ロメリアの魔法
とっておきの場所。
俺が中学の頃、よく一人で行っていた場所だ。
たまたま見つけた誰も知らない場所。
家から少し行くと、森がある。大きな木が茂っていて、誰の土地かも分からない所だ。
「結構遠いが、歩いて行けなくもない距離だ。今日は健康的にお散歩と行こうか」
「良いですね。この世界はまだ知らないことだからけで、歩いているだけでも新しい発見ばかりです」
ロメリアは嬉しそうに言った。
そう言って貰えるとこっちも嬉しいものだ。まるで子供の遠足前のように、ワクワクしているようだった。
俺達は、朝早くから家を出る。
あまり人に会わないであろう早朝を選んだだけあって、道中ほとんど人に出会わなかった。
昨日は山と来て今日は森か。夏なのに、
「ここから入る」
しばらく歩くと、俺達は森の目の前まで来ていた。遠いとは言ったが、一時間もかからない。自転車ならもっと早かったが、タンデムする訳にもいかないからな。
道中はいつも通りロメリアが色々な事に興味を持ち、それを俺が教えるといういつもの流れだった。
しかし、ロメリアは本当に知識が身につくのが早い。この前、ことわざを使い始めた時には、もう日本人にしか見えなかったな。
「ここが秘密の場所ですか」
「この奥だな。そんなに深く入る訳じゃないが、あまり離れるなよ?真っ直ぐ歩くだけだが、迷子にならない保証はない」
山と違うのは、森の場合は木々の背が高いのと、坂道になっていない所だ。
歩く分には楽だが、こっちは秘密の場所。道なんか用意されているわけもなく、迷子になったら出られそうもない。
不気味というには少し明るい森。
夏なのに比較的涼しく、何故か虫の声があまりしない場所だ。
その点もお気に入りポイントだ。今の季節、どこへ行ってもセミの声がするからな。
「静かな場所ですね」
「もっと静かになる」
奥へ進むと、森は段々と暗くなっていった。
木の隙間から差し込む光が、俺達の行く道を照らす。
奥へ奥へ、ずっと奥へ歩いて行くと前方に光が見える。草木をかき分けて光の中へ入ると、そこには開けた場所があった。
ここだけ切り取られたかのように、木が無い場所。
ここら辺一帯だけ背の低い草しか生えておらず、この場所を避けるかのように木は周りに生えている。
それは、森の中のオアシスのようだった。砂漠の中にポツンと、この場所だけ木が生えていない。
そして真ん中には、ボロボロの古い建物がそびえ立っている。
「ここは......?」
「さぁ?何だろうな。何故かここだけ木が生えていないんだ。まるで、何かに守られているみたいに」
不思議な場所だ。
人によっては、不気味だと感じるかもしれない。
しかし俺は、この場所が何だか秘密基地のような、自分だけの特別な場所に感じられた。
パワースポットのようなものだろうか。
何かそういう謎のエネルギーみたいなものが出ているのかもしれないな。
「ここ結構広いし、木がないから燃えたりする心配は無いし、周りにある木で囲まれているから見つかる心配もない。魔法を使うのに最適という訳だ」
「確かにそうですね。良い場所です」
ロメリアは、魔法を使うのに良い場所という意味ではなく、どちらかと言えば単純にこの場所を良い場所だと言ったように思えた。
周りを見渡し、落ち着いたような表情を浮かべている。
「何でしょう......ここは、どこか懐かしさを感じられます」
「懐かしさか......もしかしたら、魔力的なものがあるのかもな」
この前借りた本も、魔術書っぽいものだった。
もしかしたらこの世界にも、魔法が存在しているのかもしれない。
「そう言えば、この前借りた魔術書はどうしたんだ?」
「あ、すみません。もう返してしまいました。期限が迫っていたもので」
「いや別に構わないんだが、結局あの本は何だったんだ?」
めくってもめくっても白紙の本。
何故貸し出しされているのかも分からないが、ただの本とは思えないようなものだった。
「色々試してみたのですが、結局なんなのかは分かりむせんでした。そのうちまた借りてみようかと思っていますが......もしかしたら本当にただの白紙の本かもしれません」
そんなこと......あるのか?
魔法を知って、思い込み過ぎたという事だろうか。
ただの本にまでファンタジー味を感じてしまった。あの本には何かあると思っていたのだが、勘違いだったのだろうか。
「まぁ本の事はいいさ。もし普通の本だったのなら......せっかく異世界へのヒントが見つかったと思っていたのに残念だ」
「はい......でも、それで立ち止まる訳には行きません。また次のヒントを探します」
「そうだな。こんな事で諦める訳には行かないよな」
また探すさ。
ロメリアが家へ帰れるまで、俺はどこまでも付き合うつもりだ。例えそれが大変な道のりだったとしても、途方もないような事だったとしても。
希望がある限り、俺は諦めない。
「必ず帰してやるからな」
俺は、小さな声でそう言った。
その声は、森林の隙間を通って来る風によって掻き消された。
ザワザワと森は揺れ、優しい風が吹き通る。
夏とは思えないような涼しさを肌に感じながら、俺とロメリアは木漏れ日の中でゆったりと過ごした。
「ウィンド」
突然、強い風が吹いた。
自然の風では無い。一方向からではなく、四方八方から風が舞い込んでくるのが分かった。
ロメリアの魔法だ。
「魔法は、魔力の形を変化させたものです。属性魔法、強化魔法、固有魔法などの種類があります」
ロメリアが「トルネード」と唱えると、小さな竜巻が発生した。
ロメリアの動かす手に合わせて、竜巻が移動する。
「凄い......」
「魔力の流れを操り、使いたい魔法をイメージします。そして詠唱することで、魔法を使うことが出来ます『ブレイクバーン』」
ロメリアの腕が炎に包まれる。
その腕で、近くにあった人くらいの背丈はある大きな岩を殴った。
すると、岩に腕がめり込み、内側から炎と共に砕け散った。
まるで、中で爆発したかのような感じだ。高熱でドロドロに溶けた岩が、周りに落ちる。
「ウォーターレイン!」
ロメリアが放った水の塊が、空中で静止する。高いところで止まっているそれは、大量の雨を降らせた。
その雨により、赤く溶けている岩が急激に冷え、ブワッと蒸気を発した。熱が引いていくのが分かる。森に火が燃え移らないようにする為だろう。
「おぉ......!」
「スミトさんの仰った『派手な魔法』と言うのは、こういうものの事でしょうか」
そうそうこういうの、こういうのだよ!俺が見たかったのは!何だかやっと、ロメリアが異世界から来たということを認識出来たような気がする。
言葉にするのは難しいが、なんかこう......ファンタジーって感じだ。
「ありがとうロメリア!こういうのが見たかったんだ!」
「喜んでいただけて光栄です」
羨ましいな。
俺も魔法が使えたら、どんなに楽しい毎日を過ごすことが出来るだろうか。
実際に魔法が使えるロメリアは、そんな事当たり前だと言わんばかりに何とも思っていなさそうだが。
俺は、満足するまでロメリアに魔法を見せてもらった。
ロメリアには少し申し訳ない事をしたと後から反省したが、ロメリア自身も結構楽しそうにしてくれていた。
こっちの世界に来て、俺が当たり前に普段使っているものをロメリアが驚くのと同じように、ロメリアにとっては当たり前のものを、俺が喜んで見ていたからだろう。
「さて、そろそろ帰るか」
「随分暗くなってしまいましたね」
「そうだな。急いで帰らないと、ここら辺は迷いやすいだろし危険だ」
歩いて来た分、歩いて帰らなくてはいけない。
まぁそれは当たり前の事なのだが、魔法を見ていただけなのに何だか疲れてしまった。
せっかく魔法というものが存在するのに、まだあまり便利さを感じていないのは仕方の無い事だろうか。
「......そうだ。前、俺が空を飛べるかって聞いた事あったよな?あれ、覚えているか?」
俺はてっきり、魔法で簡単に空を飛べるものかと勘違いしていたやつだ。
確か、実際は空を飛ぶ事は簡単ではなく、そういう魔法もあるが扱うのは難しいという事だったな。
「はい。それが何か......?」
「魔法を組み合わせる事って、出来るか?」
「え?」
ロメリアは、不思議そうな顔をした。
俺の意図が読めず、困惑しているようだ。
「出来なくはないですが......」
「擬似的に空を飛ぶことが可能かもしれない」
俺の考えはこうだ。
できれば、アメリカのヒーローのように手足からジェットのように炎魔法でも出すことができれば飛べる可能性はあった。
だがそれだと、空を飛ぶ程の出力の炎魔法は、ロメリア自身の手足を燃やしかねない。現実的には難しいだろう。
そこで、風魔法を代用する。
人を浮かせるほどの風を吹かせることが出来れば、炎よりも効率よく飛ぶことが出来るだろう。
「俺と初めて会った時、俺を飛ばして見せただろ?あれよりも威力があるのって出来るか?」
「は、はい」
力が分散されないように、風を絞る。
台風並みの風を一点に集中させる。そうすることで周りに被害を出さず、無駄な力も違うことが無い。
だが、それだけではただ真上に飛ぶだけだ。
そこまではロメリアも出来るらしい。
「問題ありません。その場で高く飛ぶことなら、跳躍でも出来ます」
「跳躍よりも、より高く飛ぶ必要があるんだ」
この真上に飛ぶ風を利用して、目的地の方角へ飛びたい。
簡単な事だ。鳥とかもそうやって飛んでいるのだろう。
「翼だ」
魔法で作った翼のようなものを羽ばたかせれば、空中でもある程度は体を動かすことが出来るはずだ。
「何か鳥の翼のようなものを作ることは出来るか?」
「......」
ロメリアは少し考える。
自分の使える魔法の中で、俺の意図に合っているものを探しているようだ。
「私の固有魔法なら、一応は可能かと」
「固有魔法?」
「すみません、説明してませんでしたっけ。私の世界には、魔法の他に固有魔法というものがあります」
固有魔法とは、その名の通り個人によって違う能力を持つ魔法のようだ。
ゲームで例えると、スキルみたいなものか。
固有魔法は、魔法には存在しない効果を持つようだ。
「私の固有魔法はライト・ウエポン。光で物を作ることの出来る能力です」
「ほう」
聞く限りとても便利そうな能力だが、本人はイマイチ自信無さげだ。
「強そうな能力だが、何か問題でもあるのか?」
「はい......実は、光で作っただけあって耐久力に問題がありまして。非常に脆く、羽ばたくことは不可能かと思います」
なるほど、そういう事か。
脆いというのがどれだけのものかは知らないが、取り敢えずやってみない事には何も始まらないな。
「具体的にはどれくらいの耐久度なんだ?」
「そうですね......この世界にある物だと、プラスチックというものでしょうか......それも薄いくらいの」
分かりにくいな。
だが何となくなら分かった。
今はそれで十分だ。なんなら、翼の質感だって再現する必要は無い。
「俺は何も翼そのものを作れと言っている訳では無い。翼のようなもので良いんだ」
「翼のようなもの......やってみます!」
ロメリアは、少し離れた所でジッとした。
今まで剣や盾、槍などの武器は作ったことがあったが、翼なんてものは初めてらしい。
集中が必要だと言っていた。
「どうだ?ロメリ────」
バサッという羽ばたく音が聞こえた。
ロメリアの背中から、神々しい光を放つ翼が現れた。
光の翼に、俺は目を奪われる。
思わず息を飲むような姿だ。まるで天使でも舞い降りたかと思うような。
「スミトさん......?」
「お、おう!すまんすまん」
つい、見入ってしまった。
あまりの美しさに我を失いかけていたようだ。
光で出来た大きな翼は、風を受けるには十分なように見えた。
「よし、やってみるか」
ロメリアは、俺をお姫様抱っこの形で抱きかかえる。
とても恥ずかしい。正直、今すぐ降りたい気分だ。だが、おんぶするにしても翼の邪魔になってしまう為に抱っこして貰うしかない。そして持ちやすい体勢の結果がこれだ。
ロメリア自身は身体強化魔法で俺を軽々と持ち上げることが出来る。
絶対に誰かに見られたくは無い。
「では行きます」
「頼んだ」
周りに風が舞い始める。
草木はザワザワと荒れ始め、ロメリアの周りを小さな台風が囲む。
そして──────
「ッ!!」
ボンッという爆発音とも取れるような大きな音が聞こえた。
その時には、既に体が空へと浮いていた。
勢いよく風を上へ巻き上げ、空へ跳んだのだろう。
バサッバサッと羽ばたく音が聞こえる。
落ちている感じはしない。これは......成功した......のか?
「スミトさん......!飛んでます!私、飛んでますよ!」
「あぁロメリア、俺たち飛んでるな!」
最高だ。
まさかこうして、空を飛ぶことが出来る日が来るなんて。
肉体のみでの飛行は、この世界の人類としては初だろう。
ロメリアも凄く嬉しそうだ。
超能力を手に入れたらやってみたいことが、今叶っているのだから。
まぁ飛行と言っても、正確には凄い跳躍をしているだけだがな。
「俺達の家にも、すぐに着きそうだ」
遠くの方に真っ赤な太陽が見える。
夕日だ。森からだと既に暗くなっているように思えたが、こうして空から見ればまだ夕方だった。
街が小さく見える。
飛び立つ際の音こそ大きかっただろうが、地上からすれば、俺達は鳥か何かにしか見えまい。
「なるほど、こうして飛んでいたんですね......」
「ん?」
「いえ、すみません。向こうの世界でも、風魔法を利用して空を飛んでいる方が居たもので......」
そうだったのか。
やはり、どの世界にも同じように考える人はいるものだな。
アイデアなら誰でも思いつくようなものだ。しかし、これはロメリアの技術力や魔法操作の能力が高かったからこその成果だ。
やはり、ロメリアは最高のメイドだ。
──────────
正直、あまり考えていなかったのは着地の事だった。
どうやって飛ぶかは考えることが出来たが、どうやって地面に降り立つのかは全く考慮していなかった。
故に、結局俺の家からは少し離れた人の居なさそうな所に、暴風と共に不時着するしか無かった。
光の翼で何とか姿勢を制御し、風魔法で細かく微調整することでなんとか怪我せずに着地することに成功した。
「すまないロメリア、無理をさせてしまった」
「いえ、私も興奮して......お怪我はありませんか?」
「大丈夫だ」
そのロメリアが言っていた、向こうの世界で空を飛んでいたという人は上手く着地できていたのだろうか。
ロメリアを見ると、ここが魔法の技術力なのかと思う。今の場面、もっと風魔法の技術力が高ければ、姿勢制御を上手く使ってもっと綺麗に着地できたりしたのだろう。
まぁ、ロメリアも十分に上手かったから俺もロメリアも怪我せずに済んだんだがな。
「ありがとう」
家に帰ると、また疲れが襲って来た。
しかしそれは俺だけでは無い。むしろ、ロメリアの方が疲労しているだろう。
「ロメリア、今日はありがとう。お陰で楽しめたよ」
俺が思っていた異世界感を、見事に魅せてくれた。感謝してもしきれないほどの感動を与えてくれた。
「いえ、私の方こそ感謝しています。ずっと、空を飛んでみたかったんです。それを今日、スミトさんが叶えてくれました」
「叶えたのは自分自身の力だ。俺はただ、アイデアを出しただけに過ぎない」
「それでも、嬉しかったです。ありがとうございます」
本当にロメリアは、俺のメイドにするには惜しいくらいだ。
魔法という素晴らしいものを持っておきながら、こんな小さな部屋でひっそりと過ごして......正直、この能力を俺だけの物にするには勿体ないと思う。
何かバレない範囲で色んな人に観せることは出来ないだろうか。
例えば、それこそ手品とか......
「手品か......」
「?」
「いや、ロメリアの魔法をもっと色々な人に見てもらいたいと思ってな。もちろんバレないようにだが」
ロメリアの場合、手品というより本物の魔法な訳だが。
タネも仕掛けも無い手品ほど強いものは無いだろう。ロメリアなら、絶対に見破られない最強のマジックをする事が出来る。
「前、文恵に驚かされただろ?今度はこっちが驚かせてやろうぜ」
そう言うとロメリアは、少し嬉しそうな顔をして「はい!」と言った。もしかしたらよく分かって無かったのかもしれないが、とても良い返事だった。




