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前と同じ状況ですが、決心しました


 走馬灯のように甦る記憶。


 大破した車と壁に挟まれた女の子。助けられなかった命。


 私は、また同じことを繰り返すの?


 また、後悔するの?


 でも……


 でも、助けられなかったら……


 助けられなかったら……どうなるの?


 ここで黒鷺を失うの?


 失ってもいいの?


 イヤ! 失いたくない!


 私は……私は…………!



「どうしたの!?」



 音に驚いて出てきたミーアの声で我に返る。

 私はやるべきことをするために、無理やり体を動かした。



「黒鷺君が車に轢かれたの! 救急車を呼んで!」


「そんっ!? 天音!? 天音! しっかりしなさいよ!」



 黒鷺に飛びかかりそうなミーアを抑える。



「体を揺らしたらダメよ。私が診るから、ミーアは救急車を呼んで」


「わ、わかったわ」



 ミーアが携帯電話を取り出し、救急に電話をする。

 私は倒れている黒鷺に近づいた。手が震えて、目を背けたくなる気持ちと必死に戦う。



「黒鷺君、目を開けられる?」


「……ぅ」



 返事は微かな呻き声のみ。黒鷺の手首に振れる。温かく拍動を感じる。



(脈も、自発呼吸もある。でも、骨折や内出血を起こしている可能性も……)



 そこに事故を起こした運転手が、車から自力で這い出てきた。電話をしていたミーアが運転手に詰め寄る。



「あんたのせいで、天音が!」


「ミーア! 待って!」



 今にも運転手に掴みかかりそうなミーアを私は慌てて止めた。



「ゆずりんは憎くないの!? こいつのせいで天音が!」


「この人も怪我をしているわ」


「こんなの! 天音と比べたら、かすり傷じゃない!」



 エアバッグがクッションとなり軽傷に見えるが、実際は検査をしてみないと分からない。


 運転手が事故のショックからか、呆然と地面に座り込む。とりあえず、運転手はこのままでも大丈夫そう。


 私はミーアの肩に手を置いて、正面から説得をした。



「憎い気持ちも分かるけど、今は黒鷺君を助けるほうが先よ。いい?」


「……わかったわ」



 ミーアが渋々頷く。そこに救急車が二台到着した。


 救急隊員が黒鷺と運転手をそれぞれ救急車に乗せる。私は医者だと名乗り、黒鷺に付いて救急車に乗り込んだ。



「そこの病院の救急外来に連絡してください。私はそこの医者です。あと、点滴セットありますか? あれば一番太い注射針(サーフロー)をください」



 黒鷺の二の腕に針を刺して点滴をする。救急隊員が黒鷺に酸素マスクを装着し、心電図を付けていく。


 薄茶色の瞳がうっすらと開く。



「……柚鈴?」


「大丈夫よ。すぐに病院に行くから。どこが痛い?」


「全身が痛い、けど……左のお腹に、なにか……」



 その訴えに私は急いで服を広げて、腹部を確認した。



「……っ!?」



 黒鷺の左腹部に細長い鉄板が突き刺さっている。外で処置をしていた時は、暗くて見落としていた。


 どこまで刺さっているか分からない以上、抜くことも動かすこともできない。もし、太い血管に刺さっていれば、引き抜いた瞬間、大出血する。


 私は病院と連絡をとっている救急隊員に叫んだ。



「至急、消化器外科の手術が必要、と伝えてください!」


「はい!」



 少しの間の後、救急隊員が沈痛な面持ちで報告した。



「そこの病院ですが、受け入れを拒否されました」



 言われた言葉の意味が分からない。



「……どういうこと?」


「急患の手術が入ったため、受け入れ対応ができないそうです」


「そん……」



 目の前が暗くなる。倒れそうになる私の手に温かいものが触れた。



「柚鈴、僕はだいじょぅ……グッ」



 黒鷺が痛みで顔をしかめる。私は気合いを入れた。ここで諦めてはいけない。



「他に! 他に、受け入れが可能な病院は!?」


「少し遠くなりますが、隣の市の病院なら受け入れ可能と返事がありました」


「そこ、は……」



 記憶が重なる。あの時、事故にあった女の子を搬送した病院……


 また、同じことになるかも……


 また、間に合わないかも……


 また、助けられない……


 また、私は……


 手が震える。



(私はどうすればいい? 私は、どうすれば…………)



 苦悩する私に決断が迫る。



「どうしますか?」



 救急隊員の困惑した声。


 目の前では痛みに顔を歪めた黒鷺。声を出さずこらえているのは、私に心配かけないためだろう。



(黒鷺君、本人がこんなに頑張っているのに、私は自分のことばかり…………)



 両手に力を入れて、歯をくいしばる。



(迷っている時間はない。一刻も早く処置をしないと)



 私は決心して顔をあげた。



「隣の市の病院へお願いします!」


「家族の方はどうします? 同乗は一人しか、できませんが」



 救急隊員が視線を後方に向ける。そこには、大きく開いた後部ドアの側で、ずっと心配そうに見守っていたミーアの姿。いつもは勝気な瞳が不安気に揺れている。


 私と目が合ったミーアが大きく頷いた。



「私はタクシーで追いかけるから! 天音をお願い!」


「一緒じゃなくて、いいの?」


「ゆずりんに、任せるわ! だから、天音を助けて!」



 必死な懇願に私は頷いた。



「私ができる全力を尽くすわ」



 救急車がサイレンを鳴らして走り出す。


 普通の車より振動が激しい。しかも、スピードを出しているから、体に負担がかかる。その度に黒鷺から呻き声が上がる。



「もう少し……もう少しだから……頑張って」



 私は黒鷺の手を握り、祈った。





 三十分で隣の市の病院に到着。そのまま、救急外来へ駆け込んだ。



「白霧じゃないか」



 名前を呼ばれて顔を上げると、白衣を着た同期の(つつみ)がいた。

 黒髪を短く刈り上げ、大きな顔に糸のように細い目。体もゴツく、初対面の人には怖がられるタイプ。だけど、中身は熱血スポーツマン。私とは何故か性格があった。



「よかった。実は……」



 私の早口の説明に、堤が胸の前で腕を組んだ。



「なら、まずはCTだな。その間に、手術室の準備をする。家族が到着したら、説明をして同意書をとるぞ。おい、血圧は測れるか? 意識レベルは、どうだ? あ、破傷風の予防接種も準備しとけ」



 テキパキと指示をしながら、黒鷺の全身状態を診察していく。そのまま遠ざかっていく背中。私は反射的に堤の服を掴んだ。



「どうした?」



 堤が振り返り、細い目でジロリと私を睨む。無駄話をしている時間はない、という圧。


 私は息を吞んで訴えた。



「私にも、手伝わせて」


「手伝うって……手術を、か?」



 驚く堤に私はしっかりと頷いた。無理を言っているのは分かる。医師とはいえ、他の病院の手術に手を出すなど、普通はありえない。


 でも……



「どうしても、私の手で助けたいの。お願い」



 堤が悩みながら私と黒鷺を見比べる。そして、渋々といった様子で肩を落とした。



「……まあ、人手は足りないし、な。家族の同意が得られたら、いいぞ」



 ダメ元で提案した私は喜びのあまり、ゴツイ手を握った。



「ありがとう!」


「お、おう。その代わり、しっかり働けよ! まずはCTへ連れて行け!」


「うん」



 私は上着を脱いで、袖を捲った。



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