バスケットボール
「良い天気ですね」
「そうだな」
青く広がった空。
雲ひとつない。快晴とはこの事だ。
そんな空の下、俺とロメリアは外を散歩していた。散歩だなんて、この歳になってからするとは思わなかった。
散歩は、幼少期か年老いてからのイメージがある。まぁ、単純に散歩をする為だけの目的ではなく、ロメリアに街の案内をするという過程での散歩だが。
「この世界は暖かいですね。私のいた世界は、基本的に寒かったので」
「今は夏だからな。暖かいというより、暑いくらいだ」
ふむ。こうして隣を歩いていて気付いたが、俺達は今デートしているように見える。
俺は全くそのつもりは無いし、ロメリアもデートの「デ」の字も浮かんでいないだろう。
だが、傍から見れば、明らかにデート中のカップルだ。
それはまずい。
同じ学校の人にでも知られれば、俺に明日は無いだろう。
そんな簡単なことにも気付かないほど、俺はロメリアと一緒に居ることに慣れてきてしまっているということだろうか。
「あ!スミトさん、あれは何という鳥でしょうか?」
「ん?あぁ、あれは飛行機という乗り物だ」
空を元気よく指さすロメリアを見て、俺はそう答えた。
何とも微笑ましい光景だ。彼女というより、娘が出来たような気分になってしまう。
こうして何でも質問して学ぼうとするロメリアの姿勢は、とても無邪気で可愛らしいものだ。
「これだな」
俺は、スマホで飛行機の画像を調べ、ロメリアに見せてやる。
「こ、これがヒコウキですか......」
目を丸くして、脳に焼きつけるように画像を見るロメリア。
その目は、何もかも新鮮だと言わんばかりに輝いて見えた。
「乗り物ということは、クルマやデンシャなどと同じものなのでしょうか」
「そうだ。あれも人が作った、空を飛ぶための物だな」
「凄いです......私の世界にも、人を乗せて空を飛ぶことの出来る生き物が存在しましたが、そう簡単に出会うことは出来なかったので乗っている人はごく稀でした」
「人は魔法では飛べないのか?ほら、前ロメリアが使っていた風魔法とか、人を浮かせるほどの力があったじゃないか」
「確かに人を浮かせる事は出来ますが、それだけです。自由自在に空を飛ぶとなると、風魔法では限界があります」
もちろん、人によっては風魔法で飛んでしまう人も居ますと、ロメリアは後から付け足して言った。
そうか。やはり異世界でもそう簡単には空を飛ぶことは出来ないか。
空を自由に飛ぶというのは、人間なら一度は考える夢。
そんな魔法があるのであれば、是非とも俺にも教えて欲しいものだった。
だが俺が魔法を学ぶには、ひとつの大きな課題があるらしい。
「やはり、魔力が無いと風魔法を使えないのか?」
「はい。申し訳ありませんが、そうなってしまいます」
だよな。そりゃ魔法って付いてるんだし、魔力は必要だろう。
そう、魔力だ。俺が魔法を使うことが出来ない理由。それは、魔力が無いからである。
どうやらロメリアの世界の人達は魔力という目には見えないエネルギーを操って、魔法という形で体から放出しているらしい。
その感覚が全く分からない俺には、魔法を使うことが出来ないそうだ。
とてつもなく、この上なく、人生で一番の残念な事だった。
「しかし、いつか使える日がきっと来ます」
「そうか?俺にはその希望は見えないけどな......」
「私が僭越ながらお手伝いさせていただきますので、近いうちに必ず使えるように努力させていただきます」
いや、ロメリアが努力してもな......
「ありがとうロメリア。いつか使えるようになると信じてみるよ」
「はい!」
とまぁ、そんな風に話たりしながら、結構な距離を歩いた。
道中、ロメリアは色々なことに興味を持つものだから、通常よりも随分と遅い歩行にはなってしまったが、本来はロメリアにこの世界を教えることを目的としているので正しい事だった。
むしろ、俺としてはこんな事でも役に立てることが嬉しかった。
「スミトさん、あの網で囲まれた場所は何でしょうか?」
ロメリアが再び気になったのは、バンバンとボールの跳ねる音がする場所。
「バスケットボールのコートだ。あの中で、バスケをする」
いつもは結構賑やかな声が聞こえていて、バスケの試合でもしているのたが、今日は比較的静かだ。
「ばすけ......とは、何でしょうか」
「見てみるか」
コートの中を覗くと、ひとりでシュートしている人が居た。
珍しいな。一人しか居ないなんて。
「バスケはスポーツのひとつで、ああやってボールを───────」
と、バスケをしていた人がこちらに気付き、振り向いた。
それが、とても見知った顔だったものだから、俺は少し驚いてしまった。
「なんだ園静じゃねぇか」
「おぉ琴代海か。こんな所で何をしているんだ?」
「こっちのセリフだ。お前こそ......」
と言いかけて「バスケをしている」と返ってくることが目に見えているので止めた。
「俺は見ての通りバスケだ」
「言わなかったのに......」
「散歩でもしているのか?ん......その女は確か、転校生か」
「あ、お、お世話になっております。ロメリア=アルメリアです」
ロメリアは緊張しているのか、少し舌の回りが悪いようだ。
他の人にはあまり固まってしまうことは無いように見えたが、どうやら園静は苦手のようだ。
「手を出すのが早いな。もっと慎重な男かと思っていたぞ」
「いや違う!そういうんじゃない。これは......本当にただの散歩だ。たまたま会ったから、街を案内していただけだ。決してそういうものでは無い」
しかし園静は目を細めて、俺とロメリアを見比べた。
何か言いたそうだったが「ふん」とだけ鼻を鳴らすと、ボールをゴールにシュートした。
ガコンという音と共に、ボールはリングをくぐって落ちた。
「上手いな」
「お前らもやるか?どうせ暇なんだろう」
園静はボールを片手でクルクル回しながらそう言った。
俺がロメリアの方を見ると、とてもやりたそうに目をキラキラさせていた。
ふむ。折角だし、やらせてもらうことにしよう。
「別に本格的にバスケをする訳じゃないし、ルールだけざっくり教えるから、後はシュートしてみるか」
「はい!よろしくお願いします」
俺はバスケットボールのルールは、何となくなら分かるが、細かい事までは知らない。
だから、園静にも手伝ってもらって二人でルールを教えた。
しかし今は三人しか居ない。試合が出来る訳でもないから、シュートだけしてみる事にした。
「こうやって左手を添えて、右手で押し出すようにしてシュートだ。園静、お手本を頼むよ」
「刮目せよ」
園静は、ボールを数回地面に叩きつけてから、その場でシュートした。
とても綺麗なフォームだと、素人の俺でも見れば分かる。
ボールは軽く弧を描き、ゴールである赤色のリングにスポッと落ちた。
「「おー」」
「やってみろ」
園静はボールを拾い、ロメリアにパスをする。
ロメリアはそのボールを両手で受け取ると、ゴールに向かって構えた。
構えは悪く無さそうだ。園静がやっていたのと、対して変わっていないように見える。
「はっ!」
気合いの入った掛け声と共に、ボールは弧を描いて......無かった。ほぼ真っ直ぐに飛ばされたボールは、ゴールのリングにガコッと当たり、そのままあらぬ方向へと飛んでいってしまった。
「あっ、す、すみません」
少し恥ずかしそうにするロメリア。
初めてやるにしては全然良いのではないだろうか。
俺だって、一発で入れることは稀だ。
どちらかと言えば運動は苦手な方だからな。
「よし......ほっ!」
二投目。
今度は山なりには行ったものの、ゴールまで届かずに地面へ落ちてしまった。
「真っ直ぐには飛んでいるから、後は距離感だな」
「は、はい!難しいですね。この『ばすけ』というものは」
「初めてにしては上出来だ。すぐに入るようになる」
その後も何回かロメリアはシュートしたが、一向に入る気配は無かった。
惜しい所まで来ているのだが、どうにもリングからは外れてしまうのだ。
「なら他のシュートも試してみるか。園静、頼む」
「刮目せよ」
園静は、所謂レイアップシュートというものを披露した。
こっちの方が難しそうに見えるが、別にロメリアは運動神経が悪いわけでは無さそうだ。ただ少しドジなだけで、練習しなくても大体の事をこなせてしまう優秀なメイドだ。
「まずドリブルからだな。こうやってボールを地面に叩きつけるようにするんだ」
俺は少しドリブルを見せた。
ボールを叩くのではなく、ほんの少しだけ持つようにする......と、感覚的な事を説明するのは難しいな。
そういうことは、園静の方が上手かった。
「そう言えば、バスケ部に入ったんだったか?」
「いや。入っていない」
あれ?そうなのか。
てっきり、もう部活はバスケ部に決めたものかと思っていた。
「あそこは地獄だ。暑苦しいし、臭いし、自分よりも劣っている奴に指図されるのは御免だ」
部活ってそういうものだろう。
初めの二つはまぁ分からなくもないが、最後のは園静らしいな。なんという上から目線。
「上手いのに。惜しいな」
「ふん。少し年上なだけで威張る奴とはやってられないな」
「そうか。教えるのも上手いから、お前は先輩向きかもな」
先輩に向き不向きもないか。
と、自分で言っといて思った。
「俺も初めは全くと言っていいほど出来なかったからな。出来ない奴の感覚を知っているだけだ」
なるほど。
初めから出来てしまう人より、一度苦しんだ人の方が教えるのは上手いという訳か。
しかし、園静が「全くと言っていいほど出来なかった」だなんてな。俺の中の園静のイメージは、スポーツ万能成績優秀イケメン厨二病こじらせ高校生だから、中々想像できないな。
「俺は昔は運動が苦手だったのだ。だが、弱い自分を克服するのに向いていると聞いて他にもやることも無いし、スポーツというものを試してみたのだ」
「それで、思わぬ才能が開花したと?」
「いいや。俺に才能なんて無い。あるのは、覚えの良い頭と、負けず嫌いな性格だけだ」
「それも十分才能なんじゃないか?」
「貴様は、本当に才能のあるやつを見たことが無いのだろう。幸せな奴よ」
「......」
なんか腹立つな。
コイツが完璧で無いのは、やはりこの上から目線と変な喋り方のせいだろう。
「あっ!」
「おっ」
リングの縁に当たり、跳ね返ってしまうボール。
今のは一番惜しかったな。
たまたまボールが俺の近くに来たので、俺が拾った。
折角だから、俺も一回はシュートさせて貰おう。
どれ、ロメリアにお手本でも見せてやろうかな。
そう思い、構えた。
「ほっ」
俺のボールは、弧を──────
「よっと」
描く前に、空中で止まった。
いや、止められてしまった。
ボールはその止められた手の中に収まり、キャッチされてしまう。
「え?」
「残念。俺が取っちゃった」
誰?
園静じゃない。誰だこの男は。
俺よりも身長が高い人。俺の知り合いには、こんな人はいない。
「ここ俺ら使うからどいてくんね?」
「え?」
「いやさ。俺らこれからここで練習すっから、どいてくんねつってんの」
後ろを振り返ると、他にも二人。
知らない男達が居た。こいつの仲間だろうか。
キャッチされたボールを俺に押し付けるように渡してくると、早く出ろと言わんばかりに顎で出口を指した。
「ほら」
「あぁ?」
それにキレたのは、園静だった。
「なんだァ?貴様ら。後からノコノコやって来て、『どけ』だと?誰にものを言っている」
「お前らみたいな下手くそが使っても無駄だろ?俺達はバスケ部なんだ。練習するからどけと言ったんだ」
「貴様、どうやら頭が可哀想なことになっているようだな。ここは公共の場だ。そんなに練習がしたいのなら体育館でも取ってやれ」
不味いな。
こんなことにロメリアは巻き込みたくない。
居るのが俺とロメリアだけなら、仕方なく諦めて譲っていたところだが......園静は負けず嫌いだ。
意地でも譲らない気だろう。
「なら、お前らが下手くそだということを証明してやろうか?」
「別にいい。早く出て行け」
「まぁそう言うなって。俺達が勝ったら、おとなしくここを出てけよ」
「......あ?」
「3on3だ」
え......?
それってつまり、三対三ということか?
つまり、俺とロメリアも入っているということか......!?
非常に不味いことになった。
確かに園静は強い。だが、相手がバスケ部となると流石に通用するかは分からない。
ましてや、仲間が俺とロメリアだ。ロメリアはまだ一本もシュートが入っておらず、俺だって戦力になるかどうか。
「良いだろう。但し俺達が勝ったら、貴様らには死んでもらう」
条件重っ。
「あーあーはいはい。でルールなんだけど、お前ら初心者に合わせて簡単にしてやるわ」
との事で、通常の3on3よりもルールは簡単になった。
まず、三対三で攻守が交代するバスケだ。
制限時間は設けない。どこからシュートしようが一点で、合計五点決めた方が勝ち。
攻守交替の基準としては、ゴールを決めるか守備側がボールを取った場合に立ち位置がリセットされて始めからとなる。
つまり、本来のスピード感は若干薄れるという事だ。
「ルールは理解した。大丈夫だよな?園静。ロメリア」
「あぁ」
「はい!」
ロメリアもやる気満々だ。
よし、こうなってしまったらもうやるしかない。
俺も本気で挑ませて貰おう。
──────────
「本当に良いのか?ロメリア」
「はい。まだゴール出来ていませんから、私ももう少しバスケをしていたいのです」
ロメリア......すまないな。こんなことに巻き込んでしまって。
「なぁ、よく見たらあの女可愛くね?」
「これ勝ったら、誘えばよくね」
「まじそれ。天才じゃん」
向こうの三人も、何やら話している様子だ。
聞き取れる会話から察するに、どうせロメリアの事だろう。
そうでなかったとしても、何にせよぶっ飛ばすだけだ。
俺達は、位置に着いた。
正直どこに立ってどうしていれば良いのかさっぱり分からないから、取り敢えず相手をよく観察することにする。
「んじゃ、ジャンケンね。勝った方が攻撃」
「構わん」
園静がジャンケンをした。
どうやら勝ったようで、俺達が先に攻撃をするようだ。
「雑魚が」
まだジャンケンに勝っただけなのに、園静はとても強気だ。
こちらが攻撃側だと言うのに、相手がボールを持っている。と思ったら、園静に向かったパスした。なるほど、ああやって相手からボールを受け取ってから始めるのか。
それと同時に、自称バスケ部の連中は軽く構える姿勢を取った。
試合開始だ。
「琴代海!」
名前を呼ばれ、ボールが勢いよく俺の少し前に飛んで来た。
俺は走り出していたので、ボールにギリギリ間に合う。
「くっ!」
そこから俺はドリブルをしながら何歩か走り、ゴールに向かってボールをシュートした。
が、ボールは俺の目の前で落ちた。
突如として俺の視界に入り込んできた奴に、止められたのだ。
「あいー。ま、そう簡単に入るもんじゃないから」
そう言われ、少し頭にくる。
ボールを取られたので、今度は向こうが攻撃のターンだ。
「すまない、園静」
「気にするな。運が悪かっただけだ」
相手ては、ニヤつきながらドリブルをする。
ここでボールを取らなければ、相手に一点取られてしまう。五点なんてすぐだ。ロメリアの為にも、勝ってまたバスケをしたい。
「行くぜ」
パスが出される。
目に見えないほどでは無いが、見てからでは追いつけない速さ。
ボールを追っていたつもりが、いつの間にかゴールの手前まで進行を許していた。
「速っ!?」
ドリブルしているボールに手を触れようとした瞬間、パッとボールが消えた。
パスだ。タイミングが完璧過ぎる。
ボールはもう一人の方へと移り、そのままゴールのリングへと入って行った。
「んゴォォル!」
「うぇーい」
「余裕余裕」
三人は小走りでコートを回りながらハイタッチをする。
クソ......ここまで通用しないのか。
技量では勝てないことは分かっていた。だから、作戦で勝とうと思っていたのだが......現実はそう甘くは無い。
その場しのぎの作戦なんかで、バスケ部に勝てるわけが無かった。
「ちょっとさー、本気でやってくんない?俺ら虐めてるみたいじゃん」
半笑いでそう言われ、流石の俺も腹が立った。
しかし俺以上にキレているのは、園静だった。
「黙れよカス共。たかが一点くらいで調子乗んな」
園静は、結構口が悪い。
「おー怖。じゃはい。早く始めて」
ボールを渡された園静。俺達は再び攻撃に移る。
俺が最後にバスケをしたのは、中学の体育の授業だった。
その時も確かにバスケ部はいたが、記憶が確かならここまで差がつくほどの強さではなかったはずだ。
「琴代海!」
試合開始と共に、再び俺の名が呼ばれる。
が、今度はボールは俺とは真反対のロメリアの方へ飛んで行った。
これは作戦だ。俺の名前を呼ぶことで相手の注意を引かせる。ミスディレクションという奴だ。
「あ!」
しかし、ボールはロメリアに取られることなく、ロメリアの前を勢いよく通り過ぎてしまった。
コートをはみ出してしまった為、相手のターンに移る。
「どうした」
「申し訳ございません......ボールが来ることは分かっていたのですが、思っていたより速くて......」
「次に取れればいい」
園静は、ロメリアの事を見ずに言う。
「まぁ気にするなよロメリア。園静のボールが速すぎるだけだ。そんなに無理はしなくていい」
「ありがとうございますスミトさん。しかし、私にできる限りの事はやりたいんです」
気持ちはありがたい。
俺だって、そんなロメリアにまたバスケをやらせてあげたい。
しかし、もう厳しいのでは無いかと思い始めている。
......いや、最初から気づいてはいたんだ。けど諦めきれなかった。
勝ちたい。こんなにコケにされて、黙っていられるはずがない。
「よし、次だ」
俺が相手にボールをパスして、試合が始まる。
しばらくドリブルしてジワジワと近付いてきたが、俺が取ろうと動いた途端にパスを出される。
ボールは、ロメリアがマークしている奴の所へと行った。
ロメリアは相手のボールの行先を見て、粘り強く邪魔をするも中々ボールを取ることはできない。
するとシュートすると見せかけて、後ろ手にパスを出された。ノールックだ。
そしてそのパスは俺がマークしている人に向けてのものだったが、俺は後ろから押された。
無理矢理俺を突破し、ボールを受け取るとそのままダッシュして──────
ボンッ!
という音がした。
見ると、ボールはコートの外へ出ていた。
園静が弾き出してくれていたのだ。
「ふん」
「チッ」
園静が鼻を鳴らすと、相手は舌打ちをした。
園静......流石だ。俺は、全然戦力にならなくて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「スミトさん!大丈夫ですか!?」
ロメリアが、パタパタと走って来てくれる。
「大丈夫だ。ありがとう」
「良かったです......」
......さて、どうしたものか。
今のは園静が何とかしてくれたから助かったが、園静一人ではどうやっても一点取ることは難しい。
このまま続けても、一方的に入れられて終わりだ。何か打つ手を考えなければ、負けてしまう。
──────────
「はぁ、はぁ、はぁ」
駄目だ。
「ラストいってーん」
「まじか。まだ一点も入れられてなくね?」
「俺ら強すぎ。最強じゃん」
勝てない。
点差は四点。
つまりあと一点でも入れられれば、俺達の負けだ。
たかが四点、全然巻き返せると思う人もいるだろう。しかし、向こうは全員バスケ部員。こっちは、バスケ部に勝らずとも劣らない実力者と異世界のメイドとまるで戦力にならないカスだ。
逆に、一瞬で負けなかった事を褒めて欲しいくらいだ。
「ロメリア、諦め──────」
「スミトさん」
ロメリアが、俺の言葉を遮った。
その表情はとても真剣なもので、本気だと言わんばかりの眼差しを俺に向けていた。
「魔法を使う許可を、いただけないでしょうか」
「魔法......?」
魔法。
それは、初めて俺とロメリアが出会ったあの時に使ったものだ。
「駄目だ。そんなことをしたら、ロメリアの身に危険が......」
「大丈夫です。バレないように上手くやりますので......どうか、お願いします」
「......」
ロメリアがそこまで言うとは。
俺は以前、人前で魔法を使ってはいけないことを教えた。それはロメリアを守る為だ。
だが、ロメリア本人がどうしても使いたいと言うのなら......今回ばかりは、俺が折れる事にした。
「分かった。頼んだぞ、ロメリア」
「お任せ下さい」
ロメリアはボソッと何かを呟くように言うと、姿勢を低く構えた。
普段のロメリアからは考えにくいポーズだ。まるでレスリングでも始めるかのように、戦闘態勢に入ったと言うべきか。
園静もそれを察したのか、最初のパスは俺ではなくロメリアへのものだった。
が、それを阻止しようとする敵──────
「......!?」
阻止しようとする敵の、さらに前にロメリアは居た。
それは、一瞬の出来事だった。今までいたロメリアの位置と、敵の位置がまるっきり入れ替わったようだった。
「なに!?」
ロメリアはパスを受け取る......というより、横取りするかのようにボールを取ると、ドリブルを何回したのかも分からないほど素早く動き、あっという間にゴールの近くへ来た。
そして......
「はいッ!」
ロメリアは、リングに引っかかっていた。
ゴール。
ロメリアの、初めてのゴールだった。
「だ、ダンクシュートとは......」
ダンクシュートは練習していない。ゴールまでジャンプすることが出来なかったからだ。だが、一応動画では見せた。
たったそれだけで、ロメリアはいきなりダンクを決めてしまったのだ。身体能力が、分かりやすいほど大幅に上昇している。
思わぬ一点に、相手もポカンと口を開けている。
だが園静だけは笑っていた。
ニヤニヤと気味の悪い笑みをこぼしながら、鼻を鳴らす。
「着いて来れるか?」
「は、はい!」
攻守交替。
相手の攻撃ターンだ。
「偶然入った点数で、ニヤついてんじゃねぇよ!」
どうやら、たかが一点入れられただけでお怒りのようだ。
だがその一点は、俺達にとっても大きなものだった。ここで防がなければ、どの道負ける。
相手は、パスを出した。
ボールは、園静がマークしている奴へと渡る。俺は反対側で、ロメリアがゴール前。先程の跳躍力を活かしたポジションだ。
しかし、いつパスが飛んで来るか分からない。マークし続けなければ─────と、気を付けてようとした矢先にマーク対象の敵が、突然ゴールに向かって走り出した。
「あっ、おい!」
まずい。
ここで止めなければ。何としても、パスを阻止しなければ。
ギリギリ間に合わない。そう思った瞬間、園静が見えた。
園静は、走った奴とボールを持っていた奴の間に挟まるようにして射線を防いだ。
が、やはり相手が一枚上手だった。
ボールを持った奴は、走っている奴ではなく、いつの間にかゴール前まで来ていたもう一人へ。園静が居なくなった方向から素早くパスを出した。
「しまっ──────」
た。と思った時にはもう遅い。あとはゴールするだけだ。
だが、ロメリアは速かった。
まさに文字通り。目にも止まらぬ速さで、コートを駆け巡る。
シュートされたボールは、弧を描かず。
いつの間にかロメリアの手の中へ入っていた。
「なっ......!?」
「マジかよ......」
「嘘......だろ......」
その圧倒的な速度と機動力、そしてパワーで、園静と共に点数を続々と入れていった。
一応俺もパスを貰い、一度だけシュートしてみたが......どうやら俺にはバスケは向いていないようだ。
そして、気付いた時には試合は終わっていた。
五対四。
俺達の勝利だった。
点数だけで見れば良い勝負なのかもしれないが、試合を見れば一目瞭然。並外れた強さで、四点の差を捩じ伏せたのだ。
「か、勝ちましたぁ!!」
「ふん。当然だ」
ロメリアは喜び、園静は相手を煽る。
そうか、俺達は勝ったんだな。
いや俺は......特に何かした覚えは無いが。とにかく勝ちは勝ちだ。
こうして悔しそうなバスケ部の表情を見ることも出来たし、満足だ。
「さ、何か言うことは?」
「チッ、調子乗んな」
バスケ部達は、中指を立てていてもおかしくないような態度でコートを出て行った。あれだけ煽られたんだ。俺は別に活躍していないが、もう少しぐらい言ってやっても良かったかもしれない。
「ありがとうロメリア、園静」
「ふん。それにしても、中々動けるじゃないか。少しはやるようだな」
「え?あ、ありがとうございます......」
相変わらずロメリアは園静にビビっているようだが、褒められて少し嬉しそうにしていた。
良かった。これで一件落着だ。
また、ここでバスケが出来る。
「ゴール、入ったな」
「はい!しかし、魔法を使っていたのでズルになってしまいました」
ロメリアは、悪戯っぽく笑う。
それがまた可愛らしい。
「良いんじゃないか?このコートを守り抜いた事だし。あいつらだって、こんなことしなきゃ、一緒にバスケ出来たのにな」
「残念です」
「まぁそれよりも、バスケ部に勝った事の方が嬉しいな」
そう。バスケ部に勝った。
あいつらが、一体どれほどの実力者なのかは分からないが、少なくともバスケ未経験という感じではなかった。
そんな奴らに勝ったのだ。それは、誇ってもいい事だと思う。
「園静!」
俺は、ボールを拾って園静にパスを出した。
俺の中では豪速球のつもりだったが、園静はあっさりキャッチした。
「俺にもバスケ、教えてくれよ」
すると園静は少し驚いたような表情をしたが、すぐに自信に満ちた笑顔を見せた。
いつも通りの、上から目線の笑顔だ。
「良いだろう。刮目せよ!」
俺達は、日が暮れるまでバスケをした。
──────────
「うぅ......」
「大丈夫ですか?スミトさん」
随分と疲れたな。身体中が重い。
こんなに長く運動したのは久しぶりだったから
日が暮れるまで遊ぶなんていつぶりだろう。
小さい頃はよくやっていたのに、いつの間にか遊ばなくなってしまったな。
まだ年齢としては若いのに、もう歳を感じてしまう。
「大丈夫......だと良いな」
問題は明日だ。
ハーフエルフはとうなのか知らないが、人間には筋肉痛というものがある。
疲労によって、上手く体が動かせないかもしれない。
「良ければ、私にマッサージさせていただけないでしょうか」
「え?」
マッサージ?
ロメリアに、マッサージしてもらうってことか?
俺が?
「メイドとして、それぐらいの事しか出来ませんが」
「い、いいのか......?」
「もちろんです。私でよろしければ」
「......」
マッサージか。
こういう時に自分からやってあげるという言葉が出てくるあたり、おそらくやり慣れているのだろう。
異世界のメイドが、普段どのような身の回りの世話をしているのか知らないが......というか、こっちの世界でもメイドが何をしているのか知らないな。そもそも存在するのか......?
まぁロメリアのマッサージなんて、さぞかし気持ちが良いものなのだろう。受けなくても分かる。
だが俺は──────
「遠慮しておく」
「えっ、そ、そうですか。そう遠慮なさらなくても......」
「いや。本当に良いんだ。気持ちだけ受け取っておくよ」
俺はありがとうとだけ言って、体に湿布を貼った。どこに湿布を貼ればいいのか、分かる人が羨ましいな。
「そう言えば、ロメリアの世界にはバスケは無いんだよな」
「はい」
そこで俺は思った。
異世界のスポーツってなんだろうな、と。
サッカーや野球があるとは思えないし......いや、あれらのスポーツは歴史が古いよな。なら似たようなものが存在してもおかしくは無いか......?
「ロメリアのいた世界では、どんなスポーツがあったんだ?」
「そうですね......この世界にあるスポーツで似た者で言えば、サッカー......後は走るスポーツなんかもありました」
「なるほど」
「この世界には無いですが、魔法を使ってのスポーツもあります」
魔法を使ったスポーツ?
それは興味深いな。
「例えば、空を飛ぶ魔法を使って空中での速さを競ったり、木刀による模擬戦闘もスポーツと言えるのではないでしょうか。もちろん、魔法も使ったりします」
おー!異世界っぽい。
何だか、聞けば聞くほど異世界は楽しそうだ。
ロメリアも、自分の世界を話してくれている時はとても楽しそうだからな。
ロメリアが帰る時に、俺も連れて行って貰おうか。なんてな。
「本日は、本当にありがとうございました。スミトさんのお陰で、この世界の事を色々知れましたし、バスケットボールもとても楽しかったです」
「あぁ。こっちこそありがとう。勝てた時、めちゃくちゃ嬉しかったぞ」
「はい!」
今回は園静にも助けられたからな。
お礼を言っておかなくては。
「またバスケしような」
「はい!!」




