突然ですが、ドナドナされました
昨日のことを聞き終えた蒼井が大きなため息を吐く。
「はぁ……」
「ごめんね、報告が遅くなって」
車が職員用の駐車場に入る。駐車場に停車したところで、蒼井が私を見た。
「いろいろ言いたいことはあるが、まずは怪我がなくて良かった」
「黒鷺君のおかげでね」
「そうだな。だが、おまえは、もう少し危機感を持て。宅配便だからって簡単に玄関を開けるな」
「はい。反省しております」
あれは私が悪かった。寝起きで頭がまわらなかったとはいえ、犯人のことを失念していた。
車から降りて、並んで医局へと歩く。真冬の風が寒いを通り越して痛い。
逃げるように建物の中へ。
「犯人は坊やがジョギングに行くことを、知っていたのか? まるで、一人になるのを狙っていたようだが」
「リク医師もいたから一人じゃなかったけどね。警察から聞いた話だけど、犯人は黒鷺君の家の近くに住んでいて、私の姿をたまに見かけていたんだって。それで、少しずつ恨みが再燃して、今回の犯行におよんだらしいの」
「つまり、坊やの家にいるのは、知られていたってことか?」
「というより、私が黒鷺君の家に住んでると思ってたみたい。庭に忍び込んで、私がいるか確認したこともあったんだって。その時に花壇を踏んだ跡や、裏庭の木が不自然に折られていた跡があったそうよ」
蒼井の顔がくもる。
「怖いな」
「まあね。そこまでして調べたけど、私が家に居たり居なかったりだから、確実にいる外来の診察日を狙ったんだって」
「けど、犯人が捕まったのは昨日だろ? それにしては、情報が早いな」
「犯人があっさり自供したって。罪も全面的に認めているって警察から話があったの」
「……そうか」
医局のロッカーに荷物を置く。白衣を羽織ると、蒼井が私の右腕を指さした。
「昼休みに処置するから」
「お願いします」
「無理するなよ」
「うん。ありがとう」
病棟へ移動する前に、上司に声をかけられた。
「ちょっと、局長室に来てくれ」
その面倒そうな表情と声。
(あ、嫌な予感しかないやつ)
こちらを見ている蒼井に苦笑いで答えると、売られる子牛のようにトボトボと上司の後ろを付いて歩いた。
※※
昼休みの処置室。
午前の診察が終わり、私は蒼井に右腕の処置をしてもらっていた。
「で、なんの話だったんだ?」
右腕の処置をしながら私に訊ねる。
私は上司から言われたことを、すべて話した。蒼井の眉間にシワが寄り、目つきが悪くなる。
「……その話、受けるのか?」
「受けるもなにも、私に拒否権なんてないでしょ?」
「断ってもいいと思うぞ」
「でも、今回のことで病院にも迷惑をかけたし……」
「悪いのは犯人だ」
「でも、噂は一人歩きするし、背びれ尾びれも付くわ」
右腕の処置が終わり、包帯が巻かれていく。
「そんなことを気にする性格か?」
「……昔の私なら気にしなかったかな」
少しだけ笑うと、蒼井が肩を落とした。
「お互い、年を取ったということか」
「そうかもね」
「坊やには相談するのか?」
思わぬ質問に私は首を傾げた。
「どうして黒鷺君が出てくるの?」
「……そう思うなら、それでいい。あと、傷の治りは良好だが、しばらくは重い物を持ったりするなよ」
「わかった。ありがとう」
午後からは外来がいつも通り忙しかったが、おかげで余計なことを考えなくて済んだのは良かった。
※※
仕事が終わったのは夜だった。
けど、最終バスには間に合った。私が住んでるアパート側だと、最終バスは出た後。
「よかった」
コンビニで買った夕食とともにバスに揺られる。私のアパートに帰るなら、タクシーに揺られているだろう。
「やっぱり黒鷺君の家の方が便利だなぁ」
窓の外には街灯と、家の窓から漏れる灯り。この光景を見る度に物悲しく、心に風が吹く。この灯り一つ一つに人がいて、帰りを待つ人がいる。
(でも、私には…………)
最寄りのバス停に到着。暖房が効いた車内から降りると、寒暖差で余計に寒さを強く感じる。
少し歩けばオシャレな洋館。でも、この暗さだと見えない。
薄暗い外灯の下、つまずかないよう足元に注意しながら足を進める。
「……柚鈴?」
聞きなれた声に顔を上げると、ジャージ姿の黒鷺が立っていた。
「……どうして?」
「少し体を動かそうと思って、走ってきたところです」
「そう、なんだ」
「なにか、ありました?」
ドキリと胸が跳ねる。
「な、なんで?」
「なんか、いつもより暗い感じがするので」
「外来が忙しくて、疲れただけ」
それもあるけど、別の原因もある。でも、それを悟られないように笑顔で話す。
「そうですか?」
「そうよ」
訝しみながらも黒鷺が先を歩いてドアを開けた。明るく、あたたかな光り。
その眩しさに目を細めた私を笑顔が出迎える。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
言葉とともにホッと力が抜ける。灯りがある家に帰ることが、こんなに嬉しいなんて。
私は、今だけの幸せを噛みしめた。
夜も投稿しますι(`・-・´)/