが蜂の子だろうが何でも美味しく食べてやる。


「見ろ、これが電子レンジだ」


俺は、キッチンにある箱型の機械を見せた。

俺は一人暮らしだし、キッチン周りの器具が多いという訳では無いが、ここにある物だけでも教えておいたほうが良さそうだ。


「デンシ、レンジ......これは、何をする物でしょうか」

「まずここに食べ物を入れる」


俺は、先程の冷えてしまった料理を一つ手に取り、レンジへ放り込んだ。


「でまぁ......細かいことは後日説明するが、今回は適当にこれで」


設定を合わせ、少し待つ。

すると、ピーピーという音が鳴った。


「い、今のは!?」

「温まった合図だ。そして、それが聞こえたらここを開ける。ほら、取り出してみてくれ」

「......?」


ロメリアは、中に入っている料理を、恐る恐る取り出す。

すると────────


「うわっ!?あ、温かい!温かいです!」

「そう。表面を焦がすことなく温めることが出来る機械。それがこの、電子レンジだ!」

「凄いです!」


まるで俺が開発したかのような気分になった。

普段当たり前に使っている物。

どれも皆、存在を知っているし、もちろん使い方を知っている。

だが、ロメリアはそのほとんどを知らない。

電子レンジも、冷蔵庫も、エアコンも、テレビにラジオにゲーム機まで。携帯電話とインターネットと......ありとあらゆるものを知らない。

......俺は、この世界に慣れ過ぎていた。そりゃあ当たり前のように生活出来ているのだから、仕方の無いことだろう。

しかし、こういう便利なものが当たり前のようの存在する世界の凄さに気付いた。ロメリアのお陰で、それに気付かされた。


「さぁ、食べよう」

「はい!」


俺達は、食事をした。

前はロメリアと一緒に作ったが、今回はロメリアに全て任せた料理だ。一度食べてみたいと思っていたしな。

さて、実力は如何程のものか......。


「ん!これは......」

「どうですか?」

「美味い」


めちゃくちゃ美味しい。

これには、正直驚かされた。


「たったあれだけの具材で、こんなに美味しいものを......凄いな」

「いえ。私はただ、教わった通りに作っただけですから」


いや、それにしても......だ。

こんなに美味しい料理、初めて食べた。

言葉が出てこない。もし俺が名だたるレポーターで、今食レポをしろと言われてもきっと言葉に詰まってしまうだろう。

それほどに美味だということだ。


「本当に美味しいよロメリア。ありがとう」

「いえいえ、そんな......照れてしまいます......」


照れた顔も可愛いよ。

だなんて、くっさい台詞はさすがに吐けなかった。

だが言っても良いと思えてしまうほど、料理の腕前はピカイチだ。

まだ褒め足りないくらいに、ロメリアの料理は美味しかった。

これを毎日食べられるだなんて、前の主人は羨ましいな。


「やっぱり、スミト様はお優しいですね」

「そんなことは無いって。まだロメリアは俺に気を使っているようだが......まぁ、段々慣れてくるさ」


そう、まだ出会ったばかりなのだ。

そのうち、すぐに打ち解けてくる。

そう信じている。


「いつまで続くのかわからないけど、これから暫くはひとつ屋根の下なんだ。同居人。一緒に住んでいる人。だからさ、一緒に仲良くやって行こうぜ。お互い、助け合ってな」

「助け合う......ですか?」

「そうそう。確かにロメリアはメイドかもしれない。だが、そんな気を使わなくても良いんだ。俺はもっと、ロメリアと仲良くなりたい」


どうせ一緒に暮らすなら、楽しく。

それが、俺の考えだった。

ロメリアとしては一刻も早く元の世界に帰りたいだろうが。俺も出来ればそうしてやりたい。しかし、残念ながらそれは叶わぬ願いだ。


「......分かりました」

「え?何が......」

「私も、その学園に行きます」


......何だって?

今のは、聞き間違いだろうか。


「ごめん、もう一回言ってくれるか?」

「私もその学園に行きます」


......聞き間違いではないようだ。


「えっと......その学園っていうのは、学校の事だよな?」

「そうです。スミト様が今日行かれた場所へ、私も行きます」

「......そうか」


なぜそういう考えになったのか.....いや、それ以前に。

正直な所、それは無理だと言う。

俺が行っているのは小学校ではなく、高校。

現代社会において、ほぼ全ての物を初めて見るロメリアにとって、それはとても大変なことだ。

非常に厳しいだろう。


「なぜ急に?理由を聞かせてくれ」

「スミト様と仲良くなるためです。それと、学園とは学びの場。もし私の居た世界と似ている場所であれば、そこでこの世界の事を学べるはずです」


学べるのは学べるが、少しレベルが違う。

高校で学ぶのは基本ではなく、応用なのだ。

まぁでも、人間関係や現代の人類というものを学ぶのであれば、あながち悪い案でもない......か。


「迷惑......でしょうか」

「......もしそれが叶うのなら、俺としては嬉しい。が、ロメリアの為を思って言うと、結構厳しいと思う」

「......そうですか」


学力の問題だけでは無い。やはり問題となって来るのは、金銭だ。

この世の中、とにかく色々なことにお金がかかって仕方ない。

ただの一学生である俺に、金銭的余裕は無い。


「こればっかりは、そう簡単に解決するようなものじゃないんだ......悪いな」

「いえ、こちらこそ無理を言ってしまって申し訳ございません」


ロメリアにも体験させてやりたかったよ。学校生活の楽しさというものを。

......いや、俺もあまり体験はしていないな。まぁ友達くらいは、ロメリアにも作れる環境をやりたい。


「では、片付けをします。スミト様はお休みになっていてください」

「いや、俺も手伝うよ。まだ慣れていないことばかりだろ?怪我でもしたら大変だ」

「あ、ありがとう......ございます」


ロメリアは、少し頬を赤らめた。

何を照れてるんだよ。俺今何か、変な事言ったか?なんだかこっちまで恥ずかしくなってしまう。

まぁ、これから恐らく長くなる付き合いなんだ。仲良くやっていこう。

俺は、ロメリアと一緒に皿を洗った。

今日は、こうして後片付けを二人でやれる事、家に帰って来たら、誰かが待っていてくれる事。

それらがどれだけ嬉しいことか、俺は知った。

改めてこれからよろしくな、ロメリア。

俺は、心の中でそう言った。

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