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食事会ですが、講義になりました

 なんとか仕事を終えた私は、予約をしたイタリア料理店にいた。


 レンガ造りのオシャレな店。キッチンの奥にはピザ窯が見え、チーズが焼ける匂いが漂う。


 四人掛けのテーブルにはトマトやパスタを使った見たことがあるような、ないような料理が並び、私はリクと黒鷺と向かい合って座っていた。


 会話をしながらリクが満足そうにチーズペンネを口に入れる。



「とっても良いお店ですネ。さすが、ゆずりん先生が選んだお店です」


「だから、私の名前は柚鈴(ゆり)です。実は……」



 私は静香からこの店を教えてもらった経緯を話した。



「そのAmico(アミーゴ)Grazie(グラッチェ)と伝えてください。このお店は、Malto(モルト) buono(ブォーノ)。とってもGustoso(グストーゾ)です」


「アミーゴは友達で、ボーノは美味しい? グス……なんとかは?」



 私はリクの隣でピザを頬張っている黒鷺に視線を向ける。


 こういう時の通訳でしょ! と、視線を送ると、黒鷺が素っ気なく答えた。



「両方、美味しいという意味です」


「はい。ここはイタリアの味です。とっても好きですヨ」


「よかったです」



 黙っていればイケオジ紳士なのに、子どものようにリクが喜ぶ。でも、これはこれで眼福。


 リクはグレーの薄手のジャケットに、ピンクのTシャツという攻めた服装。

 日本人なら気後れしそうな色合いを、さりげなく着こなす。さすが、オシャレの本場のイタリア人。


 一方の黒鷺は五分袖シャツに、ジーパンというラフな格好。しかもシャツが細身だから、立派な体格と逞しい二の腕が……ほら、店内にいる女子の視線が自然と集まる。


 でも当の本人は無表情のまま、淡々と食べている。というより、なんか不機嫌そうな雰囲気。


 気になった私は思わず訊ねた。



「黒鷺君、口に合わない?」


「いえ、美味しいですよ」


「でも、なんか顔が険しいというか……」


「アマネは美味しいものを食べると、その味を研究します。だから、おしゃべりなくなります」


「そういうことですか」



 しっかり味わうから、無口になるということらしい。


(でも、この味を家で再現するつもりかしら? いや、いくら料理上手だからって、そこまでは……できるのかしら?)


 頭を捻っていると、リクが質問をしてきた。



「でも、その友達はちゃんと検査をしたのでしょうか?」


「え?」


「血液データから栄養状態は診ましたか?」


「栄養?」


「そうです。日本は食事が美味しい。とても気を使ってます。でも、栄養状態はあまり診ません」



 その言葉に私は首を傾げた。



「婦人科の検査でも、採血はありますし、異常があれば説明があると思います」


「その異常は栄養の方から診てますか? 病気から診れば、数値は正常。でも、それで栄養が足りているとは限りません」


「えっと……」



 頭を悩ます私に黒鷺が説明をくわえる。



「採血データの正常値は、あくまで病気ではない、という数値です。栄養状態から診た正常値ではありません。問題がないから栄養が足りている、とは限りません」


「そういうこと。病気の視点ではなく、栄養の視点から採血データを診るのね」


Si(シィ)Si(シィ)。栄養、たんぱく質や鉄、ミネラルは足りているのか、そこを診る必要があります。子どもが欲しいなら、まずは体からですネ」


「栄養視点からの血液検査の見方について勉強します」



 姿勢を正した私に対して、黒鷺と同じ薄茶色の目が優しく細くなる。



「そう固くならないで。まず女性で考えられるのは、鉄不足です」


「お言葉ですが、貧血はないと思います。さすがに貧血は見落とさないと思いますので」



 リクが私の前で人差し指を振った。



「チッ、チッ、チッ。その鉄ではありません。えっと、アレ……アノ……日本語だと、なんて言いますカ?」


「貯蔵鉄。フェリチン」



 黒鷺の答えにリクが大きく頷く。



「そう、その鉄ですネ。体が動く時に必要な鉄。女性はそれが足りない人が多いです。ただし、フェリチンは炎症があると数値が高くなるので、CRPにも気を付けてください。あとは、たんぱく質。日本人は、たんぱく質が少ないです。もっと肉や卵を食べてください」


「そ、そうですか?」



 今まで最低限の会話しかしていなかった黒鷺がマルゲリータピザを指さした。



「これ。たんぱく質が、どれぐらいあります?」


「え? えっとぉ……」



 マルゲリータのたんぱく質なんてチーズぐらい。でも、このチーズが何グラムかなんて分からない。


 私が真剣にマルゲリータとにらめっこをしていると、吹き出す声がした。


 顔を上げると、黒鷺が口元を押さえて笑いを堪えている。



(なにが、そんなに面白いの……と、いうか失礼じゃない!?)



 睨む私に、口元を押さえたまま顔を歪めて言った。



「そんなに真剣に考えないでください。少ないことに気づいてほしかったんです」


「少ない?」


「ほとんどピザ生地でしょう? 炭水化物が半分以上です。これだけで満腹になる人もいれば、追加でパスタを注文する人もいるでしょう。ですが、パスタも半分以上は炭水化物です」


「確かに、たんぱく質が少ない」



 黒鷺が半笑いのまま、ポルペッテ? というトマトソースがかかった肉団子を口に運ぶ。簡単に説明すると、大きなハンバーグ。ローマの郷土料理らしい。



(食べごたえがあって、美味しそう)



 私はトングを使って大皿から肉団子を自分の皿に取った。ずっしりと重く、肉が詰まっている。フォークで切ると中から肉汁があふれ……これだけで分かる。これは、美味しいヤツ。


 一口大に切って口に入れた。


 噛めば噛むほど溢れる肉。そこに酸っぱ甘いトマト味。トマトソースの煮込みハンバーグのような感じ。


 食事をする私を見ながら黒鷺が説明を続ける。



「体の大部分はたんぱく質で出来ています。(もと)になるたんぱく質が足りなければ、病名のない不調が出てきます。あと、ビタミンやミネラルも意外と不足しています」


「確かに意外と見落としているわ。黒鷺君は、よく勉強しているのね」


「こ、これぐらい常識です」



 黒鷺が怒ったように顔を背けた。


(褒めたのに、その態度はないのでは?)


 むぅ、と口を尖らすと、リクが赤ワインを差し出して私のグラスに注いだ。



「アマネは、あまのじゃくですネ。気にしないで」


「へぇー、天邪鬼なんだ。名前も似てるしね。あ、今度から天邪鬼くんって呼ぼうか?」


「やめてください」


「冗談よ」



 私はグラスに入ったワインに口をつけた。葡萄の香りが口内から鼻に抜ける。まるで、葡萄を食べているみたい。



「このワイン、美味しい。酸味が強くなくて、スッと飲めちゃう」


「でしょう? イタリアのワインは世界一です」



 美味しいご飯に美味しいお酒。それだけで気分が良くなる。しかも、リクは話上手の聞き上手なイケオジ様。


 お酒がまわった私は、いつの間にか仕事の愚痴まで話していた。



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