計画
「却下だ」
いつもよりも一時間近く早めに家を出て、眠気眼を擦りながらも朝早く学校の図書室へと向かった俺は、早々に先輩から却下を食らっていた。
こんな時間でも図書室にいる先輩は、もうここに住んでいるに違いない。
「学校が了承するとは思えない」
「そんなの、やってみないと分からないじゃないですか」
「分かるんだよ」
先輩の表情は真剣だった。
それは、諦めているようにも聞こえた言葉。
俺が提案している時も、先輩のテンションは段々と下がっていくのを感じた。
そして話が終わる頃には、先輩の笑顔は苦笑いへと変わっていた。
「もう決まったことなんだ。仕方がない」
まるで自虐でもするかのように言う先輩。
その言葉には、希望が少しも含まれていなかった。
「......でも」
「そもそも、そこまでするほど図書室が好きな訳でもない。だから、悪いがこの話は無しだ」
「......はい」
と、素直に聞くような俺では無かった。
最初から、先輩が何と言おうと決行するつもりだ。
ただ、聞くだけ聞いてみただけなのだ。協力が無いのならそれで良い。
「先輩は反対だとよ」
「ん。残念」
教室へ戻ると、既に文恵とロメリアが登校していた。
残念な報告だったが、二人はそこまでガッカリしていなかった。
ここまでは予想通り。
先輩が断ることなど、想定の範囲内だったのだ。
「仕方ない。ロメリア、悪いがあの手を使えるか?」
「はい。恐らく成功するかと」
「あの手......って、何?」
「あのアイデアを通す為の作戦があるんだ。少し強引だけどな」
「お任せ下さい。きっと上手く行きます」
作戦。
それは、ロメリアが校長に頼み込むという至ってシンプルな方法だった。
だがロメリアの場合は、俺達が行くよりも明確な違いがある。
ロメリアは、校長に気に入られているのだ。
この学校へ入学出来たのも校長に気に入られたからだ。
......というか、そんなことが出来るのなら直接「図書室を残して欲しい」と頼めば良くないか?
「......直接頼むか」
「え?」
なぜ今まで気づかなかったのだろう。
まぁ元々、ロメリアのコネに頼るつもりは全く無かったから、思いつかなかったというのはある。
それに、あまり成功確率は高くないと思う。
イベントの開催ならまだしも、図書室を残して欲しいなどという個人的な意見はさすがに受け入れてくれないのではないだろうか。
しかしまぁ、とりあえず行動に移すことにした。
───────昼休み。
俺はロメリア、文恵と共に校長室へと向かった。
この学校に来てからもう二年目になるが、ここには本当に一、二回程度しか入ったことが無い。偉い人の部屋って感じで、落ち着かない。
さて、校長に図書室を残すか残さないかの決定権があるのかは知らない。
だが生徒会長や先生よりも、権力を持っているのには違いないだろう。なら、頼むべき相手は間違っていないはずだ。
「却下です」
ですよね。
「別に、私が図書室を無くしてしまおうと提案した訳では無いけれど、その意見に反対でも無い。むしろ、図書室のあり方を今一度見直すべきだと思っているよ」
校長室。
珈琲香りが漂う部屋で、校長先生は優しい声でそう言った。
「確かに、図書室を残すことは出来きるよ。でも、それでは根本的な解決にはならないんじゃないかな?」
「......」
おっしゃる通りで。
根本的な解決にならなければ、またすぐに図書室廃止の意見が出てしまう。
一時的に効果があるだけでは、解決とは言えない。
「では、イベントを開くというのはいかがでしょうか」
と、ロメリア。
「イベント?」
「はい。本離れを解決する方法を、小坂さm......小坂さんが考えてくださりました」
「えっ、わ、私......?」
ロメリア......今、小坂様って言おうとしただろ。
だが初めて俺以外の人の名前を呼んだ......。
何だか、新鮮な感じだ。
「ほう......?聞かせてくれないかな」
「え、えと......」
文恵はとても緊張した様子で、オドオドしつつも何とか校長に例の案を説明をした。
その名も『他人の好きを読もう!』。
悪い名前では無いが、インパクトに欠けるな。
俺だったら『俺の本を読め!』にするが。
「───────ふむ。なるほどなるほど......」
「どう......ですか?」
「そうですね。率直に言いますと......」
「「「............」」」
「......面白そうだ」
「「「ッ!?」」」
「採用だね」
俺達は、全員で顔を合わせた。
大いに喜びたい気持ちを抑え、冷静になれと自分に言い聞かせる。校長先生の前で、そんな品の無いことをしたくはない。
代わりに、心の中で叫ばせてもらおう。
よっしゃあぁあああああ!!!
「ほ、本当ですか......?」
「もちろん。ただ、色々と条件はあるけれど、素直に良い案だと思うね」
「あ、ありがとうございます!」
文恵は、分かりやすく喜んだ。
はしゃぐ文恵なんて、久しぶりに見たな。
しかし、本当に案が通るなんてな。
もちろん通す気ではいた。だが、なんだかんだで実行できないとばかり思ってしまっていた。
しかし実際には違う。ちゃんと意思を伝え、採用してもらうことが出来た。
まだ図書室が無くならないと決まった訳では無いが、大きな一歩だ。
「それで、条件というのは?」
「自分達で運営すること。私は、許可を出しただけだからね。企画をするのなら、自分達でやってもらいたい」
「それはもちろん。そのつもりでしたよ」
「良いやる気だね。それなら後は、注意事項を守ってもらうだけだ」
「はい」
これで、計画の実行が可能となった。
あとは準備して実行するだけだ。
「楽しみにしているよ」
「「「はい!」」」
──────────
正直、迷った。
このことを先輩に伝えるべきか、内緒にしておくべきか。
いずれは必ずバレること。だが、もし再び反対されれば中止になりかねない。
だが、俺達は......。
「船引先輩、おはようございます」
「おう、おはよう。今日も早いな」
校長から許可を貰った翌日、俺は一人で朝から図書室へと来ていた。
理由はもちろん、先輩に伝えるためだ。
「先輩、ご相談が......」
「分かっている。昨日聞いた」
「え?」
「先生から電話かあったんだよ。図書委員長として、この話は聞いているか?って」
「......」
もう、知られていたのか。
それもそうか。図書室委員がいるのに、そうではないただの一般生徒が相談を持ちかけたのだからな。
「やるんだな」
「......はい」
全ては、この図書室を守るために。
先輩の居場所を......無くさないために。
「......はぁ、分かった。なぜお前達がそこまでしてこの図書室を守りたいのかは知らないが、俺も図書委員として出来ることはしよう」
「当たり前です。図書委員が主導者なので」
「え?」
図書委員を中心に開催と伝えたから、そうなるのは当たり前だろう。
実は、勝手に先輩を巻き込んでいたのだ。
図書委員を巻き込まずに、本のイベントを開く方がおかしいと思うがな。
「二週間後に開催予定です。明日の朝に、各教室にて発表しましょう」
「......なんだか腑に落ちないが、まぁいいだろう。何か注意事項とかは?」
「特には。ただ皆のオススメの本を集めて、他の人に読ませるというだけなので」
そう、たったそれだけのこと。
それだけの事で、どれだけの人が本に興味を持ってくれるのか。そこが問題だ。
「成功すると良いが」
「させますよ」
成功させてみせる。だって、せっかく文恵が考えてくれたアイデアなのだから。そして、先輩の為にも。
さぁ、二週間後が楽しみだ。




